私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さくら

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 それからさらに年月が流れた。
 娘のリリアはすっかり成長し、金の髪を背に流すたび、あの頃の私自身を見ているようで胸が熱くなる。
 教会の鐘は今日も変わらず鳴り響き、村の人々の笑い声が通りを満たしていた。
 季節は春。丘には無数の花が咲き、空は穏やかな青に包まれている。



 教会の庭では、リリアが子どもたちに読み書きを教えていた。
 小さな机を並べ、羊皮紙に光のような筆跡を描いていく。
 声は明るく、笑顔はまるで朝露のように透き通っていた。

「“愛”って字はね、誰かのために手を差し伸べる心の形なの」

 子どもたちが一斉に「はい!」と返事をして、彼女を見つめる。
 その光景を私は少し離れた場所から見守っていた。
 いつの間にか、この村には“教える”という文化が根づいた。
 それは私が聖女として教会を建て、リオネルが守り、そして――娘が受け継いでくれたからだ。

「……立派になったな」

 隣で声がした。
 振り向くと、リオネルがゆっくりと歩み寄ってきた。
 白い髪に少しだけ混じる銀。
 穏やかに刻まれた皺が、歳月の証のように優しかった。

「ええ。本当に。私なんかよりずっと強くて、やさしい子です」

「それは、おまえに似たんだ」

「いいえ、リオネルさんにです」

「……そうか」

 彼は小さく笑い、肩を並べて座った。
 手を伸ばすと、その手がまだ温かくて、胸の奥がじんわりと満たされていく。



 日が傾き始め、空が金色に染まる。
 村人たちは家へ戻り、丘の上には私たち夫婦と、少し離れた場所で花を摘むリリアの姿だけが残った。
 風が吹き、教会の鐘が鳴る。
 私は空を見上げ、静かに息を吐いた。

「……十年前、こんな未来を想像できたでしょうか」

「いや、全く」

 リオネルが笑いながら言った。

「おまえが“無能扱い”されて泣いていた頃のことを、今でも鮮明に覚えてる」

「やめてください……恥ずかしい」

「恥じることじゃない。あの頃の涙があったから、今の笑顔がある」

 私は小さく頷いた。
 花の香りが漂い、あたたかな風が頬を撫でる。

「……ねぇ、リオネルさん。いつかこの教会も、私たちのいない時代を迎えるでしょう」

「ああ。けど、光は残る」

「光?」

「そうだ。おまえの祈りが、村の人たちに残っている。リリアにも。
 それが消えない限り、この場所はずっと“聖女の村”だ」

 彼の言葉に、目頭が熱くなった。
 あの日のことがよみがえる。――召喚、裏切り、追放、そして再びの誓い。
 長い旅路を経て、今この場所にたどり着いた。

「……そうですね。私たちの光は、誰かに受け継がれていく」

「そうだ。だから心配するな。おまえが生きた証は、もうこの村そのものだ」

 リオネルの声は穏やかで、どこか眠りを誘うように優しかった。
 私はそっと彼の肩に頭を預ける。

「リオネルさん……ありがとう。私を見つけてくれて」

「見つけたのは俺じゃない。おまえが、自分の光で俺を導いたんだ」

 言葉が喉の奥で震えた。
 夕陽が沈みかけ、世界が橙色に染まる。



 夜。
 教会の灯りが静かにともり、リリアが祈りを捧げていた。
 祭壇の上には新しい聖典が置かれている。
 そこにはこう記されていた。

 ――“本物の聖女とは、奇跡を起こす者ではない。
  ただ、人を信じ、愛を信じ、隣にいる人の手を取る者のことを言う。”

 私はその文章を見つめながら、小さく息を吐いた。
 ――あぁ、ちゃんと伝わっている。

 リリアが顔を上げ、私に微笑む。

「お母様。私、明日から王都へ行きます」

「え?」

「この村で学んだことを、もっと多くの人に伝えたいんです。
 誰かが苦しんでいるなら、今度は私が光を届けたい」

 胸が熱くなり、涙があふれそうになる。
 私は娘を抱きしめ、静かに言った。

「……あなたは私の誇りです。どんな道を歩んでも、光を忘れないで」

「はい。お母様のように」

 その言葉に、私はもう涙をこらえられなかった。



 夜が更け、教会の外には満天の星。
 私はリオネルと並んで空を見上げた。
 流星が一筋、天を横切る。

「……また誰かの願いが叶うのかな」

「そうだな。きっと、おまえの祈りが届いてる」

 私は微笑んで彼の手を握る。
 その手は温かく、長い年月を共に過ごした重みがあった。

「ねぇ、リオネルさん」

「ん?」

「これが“終わり”じゃないですよね」

「終わりじゃない。祈りは、ずっと続く」

 彼の言葉に、私は静かに頷く。
 星の光がふたりを照らし、風が花を揺らした。



 夜明け。
 東の空に、柔らかな光が差し込む。
 私は胸のネックレスを手に取り、最後の祈りを捧げた。

 ――どうか、この光が永遠に続きますように。
  誰かを癒し、誰かを救い、そして誰かを笑顔にできますように。

 風が吹き抜け、教会の鐘が鳴る。
 それは、世界に告げるような音だった。

 聖女の祈りは、今もなおこの地に息づいている。
 彼女の娘が光を継ぎ、村がその願いを歌い継いでいく。

 ――“本物の聖女”の物語は、永遠に終わらない。

 丘の上で、朝日が花を照らす。
 白い花弁が風に舞い、金色の光が世界を包んだ。

 その中で、ミリアとリオネルは静かに微笑み合う。
 愛と祈りに満ちた、穏やかな永遠の朝の中で。
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みんなの感想(2件)

ゆき
2025.10.24 ゆき

いじめをしていた沙羅?美月?の召喚後・
間違いに気付いた王都の反応などが、ほとんど無く番外編があれば読みたいです。

解除
TW  nabe
2025.10.24 TW nabe

優しいお話しを、ありがとうございます。ほっこりしています。

解除

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