私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら

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 ――十年が経った。
 季節はまた巡り、あの丘の花々は変わらず白く咲き誇っている。
 春の風はやわらかく、村の家々の屋根を撫でながら、遠くまで香りを運んでいた。

 私は教会の裏庭に立ち、咲き乱れる花の中を歩いていた。
 その腕の中には、小さな命が眠っている。
 淡い金の髪、すやすやとした寝息。
 彼女の名は「リリア」。
 ――私とリオネルの娘だ。

 頬に当たる陽の光がやさしく、まるでこの子を祝福しているようだった。
 私は小さく微笑んで、赤ん坊の額に唇を寄せた。

「この世界はね、とても綺麗なのよ」

 静かな声で囁く。
 彼女は夢の中でふにゃりと笑った。
 胸が温かくなり、涙がこぼれそうになる。



 リオネルは庭の木陰で、村の少年たちに剣の稽古をつけていた。
 白髪に混じる銀の髪が陽光を反射し、彼の後ろ姿は昔よりも穏やかで、堂々としていた。
 剣を振るたびに少年たちが歓声を上げ、リオネルは笑いながら教える。

「いいか、力よりも大切なのは、守る理由だ」

 その言葉に少年たちは真剣にうなずく。
 私はその様子を眺めながら、胸の中で静かに呟いた。

 ――この人は、やっぱり光の人だ。

 あの日、私が初めてこの世界に来たとき。
 不安と孤独の中で、唯一差し伸べてくれた手。
 その手が、今もこうして私の世界を照らしている。



 「おーい、ミリア!」

 リオネルの声が響く。
 私は腕の中の娘を揺らしながら微笑んだ。

「こっちですよ。リリアも起きたみたい」

 リオネルがゆっくりと歩いてくる。
 剣を腰に下げたまま、いつものように穏やかな笑顔で。

「また寝顔を見てたのか?」

「だって……見てるだけで幸せなんですもの」

「俺も同じだ」

 彼が私の隣に座り、娘の頬を指でつつく。
 リリアは小さくくすぐったそうに笑った。

「……この子もきっと、光を持ってるんでしょうね」

「ああ。おまえの子だからな」

「リオネルさんの子でもありますよ」

「そうだな。……なら最強だ」

 二人で笑った。
 その瞬間、娘が目を覚まし、空を指さした。

「……ひかり」

 初めての言葉に、胸が震えた。
 リオネルも驚いたように目を見開く。

「今、“ひかり”って言ったか?」

「ええ……そう聞こえました」

 見上げると、青い空に一筋の光が走る。
 流れ星のような、神々しい輝き。
 その光がゆっくりと地上に降り注ぎ、教会の屋根を照らしていた。

「まるで……祝福みたい」

「神様も、おまえたちを見守ってるんだろう」

 風が花々を揺らし、鈴のような音を奏でた。
 私は娘を抱きしめ、リオネルの肩に寄り添う。



 夕方。
 空が茜に染まり、村の鐘が鳴り響く。
 私は教会の中で、娘を膝の上に乗せ、静かに子守唄を歌っていた。

 ♪ 光は 風のように
   闇を越えて あなたに届く
   泣かないで 眠りなさい
   明日もまた 世界は美しい ♪

 リオネルがそっと扉を開け、静かに近づいてきた。
 彼はその歌を聞きながら、穏やかな目をして言った。

「おまえの声は、世界のどんな鐘よりも優しい」

「ふふ……言いすぎです」

「いや、本当だ。リリアが幸せそうに眠ってる」

 彼の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 娘はすやすやと眠り、私の胸に顔を寄せている。
 その小さな鼓動が、私の心と一つになるようだった。



 夜。
 月の光が教会の窓から差し込み、銀色の影を落としている。
 私はベッドの上で、リオネルの腕の中にいた。
 外では虫の音がかすかに響き、遠くの風が木々を揺らしている。

「……幸せですね」

「ああ。こんなにも穏やかな夜があるなんて、昔は想像もしなかった」

「私も。最初は、ただ生きるだけで精一杯でした」

 リオネルが私の髪を撫でる。

「それでも生き抜いたから、今がある。
 おまえの光は、どんな絶望の中でも消えなかった」

「リオネルさんが……支えてくれたからです」

 彼は何も言わず、そっと抱き寄せた。
 その腕の力強さに、胸の奥が満たされていく。

「なあ、ミリア」

「はい?」

「……これからも一緒に、歳をとってくれるか」

 私は笑ってうなずいた。

「もちろんです。あなたとなら、どんな時間も怖くありません」

 彼が微笑み、私の額に口づけを落とした。
 月明かりの下で、その影がひとつに重なる。



 翌朝、東の空が白み始める。
 リリアの寝息、外の鳥の声、風の音――すべてが穏やかで、完璧だった。
 私は胸のネックレスにそっと触れる。
 十年前と同じ光が、今も小さく鼓動していた。

 それは、私たち三人を繋ぐ絆。
 あの日の祈りが、今も生きている証。

「……おはよう、世界」

 私はそっと呟いた。
 朝の光が差し込み、リオネルが微笑んで目を開けた。

「おはよう、聖女様」

「もう、その呼び方はやめてください」

「じゃあ、こう呼ぼう。――“俺の光”」

 その言葉に、頬が熱くなった。
 私は笑いながら、彼の手を握る。

「……ずるいですよ、本当に」

「ずっとずるいさ。おまえを離さないためにな」

 二人で笑い、光の中で唇を重ねた。
 外では教会の鐘が鳴り、村が目を覚ます。

 そして今日もまた、新しい一日が始まる。
 愛と祈りに包まれた、何よりも尊い日常が。

 ――“本物の聖女”は、もうどこにもいない。
 いるのはただ、一人の母であり、妻であり、人としての私。

 それでいい。
 それが一番、幸せだから。

 私は小さく歌う。
 この世界のすべてを祝福するように、静かに、やさしく。

 ♪ 光はここにある
   あなたとわたしの 間に咲く花のように ♪

 風が吹き、花びらが舞う。
 空は青く、どこまでも広い。

 ――永遠に続く、光の物語。
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