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債務者の恋、債権者の愛 続き編・後
しおりを挟むいつもの部屋の寝台に、そっと下ろされるとディランはそのまま、顔を背け背を向けた。拒むようなディランの背中に、アメリアは手を伸ばしかけ唇を引き結ぶ。沈黙が支配する室内が、アメリアにじわりと恐怖を呼び起こしてくる。
シグマの突然の凶行は恐ろしかった。どうあっても叶わない力の強さで自由を奪われ、抵抗することが無駄だと笑みを浮かべる。でもその恐怖も、ディランが現れるまでだ。
ディランが現れてから、その体温に安堵してから、湧き出した恐怖はシグマとは一切関係のないものだった。
「……邪魔を、しましたか?」
「……え?」
ようやく口を開いたディランに、アメリアはびくりと肩を揺らして顔を上げた。何を言われたのかよくわからなかった。
「咄嗟に止めだてしましたが、お嬢様も望んでのことだったのかと……」
「な、にを……」
「それであれば王族への暴行の罪を、一刻も早く詫び罪を償わなくてはなりませんね……」
呟くように自嘲して、ディランがスッと立ち上がる。その背中を見上げて、アメリアはようやく何を言われたのかを理解した。その瞬間、先ほどまでアメリアを支配していた恐怖が、怒りにすり替わり目の前が真っ赤に染まった。
応接室に戻るつもりなのか、ドアへ向かって歩き出したディラン。アメリアは滑るように寝台を降りると、ディランが手を伸ばしたドアの前に身体を滑り込ませた。
割り込んできたアメリアに、動きを止めたディランを睨み上げる。虚ろに暗く沈んだ無表情に、アメリアはますます激昂した。
「貴方はそれが必要だと思ってるの?」
シグマに穢される。その恐怖の中で思ったのは、手垢がつけばディランにとって価値がなくなることだった。もう抱いてさえもらえなくなる。何よりも永遠に想いを伝えることができなくなる。
強烈な恐怖と後悔から、颯爽とアメリアを救い出してくれたのは、またもやディランだった。それなのにその本人は、言うに事欠いて詫びをすると言う。
「自分が何をしたのかわかっているの? 王族を殴ったのよ? そうなれば平民上がりの男爵風情が、どんな正当性を振り翳したところで一族郎党処罰は免れない!」
嘲るように睨み上げた先で、ディランは鼻白んだように口元を歪めた。
「……私がオーエンの籍を抜ければ、累が及ぶこともないでしょう」
「……貴方は一人息子なのよ? 後継者を失い、信頼も失墜すれば商会は立ち行かなくなる。そうなれば……!!」
「両親には不肖の息子で迷惑をかけますね……」
「迷惑程度で済むと思うの? 人生をかけて積み上げてきたものを失うのよ!」
「元は何も持たずにここまできたのです。足を引っ張る息子が消えるなら、案外今より成功するやもしれません」
強い言葉で脅しても、ディランは薄く諦めたように嗤う。細くつながっていたいた糸が切れないように。声を張り上げる自分と違って、ただ静かに疲れたように糸が切れる時を待つディラン。
「わ、たしなら! 私なら……! 貴方を助けられるのよ! 何があったか証明して、フェルディ草の独占権をオーエン商会にすれば……! そうすれば……!!」
シグマも、その婿入り予定先のイソルド家も、オーエン家も。全ての命運をフィルディ草の権利を持つ、アメリアが握っている。
「だから貴方が私に……!」
たった一言言ってくれたらいい。助けてくれと、そばにいろと。理由をくれたら、アメリアはなんでもする。
「お嬢様の頼みなら、第二王子殿下も聞き届けるのでしょう……恩返しのおつもりでしょうが、必要ありませんよ。それならばむしろ放っておいてほしいくらいです」
冷ややかに歪んだ笑みを浮かべたディランに、アメリアは言葉を失って瞳を潤ませた。
アメリアに借りを作るのを拒むように、拒むディランにスッと体温が下がる。繋ぎ止められない。この期に及んで縛り付ける鎖を探しても、ディランはアメリアに縋らない。無償の献身を捧げてくれた高潔な魂には、脅しなんて通じない。弱みなどない。
アメリアの脇をすり抜けて、ドアノブに手をかけたディランの腕に咄嗟に引き留める。
「……あい、しているの……貴方を愛しているの……負い目を利用してまで貴方に抱かせたり、今こうして弱みに漬け込んで縛りつけたいと願うほど……貴方を愛しているの……」
立場を利用し高潔な忠誠を踏み躙った。それでも欲しいと伸ばす手を堪えられないほどに愛している。美しいものを自ら穢したアメリアに、返されるものはないと知っている。
信じていたものの不確かさと不誠実さに絶望した。でもディランに人に言えない関係を強いて、逃げないように繋ごうと必死な自分と彼らに違いなどない。それでも縋らずにはいられなかった。
「なんでもする……なんでも言う通りにするから……受けた恩も、フィルディ草の全ての権利も渡してもいい……愛してくれなんて言わない……だから……!」
アメリアに残された手立ては、もうそれしかなかったから。今ここで糸が切れてしまったら、もう二度と繋がることはないのだから。
「お願い、ディラン……愛しているの……なんでもするから、側において……」
流れる涙に歪む視界で跪く心地で見上げたディランは、ただ茫然とアメリアを見つめやがて呟くように囁いた。
「……こ、れは、これは都合のいい夢ですよね……? 身分も立場も弁えず不相応な想いを抱き続けていた……先代からの大恩を裏切り窮地に付け込んで、美しく高貴なその身を劣情のまま穢し続けた……それなのに、愛しているなど……俺の頭がおかしくなっただけですよね……?」
震える手で額を押さえながら、茫然とするディランにアメリアはゆっくりと瞳を見開いた。
「フェルディ草が見つかったことを呪っていた俺に……愛しているなんて……」
「ディラン……!」
飛び込むようにしてアメリアが、ディランを抱きしめた。切れようとしていた糸が力を取り戻す奇跡を逃すまいとするように。
「愛している! 愛しているの、ディラン。ずっと、ずっと貴方だけを愛していたの」
ディランの心に届くように、舞い降りた奇跡が逃げないように。叫んだ瞬間、息が止まるほど強く抱きすくめられる。
「……愛してる……! 愛してる、アメリア! 俺の方がずっと長く、もうずっと前から貴女だけを……!」
「愛してる……愛してる……!」
長く秘めて閉じ込めていた心は、何度絞り出すように言葉にしても満たされず、引き合うように唇が重なった。それでも足りずに倒れ込んだ寝台は、二人の熱に浮かされた睦言に合わせて沈み込んでいく。
堰き止めるものがなくなった二人の間に、咽せ返るほどの濃密な愛が溢れ出した。
※※※※※
リクエストいただいていたのに、昨年中の投稿できずにすいませんでした。
なんとか捻り出して二月中には投稿できるよう頑張りました。楽しんでいただけたら幸いです。
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"債務者の恋…"うわ〜ここで締めるんですかぁ。なんとも余韻残す作品。短編の醍醐味ですね。前作と違いシリアス❗️好みはこちらの方が好きなんです♪
相反する立場の二人、苦しい恋というより"愛"ですねー😔
続話が欲しい❗️
感想ありがとうございます!
気に入ってもらえて嬉しいです!
素の文体はシリアスなので、実はシリアスのほうが書きやすいです。
いつもコメディとシリアスで温度差が酷くてすいません。
続話……年内、いけるかな……お待たせするかもですが、年内目標に頑張ってみます!!
感想ありがとうございます!楽しんでいただきありがとうございます!
久しぶりの更新。嬉しいです。
誤字報告。
恋の奇跡…前半: 言われれてる→"れ"が一つ多い。
まるで独身社員寮の雰囲気でいじられキャラの主人公。過去の思い出が‼︎笑笑……実は独身寮生活(3箇所)結構ありまして、その仲間とは今も交流があります。完璧にアオハルしてました😆
そんな作品でした❤️
感想ありがとうございます!
気づくの遅れちゃった……誤字ありがとうございます!割とやらかすのでありがたいです!探して直しておきます!
おお!アオハル……素敵な思い出ですね。しかも今も仲がいいのもいい!!独身寮、いいですね。体験してみたかった。
何でもないことが得難いものなんだと気付く年になりました。
わいわいと賑やかに暮らしてるイメージで作ったお話なので、こんな感じだったのかぁと思うとますます羨ましい!
感想と誤字報告、ありがとうございました!
感想コメントがないのでファンとして一言三言(笑)
今作品の一つ目を“恋のから騒ぎ”を再読。確か作者様を知る初めて読んだ作品。
なんとも可愛らしい王太子夫婦の婚姻前後のエピソード。ニヤけてハッピーにさせてくれます(笑)
忘れられないエピソード場面に残っています♪
其れ以外が記憶にないところは初めてか?……ファンを自重するなんて反省しないといけないですね。
恋愛短編作品群、このサイトに毎日訪れて1〜2年ですが400作品ほど読破しています。まだまだ読書欲を満たしてくれる作品に出会えれば注目しています。
感想ありがとうございます!
いえいえ、短編はたまーにやばいのが混じってるので、連載も……なのでアルファさんで正解かも(笑)大丈夫そうなのだけ選んで載せたので(笑)ムーンさんだけ全作品載ってます。やべーのあるので本当に閲覧注意なんです……
馬車王子からなんですね(笑)とてもIQが低い作品に仕上がってます。結構シリアスがヤバ目です。ムーンで読んでたよ!って方も時々いてくれて、逆にアルファからムーン読んできたよ!って方もいて、転載して良かったなと。
できる限り月に一作は何かしら投稿したいなと頑張ってました。
楽しんでいただき、ありがとうございます!感想ありがとうございました!