Last Resort〜君を好きでいたかったひと夏〜

浅倉 魁莉

文字の大きさ
2 / 7

第2話 満身創痍の初対面

しおりを挟む
第2話 満身創痍の初対面

「いててて……」
痛みがじんじんと走り続ける頬を手でおさえながら、ただただそうつぶやくしかなかった。
昔から思っていたことだけど、慣れない事はするものでは無い……そう思い知らされた。

目の前に突然現れた修羅場に、緊張と恐怖で支配され震える僕の心。
怖かった、本当に怖かった。
会社員として働いている毎日が、どれだけつまらなくても「平和」なんだと思った。

でも、放っておけなかった。
あんな暗い中で、見知らぬ僕にあんな目であんな悲痛な「助けて」の叫びをぶつけられたら。

ほんの1~2分のことだったと思う。
頭の中が真っ白になっていたのはほんのわずか数秒の間で、意外にも状況を大まかに理解できた冷静な自分の意外さに驚いていた。
ホスト風の男は、サラリとした流麗な彼女の黒髪を鷲掴みにした。

「痛い!離してっ!!」
その行動が僕の心の中の何らかのトリガーを発動した。
か弱い女性に対してなんて暴力的な……こんな横暴な行動をする男を僕は今までの人生で見たことがなかった。

そこからはまるでスローモーションのように不思議な感覚で体が勝手に動いていた。
彼女の黒髪を掴む両手をつかみ、僕は噛みつきにかかった。
「痛てぇ!!なんだてめぇ!」

「護身の時は、どうしようもない時は噛みつけ」
以前何かで習った護身術の教え通りにしている僕は、フーフーと呼吸を荒げながら男の手に噛み付いていた。
明らかに腕力で勝てそうになかったし、何より痛みを与えれば彼女から手を離すだろうと希望的観測を持っていたから。
それは見事に的中し男が彼女から手を話したが、今度は僕を標的にしたのか、一瞬で腹部にむせ返るような苦痛が生じる。
蹴りをいれられたのだ。

「うぐー」
うめきながら地面に伏せる僕を、男は暗くてもはっきりとわかるような真っ赤な表情で僕を睨んだ。

やばい
そう思ったときには男の右の拳が僕の鼻っ柱に直撃をしていて。
顔が後方に吹っ飛ぶような生々しい衝撃と痛みをもらい、視界が上下する。
あぁ、これが殴られる痛みと恐怖か。
怖さに支配される中でもどこか冷静で。
いつの間にか仰向けに倒れたらしい僕は、次から次へと男の拳の標的になる。
男が何か言ってるらしいが、痛みでそれどころではない僕は耳に一切入ってこなかった。

『あぁやばい、殺される……』
顔にどんどん生じていく重い痛みに、僕はいよいよ覚悟した。

「だれか助けてぇ!!」
彼女だろうか、助けを求める大きく悲痛な叫びだけがやっと僕は確認できた。

「こっちです、こっち早く来て!!」
ん……痛みと恐怖で意識が朦朧とする中で、この痛々しい展開が変わる予感すらした。
目のあたりも殴られたのでうまく目が開かずうっすらしかわからないけど、どうやら助けが来てくれたらしい。

「こら!おとなしくしろ!暴行・傷害の現行犯で逮捕する!」
逮捕……どうやら警察の人のようで、僕を殴り続けたホスト風の男は捕まえられたようだ。
大まかな状況を理解するのが精一杯で、詳しい内容を冷静に観察するには顔と体に生じている痛み・そして突然の安堵感が邪魔をしていた。
わかることは、とりあえず僕はあちこち痛くて仰向けになっていることと、口の中に生々しい鉄分のような味がすることだった。

「あの……」
声のした方に僕はゆっくりと視線を向ける。
髪を男に掴まれていた女性が僕の横でペタリとアスファルトの地面に座りながら、泣きじゃくる顔で僕を見下ろしている。
「すみませんでした……私のことに貴方を巻き込んでしまいまして……本当にごめんなさい……」
暗い中でさらに殴られたショックでコンタクトレンズが無くなったためよく見えなかったけど、初対面でいきなり見た彼女の泣き顔は、まるで迷子になって親を探す子どものようで。
ところどころ小さく破れている白いワンピースが、さらに彼女の震える心を表しているように見えて。
でも、こんな状態で初めて見た彼女の泣き顔は、今までの人生で見たことがないくらい、とても美しいものだったんだ。

「い、いいんですよ……。それより、貴女は大丈夫ですか?」
本当は痛くてたまらないのだけど、何故かこんな言葉が出てくる。

「はい……私は大丈夫です。ありがとうございます、見ず知らずの私なんかにまでお気遣いを……。優しいんですね」
涙を両手で拭いながらホッとしてきたのか、少しだけ笑みをこぼした彼女を見て、僕はつられて「プフッ」と笑っていた。

仰向けで倒れてる僕が強がって「大丈夫」と言うたびに彼女が笑ってくれるなら……なんてことを初対面の女性にカッコ付けも良いところだと思いながら。
それだけ、彼女との最初の時間は不思議と顔や体の痛みを忘れさせてくれるほど心の中が心地よかった。

その後、最寄りの警察署の刑事課にて事情聴取を行うこととなった。

僕は「柊 陽太」
彼女は「杉原 夏海」
いきなりのお節介から遭遇した暴行事件の事情聴取が、僕と彼女の自己紹介となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど

くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。 貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...