Last Resort〜君を好きでいたかったひと夏〜

浅倉 魁莉

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第3話 思いがけない初デート

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「いてててて……」
もう金輪際関わりたくないであろう喧嘩と事情聴取の夜が明け、僕はいつも仕事のために通う会社のデスクで痛みが走る顔時折抑えていた。

「大丈夫か??」
アイドルオタクの山崎を始め、社員の人間から心配のまなざしを浴びる連続。
何とか出社するもケガをした顔で営業には出せないと言うことで、しばらくは社内での事務作業を中心に行うこととなった。

「陽太」
そのとき、僕に心配そうに声をかけてきたのは、これまた同僚であり幼なじみのユーリこと浅野由梨。
昔から変わってない前髪ぱっつんのセミロングヘアの彼女は、ため息をつきながら僕を見下ろす。

「お、おうユーリ」
「おう、じゃないでしょ。何なのよ、その顔のケガ」
「あぁ……だからちょっと酒に酔って転んじゃってさ」
「ったく、昔からドジなんだから。営業回りの負担がこっちにも来るんだから気をつけてよね」
「あー……ほんと悪い」
僕は口をつぐみながら、そう返すことしかできなかった。
しかし、普通なら迷惑かけてすみませんと謝るところを、こんな感じの会話で済むのがユーリとの関係の気楽なところだった。
決してホスト風の男ともみ合いになったなんて言えるわけがない。
仮にもし彼女に事実が伝わったら、実家の親などに間違いなく話されるからだ。

「まぁしょうがないか、陽太のドジは昔からだもんね。今度おわびにご飯おごりなさいよね」
白のブラウスに黒のタイトスカート姿のユーリは僕に皮肉まじりにそう言うと、ジャケットと鞄を抱えて外回りのために会社を出て行った。

「ったく、ユーリのやつめ」
……と言いながらも、実際に事に首を突っ込んだ僕にはそんなこと言う資格は無い事は嫌でもわかっていた。
顔や体は痛いし仕事が思うようにできないし、ふんだりけったりだ。
しかし、その時だった。
僕のスマートフォンが、バイブで振動する。

「なんだろう」
ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して液晶画面を見ると、僕は目を見開きながら驚いた。
そこには着信者の名前がこう書かれていたからだ。
僕はその名前を思わずつぶやく。

「杉原……夏海……」
昨夜の被害事件で偶然遭遇した、ストレートロングヘアが似合う美人な彼女からの着信だった。
あまり彼女の表情を覚えてはいないけど、飛び抜けた美人と言う事だけははっきりと覚えていた僕は、仕事中にかかわらず胸が高鳴っててしまっている。
僕は、周りの状況をキョロキョロと気にしながら誰もいない場所に移動し、なり続けるスマートフォンの着信に応答し始める。

「はい……」
なぜか高なってしまう緊張とともに、僕は冷静に電話応対しようと努める。
耳にかけたスマートフォンから聞こえてくるのは、約半日ほど前に僕のそばで泣いていた彼女の「アニメ声」ともいうべき美声だった。

「……」

「……」

「……」


「はい、わかりました」
僕はただただ素直にそう答えていた。
心の底から少しずつ湧き上がる、不安と嬉しさを持ちながら。
あの美人の女性とまたひと目会えるだけでラッキー!
この時の僕はそんなことを思っていた。



数日後にあたる土曜の夜、あの事件の当事者である杉原夏海さんと僕は食事がてら会うことになった。
「助けてくれたお礼と、ケガをさせてしまったおわびに」
彼女は電話口で申し訳なさそうにそう言っていた。
その心遣いだけで僕は十分に救われる。
お詫びを自ら求めてくるどこぞのアバズレ女とはえらい違いだ。


「……」
夜6時に青山でー
僕はドギマギしながらその約束の場所に向かった。
よく考えてみると、ユーリ以外の女の子とプライベートでの食事なんて久々だった。
学生時代のときの初デートのような、そんな高揚した気分が僕の心を包んでいた。
オフィスカジュアルのようなジャケットとパンツでよかったのかと、服装を今更考えたりもした。

「おまたせしました、柊さん」
湧き水のように透き通ったような声が、僕の背後から聞こえた。
振り返ると、そこにはスラリと高めな身長で10頭身のようなモデルさんのような佇まいの黒髪の女性が僕を見ていた。
黒のレース状で透け感のあるトップスに、ピンクを基調とした花柄のフレアスカートといった、今の女子に流行のファッションを見事なまでに着こなしている。
まるで僕だけのためのファッションショーを見ているかのような感覚に陥るほど、彼女はとても煌びやかで美しく、僕はそんな彼女に視線を奪われていた。

「柊さん?」
「あっ」
皮肉にも彼女の呼びかけで現実に戻る。

「行きましょう、杉原さん」
僕はそう答えるだけで精一杯だった。
何故なら、改めてまともにはっきりと見た彼女の顔を、僕は恥ずかしながら直視することができずにいた。
胸の奥で高鳴る鼓動の連続が、僕の緊張の度合いを示すには充分だった。

予約した個室ダイニングの席について杉原夏海から最初にあったのは、この間の件の謝罪だった。
「私のことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」

彼女は深々と僕に頭を下げる。
「や、やめてくださいよ。僕が勝手に首を突っ込んだことですから。それに……」
僕は一呼吸おいた。

「杉原さんが、あなたが無事で本当によかったです。あなたが一番怖い目に遭われただろうし、もうそんなに自分を責めないでください」
僕がそう言うと、彼女はその大きな瞳から大粒の涙を次々とこぼしていった。

「柊さん、優しすぎます……ありがとう……何でそんなに……」
僕は彼女の泣き顔にすら、心奪われ始めていた。
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