Last Resort〜君を好きでいたかったひと夏〜

浅倉 魁莉

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第4話 芽生える感情

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「うっ、ううっ……」
テーブルを挟んで僕の向かいにいる夏海さんは、とにかく泣き続けた。
この間の事件のことといい、こんなちょっとした気遣いで僕を「優しすぎる」ということに違和感を覚えたが、今はただただ彼女を見つめていた。
いや、正確に言うと吸い込まれるほど泣いている彼女に見とれていたと言ったほうが正しい。
周りに僕が泣かしたと誤解もされないし、予約したこのお店が個室なのも今の僕にはありがたかった。

「あの、杉原さん」
「あ……ごめんなさい、突然泣いたりしちゃって……。こんなに男の人に優しくされたの初めてで……」
「そんな、大げさですよ」
彼女のようなとびきりに容姿端麗の女性に優しくしてくれる男なんて星の数ほどいると思うのだが、彼女の言葉がまんざら嘘とも思えなかった。

「とにかく、今日はお食事楽しみましょう。ここのお店、口コミでも評判なんです」
その場の雰囲気と気分を改めるために僕がそう言うと、彼女は薄いピンク色のハンカチで両の瞳を拭う。

「そうですよね、せっかくのお店なのにごめんなさい」
「杉原さん、さっきから謝ってばっかりですよ」
「ほんとですね」
夏海さんはクスッと笑った。
これが僕が見た初めての彼女の笑顔だったのだが、泣き顔からのギャップもあってなのか、可愛さ余って胸が圧迫される感覚を覚えた。
それはもう、このお店の評判の数々の料理の味がうまく認識できないほど。

サラサラのストレートヘアも
パッチリとした二重まぶたの瞳も
透き通り透明感に溢れた白い肌も
こっそりとしながらも豊満さを感じさせるスタイルも

僕が目の前にいる彼女の見た目だけですでに心のどこかを持ってかれていたのだ。
時間の経つスピードが振り切れるような感覚に陥るほど、彼女と向かい合うひとときの一瞬はあまりにも新鮮な楽しさに溢れていた。
1分が1秒に感じるほど、10分が1分に感じるほど。
気がつくと夜の10時半を回っていた。
それを教えてくれたのは、お店からのラストオーダーのお知らせだった。

最後に店員さん出される上がりのお茶が、彼女との楽しいひとときに終わりを告げるエピローグのように思えてならない。
うるおいに溢れた夢のような時間が終わり、気がつくとまた今までと同じ日常に戻るだけ。
そう考えるだけで、僕は寂しくて涙が出そうになった。

本当は彼女ともっといたい。
深夜まで、なんなら朝まで。
モデルやアイドルのように飛び抜けて可愛い夏海さんと離れたくない。
僕は心の中で夢のまた夢のようなわがままをつぶやき始めていた。

「先日のお詫びとお礼です。私にご馳走させてください」
せめて割り勘でとの提案を彼女は拒み、店員さんに会計分の紙幣と硬貨を渡す。
この食事代の支払いの瞬間が、夢から現実に引き戻される気持ちにさらに拍車をかける。
「行きましょうか」
彼女はそう言って、ハンガーにかけていたピンク色のカーディガンに袖を通す。
帰る、うんそうだ帰るんだ。
これからそれぞれの自宅に帰り、明日からはまた赤の他人に戻る。
せいぜいあってもちょっと連絡を取る位の関係だろう。
いや、僕は一体何を彼女に期待しているんだ。
最後のお茶をひと口飲み、「ごちそうさまでした」とひと言言って立ち上がった。

「おいしいお店でしたね、ありがとうございます」
彼女は微笑みながらそう言った。
「いえ……」
僕は表面的な笑顔でただ一言そう返すだけで精一杯だった。
そして、駅に向かって歩く。
なるべく彼女と一緒にいたいのに、こんな時に駅チカのダイニングを選んでしまったことを後悔した。
あっという間に駅に着いてしまったから。

「じゃ、ここで。今日は本当にありがとうございました」
僕と彼女は別ホームだった。
彼女は僕にペコリと頭を下げて、すぐに背中を向けて逆ホームの階段へと消えていった。

『夏海さん……』
今すぐ彼女追いかけて「もう一軒行きませんか?」と気軽に言えない僕の臆病さをこんなに呪ったことはなかった。
大きなため息が出ると同時に、僕は自分の帰路へとつくためのホームへと向かった。
階段を上りきり、ホームを歩いて行く。

「……」
僕からは無言のため息だけしか出ない。
何も失恋したわけでもないのに、鎖で縛り付けるような重い痛みが僕の胸の中を支配していた。

「あっ」
幸い、なのかわからないけど、ホームの線路を挟んで向こう側に逆方面行きのホームが見える。
そこにはついさっきまで一緒にいた夏海さんが歩いていた。
少し離れた遠くから見ても、彼女がすらりとしてスタイル抜群なのが嫌でもわかる。
すれ違う人たちが何度となく彼女振り返っていた。

「ん?」
なんだ?
彼女はまるで酔っ払いのような足取りでゆっくりとふらふらと歩いていた。
いやおかしい、そんなに多量のお酒は飲んでなかったし、むしろ食事メインでお酒は嗜む程度だった。
アルコールが苦手とは全く言ってなかった。
じゃぁ彼女のあの感じは何だ??
そう考えていると、彼女の足取りはピタリと止まった。
そして、電車が走る線路に向かってゆっくりと体を向ける。
そのとき、彼女の表情が見えた。

「……!」
僕はその彼女の表情を見て寒気がした。
さっきまでの笑顔は全く微塵もなく、クシャクシャに歪みきっていた。
理由はわからないけど、とにかく目からは大量に涙を流している。

「……」
距離があって聞こえなかったけど、彼女は何かぶつぶつとつぶやいているようだった。
そして、頭から体を線路に向かって傾けて。

「ちょ」
僕がそうつぶやいたときには、彼女はホームから濃いねずみ色の線路にドサリと落ちていた。
線路にて仰向けに落ちた彼女は、そこから仰向けになり天井見上げている。
どことなくにっこりと笑っているようにも見えた彼女は、何かをぶつぶつつぶやいているようだった。
彼女がいた2番ホーム側の人たちが、突然の事態に固まっているのがわかる。
危ないとわかっているのだろうが、彼女はそこからそのまま動く事は全くなかった。

「まもなく、2番線に電車が参ります。安全のために黄色い線の内側にー」
電車が来ると言うアナウンスが、僕の心臓の脈をさらに激しくさせるトリガーとなった。
このままだと、彼女はやって来る電車に……!

「夏海さんっ!!」
気がつくと僕は、自分がいた1番ホームから線路に飛び降り、仰向けになり泣いて微笑んでいる彼女に向かって走っていた。
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