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Memory ①
その少女、懐く ②
しおりを挟む淡いブラウン色に真珠を撒き散らしたような華やかなワンピースに見を包んだ女性の、その後ろから現れたスーツ姿の男性は紛れもなく俺の父親で。
──つまり。あの女性が親父の再婚相手になると言うことなのだろう。
オイ、オイ。とどのつまり、あの女の連れ子がこのガキだったら──。
……イヤ、まさかな。このガキのお母さんがあの女なワケねぇよな。
女性と親父の様子を見ていると、後ろから親父の秘書が現れ、俺がいる方を向く。
目が合ってやっと迎えに来てくれたと思いながら、三人の様子を見ていると、親父は俺を見て。
女は、俺──ではなく膝で寝ているガキを見て、顔を明るくした。
その様子に嫌でも理解してしまう。
「……マジかよ」
こんなことあって良いのか。
偶然にも視線が合って懐いてきた子供が──
「なんだ秋良、こんなところで暇を潰してたのか」
「まい!! もう、勝手にいなくなって!
……って、この子寝てるの?」
「……ネテマスネ」
「まぁ。娘がごめんね」
「いえ、別に……」
──親父の再婚相手の連れ子で、多分 近々 義理の妹になる子供だって。
一体誰が、そんなことを思うだろう。
神様よぉ。
本当にいるってんなら、めちゃくちゃな仕事してんじゃねぇよ……!!
「一緒にいてくれてありがとう」
「にしても、随分と 懐かれてるなぁ。
前に一度写真を見せたが、その時のことを覚えていたのかもしれないな」
はぁ!? 写真!?
「あ、申し遅れました。
初めてまして。あなたのお父さんとお付き合いをさせて頂いてる倉沢紀子といいます。
この子は真依で、今年4歳になる娘です。これからよろしくお願いします」
そう言って女が自己紹介をすると、最後に笑みを見せた。
優しい微笑みに、この人は悪い人なんかじゃないと分かる。
きっと、優しくて良い人なのかもしれない。
「……長男の秋良です」
それでも無性に気分が悪くなるのは、“お母さん”以外の女をまだ、新しく家族に迎える気持ちになれないからだ。
「……ん~。……お、かぁさん?」
「あら、起きたわね。秋良くんありがとう」
そう言って真依を抱き上げると、同時にぐいっと服が引っ張られて締め付けられた。
あ"……?
良く見ると、少女の小さな手は俺の服を握っていて、裾が伸びていた。
「……いやっ!」
「え!? ちょ、ちょっと真依……!?
お兄ちゃんが重たいでしょう。離れなさい」
「いやっ。お兄ちゃんがいい……!!」
抵抗する真依のしかめた顔付きと、言い張る様子に俺は最初驚いたが、なんだよと思った。
ちゃんと子供らしく喋れるらしい。
「倉沢さん、いいですよ。まだ俺が持ってます」
「え、でも……」
「そんなに重たくないんで、大丈夫です」
「それなら……、もうしばらく良いかしら。こんなこと初めてで……。
いつもこんなにわがままじゃないのよ?
頑固な子でもないのに、一体どうしたのかしら。本当にごめんね」
「いえ」
「──でも、それくらいお兄ちゃんのことが好きなのね」
「…………」
このガキが俺を好き…?
俺はコアラみたくしがみついている真依を見て、胸がザワついた。
なんだこの感じ……。
なんとも言えない感情を抱き始めると、俺達の所に近づいてきた二人分の影があった。
「お父さん、瑠輝も連れて来たよ」
そう言って近づいて来たのは、下の弟の二人だった。
二人とも事前に用意されていたスーツを着ている。
因みに俺も今はスーツ姿で。俺と春良は濃紺色。瑠輝はグレーの子供用スーツを纏っている。
「あぁ、春良。ありがとな。
紹介するよ。こちら、少し前からお付き合いをしている倉沢紀子さんだ」
「紀子です。これからよろしくお願いします」
「初めまして、次男の春良と申します。父がお世話になっております。
この子は三男の瑠輝で、2歳です」
「春良くんと、瑠輝くんね」
自己紹介が終わると、春良は俺に張り付いている真依の存在に気づいた。
「……兄さんが抱いてるのは娘さんですか?」
「えぇ。娘の真依です」
「可愛いですね」
春良はそう言って、寝ている真依の頭を撫でた。
真依はまだ眠たいのか、俺に抱きつきながらうとうとしている。
「兄さんに懐いてるみたいだけど、よく泣かれなかったね?」
「うるせぇぞ。目が合った瞬間に、膝枕をすることになるって分かってれば、こんなことにはなってなかった」
「へぇ。さっきまで膝枕させてたんだ?」
「あぁ」
俺が溜め息混じりに頷くと、春良は何が面白かったのかクスリと笑った。
「もともと人懐こい性格なのか、よっぽど兄さんを気に入ったのか。
子供に好かれて、嬉しいんじゃないの?」
「別に普通だ」
「──プフッ。素直じゃないねぇ」
あ"……?
なんだよ、笑いやがって。
俺は変なことなんか言ってねぇぞ。
春良を睨むと、当の本人は気にすることもなく瑠輝を抱き直して、真依に近寄らせた。
寝ている真依の反応がないのはいいとして、不思議な顔を浮かべた瑠輝は特に泣くことはなく、真依に小さな手を伸ばした。
「だぁれ?」
「真依ちゃんだよ。まーい」
「まーい?」
「そう。まいちゃん」
「まいちゃん……!!」
キャッキャッと瑠輝が楽しそうに笑うのを見て、親父と倉沢さんが見つめ合う。
その表情は嬉しいそうで、仲睦まじい雰囲気が伝わってきた。
「瑠輝も名前を覚えたことだし、上に行こうか。レストランを予約してるんだ」
「そうね。秋良くん平気?」
「はい」
───ん、なんだ?
コイツ、けっこう軽いな。瑠輝と重さが全然違うんじゃねぇの。
この年で男の子と女の子の体重がこうも変わってくるものだったかと考えてみたけれど、子供の知識がない俺には分からなかった。
「──お兄ちゃん、大っきいね」
そんな突然耳元で聴こえた声にびっくりして、肩が跳ねた。
「起きてたのかよ」
にしても、今の声は凄く綺麗だったな。
「ホントになんなんだよ。お前は」
「……?」
「起きたなら、ちったぁ歩け」
「イヤ。だっこ」
ぎゅっと服を掴んでくる真依に俺は「ハイハイ」と相槌だけ打った。
どうやら妙な女の子に俺は懐かれたらしい。
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