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一章

託された意思 ④

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 尋ねたのに悠貴は黙ったままだった。

 何も言わない悠貴に私はのんびり構える。悠貴は偶に慎重に喋る時がある。

 何がそうさせているのかは分からないが、言いたいことはちゃんと言う悠貴だから、偶に「やっぱりなんでもない」とそのまま喋らない時があってもあまり気にせずにいた。

 今回は“ちゃんと言う”方だった。


「赤龍の奴らに会ったか?」

 ……なんだ。

 と、思った。

 悠貴はやっぱり気にしてたんだな。

 とも、思う。


「うん。会ったよ」


 悠貴は、私が『赤龍』のいる学校に行くと知ってから、やけに気にしている様子だった。


「どうだった?」

「悪い奴等じゃなかった」


 私が答えると、悠貴が睨んでくる。


「そう言うことじゃねぇ。分かってんだろ?」

「…………」


 やっぱり悠貴と『赤龍』は、……否。赤龍の総長とは、何か繋がりがあるらしい。


 私が藍泉高校に入学することが決まると、悠貴は赤龍について悪く言っていた。

 中でも総長に対しては辛口で、辛辣な言葉を吐く時もあった。


「仲間と楽しそうにしてる感じはあったよ。 同じクラスに幹部が二人いるけど、他の暴走族の人たちとも良好だったし、総長もそうなんじゃないかな」

「他の族とも良好……? はっ、随分ずいぶんと向こうに染まって来てんだな」


 なんだか來のことを知っているような口ぶりだ。

 赤龍の総長に対してトゲがあるなと思っていたけど、かなり根強いようだ。

 個人的にか、神鬼全体的にか。多分、前者なんだろう。

 他のみんなはそんなでもなさそうで、先代幹部の人たちは恨んでいる様子はなかった。

 個人的な恨みなら私が出る幕じゃないし、関係ないと思っていたけれど、赤龍の総長が來だと知ってから私は、二人のことが少し気になってる。

 來と悠貴はどんな関係だったんだろう。

 昔のことなら、他のメンバーなら何か知ってるのかな?

 そんな疑問が疼いて、追求したい気持ちが湧き出てくる。

 すると悠貴の手が止まり、ペンを握りしめる指先に力が入ったのが震えている身体から伝わった。


「あの時のことを忘れたなんて言わせねぇ……」


 低く恨みの篭った声音が聞こえて来て、思わず悠貴を見た。

 視線は何処かを見つめて、険しい目付きは殺意が込められているようだった。


「悠貴?」


 いったい何が、悠貴をこんな顔にさせているのだろう。


「まぁ、いい」


 そう呟きながらも殺気は溢れたままだった。


「どうせアイツは一人じゃ何も出来ねぇ。それに、肝心な時に動かねぇ腰抜けだ」


 棘のある言い方。

 悠貴の態度は、心から來を嫌悪している様子だった。


「ねぇ、悠貴──」


 呼ぶと、私の顔を見て何か言われると思ったのだろう、悠貴が睨んで来た。


「生ぬるい言葉はいらねぇよ」

「…………」


 別に無理強いをするつもりはなかった。ただ、二人の関係が気になっただけだ。

 けれど、仲直りをするつもりはないんだと、何があっても恨みは消えないと分かって、問題に関わることを躊躇らった。


「アイツが10代目になった今、赤龍が何も出来ねぇってことは分かってんだろ?
 おかげで、とばっちりがこっちに来てんだからな」


 “とばっちり”の言葉に、來と出会った夜を思い出す。


「この前の成り上がりの族だって、赤龍が潰せば良かったんだ。なのに、アイツは全然動かなかった。結局、潰したのは夜叉姫おまえだ。
 マジふざけんなッ…! 怠け過ぎだろ…!」 

「…………」


 苛立つ悠貴に私は黙って聞いていた。

 さっき私に向けた視線には“拒絶”が含まれてた。これ以上、踏み込むのはやめた方がいい。

 それに、悠貴が言ったことは私も気なっているのだ。

 あの夜に潰したのは、赤龍の縄張りで起こったことだった。それなのに動かなかったのはなんでなんだろう。

 広場で遊んでいた一般人に暴力を振るっていたことを知って、何も思わないワケないよね?

 來はきっとそういう奴じゃない。

 内部トラブルの可能性も考えたけど、それらしい問題はないって友達の情報屋が言ってたし……。

 悪い噂がこっちまで聞こえて来ていたのに、どうして何も手を打たなかったんだろう。


「今の地位に自惚れてんなら、俺が引きずりおろしてやる。──全面戦争だ」


 最後に吐かれた言葉に、ドキリとした。


「それは、本気じゃないよね?」


 『赤龍』との“全面戦争”なんて、穏やかな言葉じゃない。


「…………」


 否定の言葉もないのか……。

 きっとこの先も來が動かないなら、抗争に踏み切っても良いって本気で思ってるんだろう。

 そのくらい、悠貴の心は張り詰めているのが表情からも分かる。

 けれど、他の族ならまだしも。全国No.1との抗争は、警察や一般人を巻き込む大事に成り得ない。

 個人的な恨みの問題で発展させてはいけないことだと思ってる。

 もちろん、仲間が襲われれば本腰を据えて抗争に臨むけど……。


「悠貴、もう少し様子を見よ? この前の件なら何か事情があるもしれない。
 『神鬼』は無闇に抗争を起こさない。相手をちゃんと見極めてから──。そうでしょ?」 

「……ふざけんな! まだ見極める必要あるか!? それじゃ、遅ぇんだよ!」

「遅くなってもいい! 遅くなったって、神鬼は赤龍に勝てる。その力を既に持ってる。そうでしょう?」


 そう思ってるから……。

 そう信じているから……。

 悠貴は“全面戦争”なんて言葉を口にするんだよね……?


「赤龍のこと気になるなら、少し探るから」

「少しじゃねぇ。徹底的に探れ」

「悠貴、私は──」


 そう言いかけて、言葉を遮られる。


「赤龍とは出来るだけ争いたくないか…?
 けどそんなことで避けられねぇよ。赤龍は神鬼の敵だ。いつかは討つ」

 敵だから討つ──。

 悠貴は間違ってない。


「……うん。けどね、私が藍泉高校に入学したのは探る為じゃないよ」

「……チッ。分かってるさ。お前はただ白雪美夜として通ってるだけ。それが偶然、赤龍の城だった」


 それでいいだろ?

 悠貴の視線は、そう言ってるみたいだった。

 赤龍のことになると悠貴は早まった行動にでる。だからどうしても意見が衝突し合う。

 けれど、まだ止まれる余裕はあるみたいだ。

 お互いに立場を確認し合うことが出来てれば、早まったりはしないだろう。


「ちゃんと動向は見守ってるから。何かあれば言うよ」

「はいはい」


 そう言って悠貴は教材を畳むと、気分転換に違う教科をするみたいで、それぞれ教科書やノートを交換していた。

 それにしても、ちゃんと言い合える仲だって思うと、対等に思われてるようで嬉しい。


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