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山猫珈琲店、はじめました。
貴婦人アルテアと18人の騎士
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兄はあるとき、参加していた夜会で美しい女性に出会い、そのおかげで屋敷の調理場へ半裸で叩き込んだ妹のことを思い出した。
美しい女性というのは、のちに兄と結ばれる、アルテア・ソニア・ランカスタ公爵令嬢そのひとだった。
アルテア様は兄より8歳も年下だけれど、その愛らしさと賢さですぐに兄を虜にした。しかし、アルテア様の虜だったのは兄だけではなく、社交界の独身男性…ときには既婚の男性までも虜にしていた。
とくに最大のライバルになったのが、アルテア様の従弟である皇太子で、アルテア様とは二つ違いの皇太子は、幼いころから彼女に想いを寄せていて、ことあるごとに兄の邪魔をした。
兄はすぐに、自分の持っているカードのなかに有用なものがあることに気づいた。名ばかりで嫌われているとはいえ皇太子の婚約者であり、アルテア様と歳の近い、自分の妹…私だ。
兄はすぐに私のことを調理場から呼び戻し、すっかり下働き気質になっていた私と、私の部屋(当時は侍女たちの休憩室になっていた)の見た目の体裁をつくろい、アルテア様に作法を教えてくれるよう頼んだのだ。
「これが私の妹のエリザベスです。幼くして親を喪い、不憫とおもって私が甘やかした結果、幾分我が儘で無作法に育ってしまい、困っております。公爵令嬢のお力添えで、皇太子妃に相応しい礼儀をご教授下さい」
と兄が私の背を押した。私は調理場で学んだように、頭を下げてアルテア様を直接見ないようにしながら様子をうかがった。
「イヤだわ子爵さま!この子ったら侍女みたいに控えちゃって!けど、そうよね、教えて貰えなきゃ身近な大人の真似をするわよね。うふふ、私はアルテアよ、エルって呼ぶわね?」
そういってアルテア様は私の頭をぐしゃぐしゃ撫で回した。髪が乱れてイヤだとは思ったが、相手は公爵令嬢だ。文句も言えずにただ、だまってされるがままになっていた。
アルテア様は私の作法をみて、私が兄とは腹違いの愛妾の娘だと勘違いしたらしく、ことあるごとに
「わたしも妾の娘なのよ」
「あなたのお兄様はとても立派ね、腹違いのあなたにこんなに良くしてくださって」
「ご存知ないかもしれないけれど、社交界では男性だけでなく女性も大勢いるの。だから、反感を買うような、男性に媚びる態度は改めなくてはね」
と言うので、わたしはそこそこ辟易した。
作法の教師として通ってきてはいても、アルテア様の側には兄がいつもいたし、授業もそこそこに、兄に食事や庭での散策に誘われてゆき、私はひとり自主学習、ということもかなりひんぱんにおきた。それまでは皇太子が邪魔をしていたために、親戚でない男性と親しくしたことのないアルテア様は目にみえて、兄に惹かれて行った。
おもしろくなかったのは、皇太子だ。邪魔をしようとうちへ来れば、婚約者である私が必ずあてがわれて思うようにアルテア様に話しかけられない。
やがてアルテア様が兄と恋仲になったと知ると、皇太子はあからさまに不機嫌になり、ある時とうとうわたしにむかって
「おいお前、子爵のコブごときがわたしに話かけるな」
と、言い放った。しかし、なんというタイミングなのか、大抵は兄の部屋にいるはずのアルテア様が、扉の開いていた応接室のまえを通りすがり、
「まあ、エドアルドさま!婚約者になんという無礼な態度なのかしら!見損ないましたわ!」
と眉をしかめてなかなか乱暴な手付きで扉を閉めてしまわれた。あの時のエドアルド皇太子の、悔しそうな表情といったら!わるいけど、胸がすうっとした。
アルテア様は、わるいかたではない。何よりアルテア様がいらっしゃるときには、わたしは侍女に髪を梳かすふりで円形に禿げるほど抜かれることも、下男に靴を隠されることもないので、むしろ好きだったといえる。
とってもお顔や姿が可憐で、それ故男性全てが彼女を守らねば、と思ってしまう。アルテア様はそういう方だ。大きな菫色の瞳は潤んでいて、真っ白い肌の色だけれど、頬はお化粧していなくてもほんのり薔薇色だった。…羨ましい。
とにかく、そのような姿なので、ありとあらゆるファンの男性から、アルテアさまは護衛をつけられていた。なんとその数18人。ちなみに、わたしには護衛どころか私の靴を隠しておいて嘲笑うのが日課の下男達しかいなかった。まあ、いいけど。
18人の護衛はいずれ劣らぬ猛者ばかりだった。将軍の側近くへ使えた騎士から、護っていることすら感じさせないほどの隠密に長けた者までいた。
(アルテア様が嫁いでこられた際に、全て紹介してくれたから間違いないはず)
そのなかで、最古参なのがルー…ことランドルフだった。エドアルド皇太子がまだ10歳にも満たないころ、近侍として働いていたルーに、アルテア様の護衛をするようにと命じてアルテア様の実家へ送った。
しかし近侍出身のうえ、年若いルーは身を呈して貴婦人を護る必要もなく、専らお茶を差し上げたり、スケジュールの管理をしたりと家令か侍従の仕事ばかりをしていたそうだ。
「今頃アルテア様はルーがいなくて困ってるかも知れないわね?」
ふと、そんな風に思う。きちんとセッティングされた洒落たカフェのテーブルに、彼の完璧さが現れている。あのまま屋敷に残ればきっと有能な家令になれたでしょうし。
ルーが私と一緒にいるのは、成り行きにすぎない。
私にとってはラッキーだったけど。
美しい女性というのは、のちに兄と結ばれる、アルテア・ソニア・ランカスタ公爵令嬢そのひとだった。
アルテア様は兄より8歳も年下だけれど、その愛らしさと賢さですぐに兄を虜にした。しかし、アルテア様の虜だったのは兄だけではなく、社交界の独身男性…ときには既婚の男性までも虜にしていた。
とくに最大のライバルになったのが、アルテア様の従弟である皇太子で、アルテア様とは二つ違いの皇太子は、幼いころから彼女に想いを寄せていて、ことあるごとに兄の邪魔をした。
兄はすぐに、自分の持っているカードのなかに有用なものがあることに気づいた。名ばかりで嫌われているとはいえ皇太子の婚約者であり、アルテア様と歳の近い、自分の妹…私だ。
兄はすぐに私のことを調理場から呼び戻し、すっかり下働き気質になっていた私と、私の部屋(当時は侍女たちの休憩室になっていた)の見た目の体裁をつくろい、アルテア様に作法を教えてくれるよう頼んだのだ。
「これが私の妹のエリザベスです。幼くして親を喪い、不憫とおもって私が甘やかした結果、幾分我が儘で無作法に育ってしまい、困っております。公爵令嬢のお力添えで、皇太子妃に相応しい礼儀をご教授下さい」
と兄が私の背を押した。私は調理場で学んだように、頭を下げてアルテア様を直接見ないようにしながら様子をうかがった。
「イヤだわ子爵さま!この子ったら侍女みたいに控えちゃって!けど、そうよね、教えて貰えなきゃ身近な大人の真似をするわよね。うふふ、私はアルテアよ、エルって呼ぶわね?」
そういってアルテア様は私の頭をぐしゃぐしゃ撫で回した。髪が乱れてイヤだとは思ったが、相手は公爵令嬢だ。文句も言えずにただ、だまってされるがままになっていた。
アルテア様は私の作法をみて、私が兄とは腹違いの愛妾の娘だと勘違いしたらしく、ことあるごとに
「わたしも妾の娘なのよ」
「あなたのお兄様はとても立派ね、腹違いのあなたにこんなに良くしてくださって」
「ご存知ないかもしれないけれど、社交界では男性だけでなく女性も大勢いるの。だから、反感を買うような、男性に媚びる態度は改めなくてはね」
と言うので、わたしはそこそこ辟易した。
作法の教師として通ってきてはいても、アルテア様の側には兄がいつもいたし、授業もそこそこに、兄に食事や庭での散策に誘われてゆき、私はひとり自主学習、ということもかなりひんぱんにおきた。それまでは皇太子が邪魔をしていたために、親戚でない男性と親しくしたことのないアルテア様は目にみえて、兄に惹かれて行った。
おもしろくなかったのは、皇太子だ。邪魔をしようとうちへ来れば、婚約者である私が必ずあてがわれて思うようにアルテア様に話しかけられない。
やがてアルテア様が兄と恋仲になったと知ると、皇太子はあからさまに不機嫌になり、ある時とうとうわたしにむかって
「おいお前、子爵のコブごときがわたしに話かけるな」
と、言い放った。しかし、なんというタイミングなのか、大抵は兄の部屋にいるはずのアルテア様が、扉の開いていた応接室のまえを通りすがり、
「まあ、エドアルドさま!婚約者になんという無礼な態度なのかしら!見損ないましたわ!」
と眉をしかめてなかなか乱暴な手付きで扉を閉めてしまわれた。あの時のエドアルド皇太子の、悔しそうな表情といったら!わるいけど、胸がすうっとした。
アルテア様は、わるいかたではない。何よりアルテア様がいらっしゃるときには、わたしは侍女に髪を梳かすふりで円形に禿げるほど抜かれることも、下男に靴を隠されることもないので、むしろ好きだったといえる。
とってもお顔や姿が可憐で、それ故男性全てが彼女を守らねば、と思ってしまう。アルテア様はそういう方だ。大きな菫色の瞳は潤んでいて、真っ白い肌の色だけれど、頬はお化粧していなくてもほんのり薔薇色だった。…羨ましい。
とにかく、そのような姿なので、ありとあらゆるファンの男性から、アルテアさまは護衛をつけられていた。なんとその数18人。ちなみに、わたしには護衛どころか私の靴を隠しておいて嘲笑うのが日課の下男達しかいなかった。まあ、いいけど。
18人の護衛はいずれ劣らぬ猛者ばかりだった。将軍の側近くへ使えた騎士から、護っていることすら感じさせないほどの隠密に長けた者までいた。
(アルテア様が嫁いでこられた際に、全て紹介してくれたから間違いないはず)
そのなかで、最古参なのがルー…ことランドルフだった。エドアルド皇太子がまだ10歳にも満たないころ、近侍として働いていたルーに、アルテア様の護衛をするようにと命じてアルテア様の実家へ送った。
しかし近侍出身のうえ、年若いルーは身を呈して貴婦人を護る必要もなく、専らお茶を差し上げたり、スケジュールの管理をしたりと家令か侍従の仕事ばかりをしていたそうだ。
「今頃アルテア様はルーがいなくて困ってるかも知れないわね?」
ふと、そんな風に思う。きちんとセッティングされた洒落たカフェのテーブルに、彼の完璧さが現れている。あのまま屋敷に残ればきっと有能な家令になれたでしょうし。
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私にとってはラッキーだったけど。
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