脱走悪役令嬢、猫を飼う。

西藤島 みや

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山猫珈琲店、はじめました。

町はずれのおばけ屋敷

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テーブルセッティングや料理の下ごしらえが済んだころ、朝一番のお客様が二階の部屋から降りてくる。このあたりは古城や遺跡が多くて、研究や観光でわりとお客様がはいる。町にある宿屋はこの山猫軒ただひとつ。本日のお客様は連泊している考古学の研究者であるロト博士と、助手のマゼランという若者のふたりだ。

「おはようお嬢さん」
ロト博士は白い髭をたっぷり蓄えており、小柄で少しだけ腰がまがっている。杖をつかないと歩けないのは、高齢だからではなくて昔間違えてグリフィンの巣に飛行艇を不時着させた際に、負った傷のせいらしい。
「また。眉唾ですよエリン」
そっと耳元で囁かれて、
「面白いほうがいいわ」
と、その肩を押し退けた。

「相変わらず仲が良いですね」
マゼランは背負っていた背嚢を自分の脇において、私たちをからかった。
「そりゃそうよ!駆け落ちするくらいですもの!」
私が腰に手をあてて言うと、
「またまた、貴族の令嬢じゃあるまいし」
とマゼランは笑ってから、朝食に出したバターを目一杯トウモロコシのパンに塗り、旨いと頬を弛ませた。ロト博士はうちの自家製野菜で作ったミネストローネを無言のまま三杯もおかわりした。

昨晩かまどに火をいれて、埋め火をする直前くらいの弱火でミネストローネの鍋をかけて、煮つづけた。だから野菜が蕩けて、塩と僅かの香辛料でも旨味がつよい。そこに、さらに焼いた野菜と茹でた麦をいれてある。


「ああ、旨い…旨いな。昔、母が作ってくれたのとおなじ味がする…」
トウモロコシのパンでスープの皿を拭きながら、ロト博士はいう。
「今日は良い発掘ができそうだ。期待していてくれたまえ」
ハイ、と頷くわたしに、マゼランは
「そうはいってもそんな易々と大発見なんてあれば苦労しないですけどね」
と少々疲れた顔をした。彼らが予約した期間は3週間。王都にある大学の研究機関に所属している二人は、調査が終わればかえってゆく。


「でも不思議ですよね。少しむこうまで行くと嵐や雪の日でも、この辺りだけ温暖だなんて…ひどい嵐もほとんど無いって聞きますし…私はなにか護符のようなものがこの近辺にあると思うのですが」
と、マゼランはそとを眺める。

今日は快晴で、優しい風がつるばらのちょっとレモネードのような甘い香りを運んできた。あたたかくなってきたのか、忙しく行き交うマルハナバチの羽音もきこえてくる。

「魔術などと。この辺りは丘陵地で水捌けがいいうえ、周りとの温度が数度高い。私の研究ではこうした場所では地中海性気候のような…」
ロト博士が興奮して話し始めたので、マゼランは苦笑いするしかない。


実際、このパブのある一帯は、お化け屋敷などとこの辺りの住人に呼ばれていた。別になにか出る、とかそういうことではなくて、他の場所では雪が積もっていても、ここだけ春の陽気だったり、年中ばらやハーブの類いが咲いているからそう呼ばれたのだ。


「でも何十年も買い手がつかなかったのに、建物も傷まず、こうして残っていたと言うのも不思議ね。なにかあるのかもしれないわ」
のんびりとお皿をあらいながら笑うわたしに、ルーは、訳あり物件の癖に高額だ、と毒づいていた。
天候がいつでも温暖なのは、わたしにとってはとても助かる。実はすこし前に大きな怪我をしたので、冷えたり暑すぎたりすると傷が痛むのだ。


そろり、と脇腹あたりを撫でた。いまはそんなに目立たなくなったそれは、この町に私が来た理由のひとつでもある。
「痛みますか」
ルーは、なかば断定的ともいえる言い方で、箒をおいて此方へあるいてくる。

「まさか、私は魔術が使えるのよ、こんな怪我」
ルーは、むしろ自分がどこか痛いというような表情で私を見た。
「申し訳ございません、でした」
そっと脇に手をのばし、頭をさげる。
「そうおもうなら、頑張って働いて頂戴」
と笑いかけた。





この怪我は、まだ私がエリザベスで、ルーがランドルフだった頃に、ルーが切りつけて作ったものだ。
あわれなランドルフ。雇い主である私の義兄によって謀られたと知ったときには、血だまりに立っていたのだから。

『にげよう』

私がその事にきづいたとき、ランドルフはなかば呆然としていた。

『ここにいては、2人とも殺される。逃げよう!』

刀傷とはこうも痛いものなのか、と、裂けた脇腹を魔術で誤魔化しながらランドルフの手をひき駆け出したのだった。
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