4 / 14
山猫珈琲店、はじめました。
町はずれのおばけ屋敷
しおりを挟む
テーブルセッティングや料理の下ごしらえが済んだころ、朝一番のお客様が二階の部屋から降りてくる。このあたりは古城や遺跡が多くて、研究や観光でわりとお客様がはいる。町にある宿屋はこの山猫軒ただひとつ。本日のお客様は連泊している考古学の研究者であるロト博士と、助手のマゼランという若者のふたりだ。
「おはようお嬢さん」
ロト博士は白い髭をたっぷり蓄えており、小柄で少しだけ腰がまがっている。杖をつかないと歩けないのは、高齢だからではなくて昔間違えてグリフィンの巣に飛行艇を不時着させた際に、負った傷のせいらしい。
「また。眉唾ですよエリン」
そっと耳元で囁かれて、
「面白いほうがいいわ」
と、その肩を押し退けた。
「相変わらず仲が良いですね」
マゼランは背負っていた背嚢を自分の脇において、私たちをからかった。
「そりゃそうよ!駆け落ちするくらいですもの!」
私が腰に手をあてて言うと、
「またまた、貴族の令嬢じゃあるまいし」
とマゼランは笑ってから、朝食に出したバターを目一杯トウモロコシのパンに塗り、旨いと頬を弛ませた。ロト博士はうちの自家製野菜で作ったミネストローネを無言のまま三杯もおかわりした。
昨晩かまどに火をいれて、埋め火をする直前くらいの弱火でミネストローネの鍋をかけて、煮つづけた。だから野菜が蕩けて、塩と僅かの香辛料でも旨味がつよい。そこに、さらに焼いた野菜と茹でた麦をいれてある。
「ああ、旨い…旨いな。昔、母が作ってくれたのとおなじ味がする…」
トウモロコシのパンでスープの皿を拭きながら、ロト博士はいう。
「今日は良い発掘ができそうだ。期待していてくれたまえ」
ハイ、と頷くわたしに、マゼランは
「そうはいってもそんな易々と大発見なんてあれば苦労しないですけどね」
と少々疲れた顔をした。彼らが予約した期間は3週間。王都にある大学の研究機関に所属している二人は、調査が終わればかえってゆく。
「でも不思議ですよね。少しむこうまで行くと嵐や雪の日でも、この辺りだけ温暖だなんて…ひどい嵐もほとんど無いって聞きますし…私はなにか護符のようなものがこの近辺にあると思うのですが」
と、マゼランはそとを眺める。
今日は快晴で、優しい風がつるばらのちょっとレモネードのような甘い香りを運んできた。あたたかくなってきたのか、忙しく行き交うマルハナバチの羽音もきこえてくる。
「魔術などと。この辺りは丘陵地で水捌けがいいうえ、周りとの温度が数度高い。私の研究ではこうした場所では地中海性気候のような…」
ロト博士が興奮して話し始めたので、マゼランは苦笑いするしかない。
実際、このパブのある一帯は、お化け屋敷などとこの辺りの住人に呼ばれていた。別になにか出る、とかそういうことではなくて、他の場所では雪が積もっていても、ここだけ春の陽気だったり、年中ばらやハーブの類いが咲いているからそう呼ばれたのだ。
「でも何十年も買い手がつかなかったのに、建物も傷まず、こうして残っていたと言うのも不思議ね。なにかあるのかもしれないわ」
のんびりとお皿をあらいながら笑うわたしに、ルーは、訳あり物件の癖に高額だ、と毒づいていた。
天候がいつでも温暖なのは、わたしにとってはとても助かる。実はすこし前に大きな怪我をしたので、冷えたり暑すぎたりすると傷が痛むのだ。
そろり、と脇腹あたりを撫でた。いまはそんなに目立たなくなったそれは、この町に私が来た理由のひとつでもある。
「痛みますか」
ルーは、なかば断定的ともいえる言い方で、箒をおいて此方へあるいてくる。
「まさか、私は魔術が使えるのよ、こんな怪我」
ルーは、むしろ自分がどこか痛いというような表情で私を見た。
「申し訳ございません、でした」
そっと脇に手をのばし、頭をさげる。
「そうおもうなら、頑張って働いて頂戴」
と笑いかけた。
この怪我は、まだ私がエリザベスで、ルーがランドルフだった頃に、ルーが切りつけて作ったものだ。
あわれなランドルフ。雇い主である私の義兄によって謀られたと知ったときには、血だまりに立っていたのだから。
『にげよう』
私がその事にきづいたとき、ランドルフはなかば呆然としていた。
『ここにいては、2人とも殺される。逃げよう!』
刀傷とはこうも痛いものなのか、と、裂けた脇腹を魔術で誤魔化しながらランドルフの手をひき駆け出したのだった。
「おはようお嬢さん」
ロト博士は白い髭をたっぷり蓄えており、小柄で少しだけ腰がまがっている。杖をつかないと歩けないのは、高齢だからではなくて昔間違えてグリフィンの巣に飛行艇を不時着させた際に、負った傷のせいらしい。
「また。眉唾ですよエリン」
そっと耳元で囁かれて、
「面白いほうがいいわ」
と、その肩を押し退けた。
「相変わらず仲が良いですね」
マゼランは背負っていた背嚢を自分の脇において、私たちをからかった。
「そりゃそうよ!駆け落ちするくらいですもの!」
私が腰に手をあてて言うと、
「またまた、貴族の令嬢じゃあるまいし」
とマゼランは笑ってから、朝食に出したバターを目一杯トウモロコシのパンに塗り、旨いと頬を弛ませた。ロト博士はうちの自家製野菜で作ったミネストローネを無言のまま三杯もおかわりした。
昨晩かまどに火をいれて、埋め火をする直前くらいの弱火でミネストローネの鍋をかけて、煮つづけた。だから野菜が蕩けて、塩と僅かの香辛料でも旨味がつよい。そこに、さらに焼いた野菜と茹でた麦をいれてある。
「ああ、旨い…旨いな。昔、母が作ってくれたのとおなじ味がする…」
トウモロコシのパンでスープの皿を拭きながら、ロト博士はいう。
「今日は良い発掘ができそうだ。期待していてくれたまえ」
ハイ、と頷くわたしに、マゼランは
「そうはいってもそんな易々と大発見なんてあれば苦労しないですけどね」
と少々疲れた顔をした。彼らが予約した期間は3週間。王都にある大学の研究機関に所属している二人は、調査が終わればかえってゆく。
「でも不思議ですよね。少しむこうまで行くと嵐や雪の日でも、この辺りだけ温暖だなんて…ひどい嵐もほとんど無いって聞きますし…私はなにか護符のようなものがこの近辺にあると思うのですが」
と、マゼランはそとを眺める。
今日は快晴で、優しい風がつるばらのちょっとレモネードのような甘い香りを運んできた。あたたかくなってきたのか、忙しく行き交うマルハナバチの羽音もきこえてくる。
「魔術などと。この辺りは丘陵地で水捌けがいいうえ、周りとの温度が数度高い。私の研究ではこうした場所では地中海性気候のような…」
ロト博士が興奮して話し始めたので、マゼランは苦笑いするしかない。
実際、このパブのある一帯は、お化け屋敷などとこの辺りの住人に呼ばれていた。別になにか出る、とかそういうことではなくて、他の場所では雪が積もっていても、ここだけ春の陽気だったり、年中ばらやハーブの類いが咲いているからそう呼ばれたのだ。
「でも何十年も買い手がつかなかったのに、建物も傷まず、こうして残っていたと言うのも不思議ね。なにかあるのかもしれないわ」
のんびりとお皿をあらいながら笑うわたしに、ルーは、訳あり物件の癖に高額だ、と毒づいていた。
天候がいつでも温暖なのは、わたしにとってはとても助かる。実はすこし前に大きな怪我をしたので、冷えたり暑すぎたりすると傷が痛むのだ。
そろり、と脇腹あたりを撫でた。いまはそんなに目立たなくなったそれは、この町に私が来た理由のひとつでもある。
「痛みますか」
ルーは、なかば断定的ともいえる言い方で、箒をおいて此方へあるいてくる。
「まさか、私は魔術が使えるのよ、こんな怪我」
ルーは、むしろ自分がどこか痛いというような表情で私を見た。
「申し訳ございません、でした」
そっと脇に手をのばし、頭をさげる。
「そうおもうなら、頑張って働いて頂戴」
と笑いかけた。
この怪我は、まだ私がエリザベスで、ルーがランドルフだった頃に、ルーが切りつけて作ったものだ。
あわれなランドルフ。雇い主である私の義兄によって謀られたと知ったときには、血だまりに立っていたのだから。
『にげよう』
私がその事にきづいたとき、ランドルフはなかば呆然としていた。
『ここにいては、2人とも殺される。逃げよう!』
刀傷とはこうも痛いものなのか、と、裂けた脇腹を魔術で誤魔化しながらランドルフの手をひき駆け出したのだった。
2
あなたにおすすめの小説
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
どうも、偽聖女です。ピースピースv(・ε・v)
東稔 雨紗霧
ファンタジー
「よくも今まで俺達を騙してくれたな、この偽聖女が!」
学園の中庭で魔力で三本の箒を操りながら日課の奉仕活動をしていると急にそう声高に罵倒された。
何事かと振り返ると一人の女性を背に隠し、第四王子、騎士見習い、伯爵家の三男坊がおり、口々にわたしを責め立ててくる。
一応弁明しておくけれども、わたしは今まで自分が聖女様だなんて我が敬愛する神の御名に誓って一言も言ってないし彼らが勝手にそう言っていただけだ。
否定しても「謙遜するな」とか「卑下するな」とか「控え目で素晴らしいな」とか言って話を聞こうともしないし本当にいい迷惑だった。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる