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山猫珈琲店、はじめました。
昇る水
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さっきまで半分眠ったような顔をして、表の雨を眺めていたクランさんが、焦った顔をして私の手から瓶をとりあげた。
呆気に取られて彼をみると、困ったように瓶に蓋を戻しながら、
「これはアルコールランプ。ガスやロウの代わりに可燃性の高いメチルアルコールをつかっているんだけど、エタノールより揮発性と毒性が高くて危険なんだ。けして直接吸い込んだりしないように」
そういうと、それを元通りの場所に戻した。
「それ、何につかうものなの?」
なにかの実験道具のような、その形に私は首をかしげた。ああ、と彼はそれをもちあげた。
「サイフォン。これも珈琲をいれるための器具だよ、でも、別に君が前に買っていったネルとの違いはさほどないね。まあ、見た目は面白いから、お客は喜ぶかもしれないけど」
お客は喜ぶ、のところで私は彼をじっと見た。それが本当なら、是非とも購入したい。
「やって見せようか」
そう言うと、クランさんはサイフォンを手にしてカウンターへ向かった。
ここはクランさんが焙煎した珈琲豆を売るための店で、喫茶店ではない。だから、クランさんが必要と思ったときしか、その手でいれた珈琲をのむ機会はないのだ。
「やった!ありがとう!」
クランさんは小さな缶をもってきた。そこには、コーヒーを入れるネルが入っている。
まるで本当に科学者が実験をするときのように、ネルを取り付け、豆を曳き、丸底フラスコに水を満たす。
アルコールランプに火をつけ、それをサイフォンに近づけて、
「音を、聞いていて」
とささやいた。
最初は、小さなフツフツいうお湯の沸く音。ガラス同士が触れる僅かなきしみ。シュウウ、と昇っていくお湯を、クランさんが木製のスプーンでかき回す。甘くてにがい珈琲の香りがあたりを包んだ。
ランプをはずせば、昇っていったお湯はまたフラスコへ落ちてくる。
コトトトト、と、ちいさな、ほんとうにかすかな、音が聞こえた。
そのあとにのこったのは、自分の心臓の音まで聞こえそうなほどの静けさ。
「はい。熱いから気をつけて」
クランさんに渡された珈琲は、いつも山猫邸で飲んでいるものより幾分甘く、僅かに酸味のあるものだ。ふわふわと漂う香りは甘く柔らかく、口当たりはなめらかで、同じ珈琲とは思えなかった。
「酸味があるから、あまり君の好みではないかもだけれど、ルーは喜ぶかもしれないよ」
それは、魔法のように私を支配してしまった。
「!、クランさん、この道具、うちの店に届けてくださりませ!豆も!」
詰め寄るようにして言うと、クランさんは、
「君はルーのためなら空の星だって取ってきそうだよね」
と笑った。でもその言葉に、私は一瞬動きをとめた。胸のおくのほうで、なにか冷たいものが転がるみたいな感じ…
町のひとたちには、私たちは事実婚に近い恋人同士だと嘘を言っている。だから、クランさんは単に思った事を言っただけなのは、わかってる。なのに、なんだかざわざわする。
まるでいつでも、私がルーを気にしているみたいな言い方。まるで私が、ほんとうに、ルーを好きみたいな……
「エリン?」
そうだわ、買い出し!と私は外を見た。雨はあがり、ちょっと道はぬかるんでいそうだけれど、買い物には問題ない。
「お昼の営業までに帰らなきゃ!クランさん、その道具、あとで山猫邸に届けてくださりませね!」
私はそういうと、雨上がりの通りに駆け出す。
「石畳が滑るから気をつけて!」
クランさんの声が、うしろから追いかけてきた。
呆気に取られて彼をみると、困ったように瓶に蓋を戻しながら、
「これはアルコールランプ。ガスやロウの代わりに可燃性の高いメチルアルコールをつかっているんだけど、エタノールより揮発性と毒性が高くて危険なんだ。けして直接吸い込んだりしないように」
そういうと、それを元通りの場所に戻した。
「それ、何につかうものなの?」
なにかの実験道具のような、その形に私は首をかしげた。ああ、と彼はそれをもちあげた。
「サイフォン。これも珈琲をいれるための器具だよ、でも、別に君が前に買っていったネルとの違いはさほどないね。まあ、見た目は面白いから、お客は喜ぶかもしれないけど」
お客は喜ぶ、のところで私は彼をじっと見た。それが本当なら、是非とも購入したい。
「やって見せようか」
そう言うと、クランさんはサイフォンを手にしてカウンターへ向かった。
ここはクランさんが焙煎した珈琲豆を売るための店で、喫茶店ではない。だから、クランさんが必要と思ったときしか、その手でいれた珈琲をのむ機会はないのだ。
「やった!ありがとう!」
クランさんは小さな缶をもってきた。そこには、コーヒーを入れるネルが入っている。
まるで本当に科学者が実験をするときのように、ネルを取り付け、豆を曳き、丸底フラスコに水を満たす。
アルコールランプに火をつけ、それをサイフォンに近づけて、
「音を、聞いていて」
とささやいた。
最初は、小さなフツフツいうお湯の沸く音。ガラス同士が触れる僅かなきしみ。シュウウ、と昇っていくお湯を、クランさんが木製のスプーンでかき回す。甘くてにがい珈琲の香りがあたりを包んだ。
ランプをはずせば、昇っていったお湯はまたフラスコへ落ちてくる。
コトトトト、と、ちいさな、ほんとうにかすかな、音が聞こえた。
そのあとにのこったのは、自分の心臓の音まで聞こえそうなほどの静けさ。
「はい。熱いから気をつけて」
クランさんに渡された珈琲は、いつも山猫邸で飲んでいるものより幾分甘く、僅かに酸味のあるものだ。ふわふわと漂う香りは甘く柔らかく、口当たりはなめらかで、同じ珈琲とは思えなかった。
「酸味があるから、あまり君の好みではないかもだけれど、ルーは喜ぶかもしれないよ」
それは、魔法のように私を支配してしまった。
「!、クランさん、この道具、うちの店に届けてくださりませ!豆も!」
詰め寄るようにして言うと、クランさんは、
「君はルーのためなら空の星だって取ってきそうだよね」
と笑った。でもその言葉に、私は一瞬動きをとめた。胸のおくのほうで、なにか冷たいものが転がるみたいな感じ…
町のひとたちには、私たちは事実婚に近い恋人同士だと嘘を言っている。だから、クランさんは単に思った事を言っただけなのは、わかってる。なのに、なんだかざわざわする。
まるでいつでも、私がルーを気にしているみたいな言い方。まるで私が、ほんとうに、ルーを好きみたいな……
「エリン?」
そうだわ、買い出し!と私は外を見た。雨はあがり、ちょっと道はぬかるんでいそうだけれど、買い物には問題ない。
「お昼の営業までに帰らなきゃ!クランさん、その道具、あとで山猫邸に届けてくださりませね!」
私はそういうと、雨上がりの通りに駆け出す。
「石畳が滑るから気をつけて!」
クランさんの声が、うしろから追いかけてきた。
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