脱走悪役令嬢、猫を飼う。

西藤島 みや

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山猫珈琲店、はじめました。

ちょっとした諍い

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買い物を済ませて、山猫邸へ戻るとクランさんがサイフォンと豆を届けてくれていた。

昼の慌ただしさが去ったあと、意気揚々とルーにそれをひろげてみせた。しかし、ルーは両腕を組んで眉をよせる。
「無駄遣いをすれば直ぐに資金がなくなりますよ」
あきれた、というふうにつぶやいた。

「ごめんなさい」
そもそもここを買ったのも、こうして二人でいる資金も、ルーが王宮等で働いた貯金を切り崩したものだ。わかっているから、あまり余計なものは買わないようにしているのだけれど。

ルーが喜ぶと聞いて、どうしても買いたかった。とは言えず、黙って皿やグラスを洗う。
「少しは節制というものを身につけるべきでは?」

がしゃん、と手元で何かが滑りおちた。あれ、と思ったときには、泡にまみれていた手から、赤い血が桶へとひろがってゆく。

「どうかしましたか?」

慌ててわたしはエプロンでそれを拭いた。魔力をこめて、傷口をふさぐ。痛むけれど、これで洗い物はできるはず。
と、近くまできていたルーが桶を覗き込み、グラスが、とため息をついた。
「無駄にしないでくださいと今、いったところしょう」
ルーは桶の水をあけて、割れたグラスを取り出した。

「あなたはもう、子爵令嬢ではないんですよ」

その言い方に、なにか反論しようとしてあたまが真っ白になった。は、は、と二度ほど息を吐き、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
「ごめんね、ルー。少し具合が悪いみたい、少し休んでもいいかな」
答えは聞かずにその場を離れた。



走るようにして表へ出て、続きになっている隣の棟へはいってゆく。二階へあがれば私の部屋だ。

小さな書き物机にうつ伏せて、息をころした。大丈夫、ここには私の大事なものが全て揃ってる。それを守れるだけの能力もある。わたしは、大丈夫。

絶望してしまえば体はうごかなくなる。こんな小さな宿屋で、しかも料理は全てわたしなんだから、私が動けなくなっては立ち行かない。
わたしは、すくなくともこの宿屋の客に必要だわ。


それなのに、心のすみのどこかがちりちりと痛むのだ。

ルーは、私が兄にどんなふうに扱われていたのかを多分知らないし、王太子に嫌われた理由も話していない。普通の令嬢ではないというのは、知ってるみたいだけど。

いつか、話したほうがいいのはわかってる。でもルーの態度がアレなうちは、ききいれてももらえなさそう。と、ため息をついてたちあがった。顔を洗い、なんとか見た目を繕って廊下にでた。

ミャオン、と足元で猫の鳴き声。
「エドアルドさま、どうなさったの」
階段に座り、ふわふわの毛並みの猫を抱き上げて日向の匂いをかいだ。じんわり胸が締め付けられるような心地がして、思わず涙がうかんだ。



「エリン」
声をかけられて、顔をあげた。隣の棟から、ルーがでてきたところのようだった。
「…………大丈夫、仕事にもどるわ」
私がいうと、彼はうなづいて井戸端へむかう。
いつの間にか日は傾き、そろそろ宿泊客の戻ってくる時間だった。


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