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バセッティの幼い姉弟
図書館では静粛に
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数千年の昔から、広大な国土と強大な軍事力をもつ帝国アテナシエア。その帝都は海を臨む峻険な山岳地帯に要塞のごとき威容を誇っていた。
その都でも、最も高地にあり堅固に守られている場所こそ、皇帝の居城であるアテナシエア宮殿や、神が宿るとされる大図書館が置かれている、通称「雲の家」だ。
文字通り、あまりの高地にあるために雲にかくれて見えなくなることが度々あることと、高位の貴族や一部の神職以外のものは、住むことの出来ない場所、という意味をふくめて、この国ではそう呼ばれていた。
その、「雲の家」。
全知全能の予言書『カンタレラ』が眠るとされる帝国大図書館。選ばれた貴族だけが入れるという、閉ざされた禁域であるそこに、一人の少女が座っていた。
少女は自分の体ほどもある大型の本を机にひろげ、何事か呟いている。呪文の詠唱のようにも、詩歌のようにも聞こえるそれは、数千年まえに失われたこの国の言葉だった。
「読めるわ、やっぱり、読める!」
ぶつぶつと呟いている少女のもとに、一人の幼い少年がやってきた。
「ねえさま、なにかよきものがありましたか?」
舌足らずながらも聡明さが滲むその声に、少女は顔をあげた。
「リアム、おねえさまは決めました」
緊張したような姉の声に、リアムと呼ばれた少年ははい、と頷き、それから姉が言葉を発するのを待った。
「私はもう、よいお家におよめに入るのを止めます。ピアノやダンスのれんしゅうも、いろいろなおけいこも、やりたいときしかやりません!」
妙にきっぱりいわれて、リアムはわけもわからず、はい、と答えた。
「このフィオラ・バセッティ、悪い女になりますわ!二度とよき妻になど、なるものですか!」
がたっとたちあがり、大声で叫んだ。
あまりの声の大きさに、図書館じゅうにわんわんと彼女の声が響いた。
「ねえさま、図書館では静かにしていてください」
耳をおさえた弟に叱られて、少女…フィオラはごめんなさい、と椅子にすわった。
フィオラはこの国の知恵を司る、この大図書館の館長職であり司祭、バセッティの娘。本来であれば代々大図書館を守るはずのバセッティ家の一人娘で、今年六歳になった。
司祭はフィオラのほかに子供に恵まれず、その上病で妻を亡くしたことから昨年秋に、類縁にあたる家から養子をむかえた。それが、現在四歳の義弟リアムだ。
その幼いバセッティ家の姉弟が、いまなぜ、大図書館にいるのかというと…
「ねえさま?本当におうちに帰らないのですか?とうさまも、メイドさんたちも しんぱいします」
リアムは心配そうに尋ねた。
「帰りません。あなたのことはしんぱいしますから、あなたはおうちに帰りなさい」
家出だった。リアムは甘えるように姉の手をとり、首をふった。
「ぼく、ぼくはひとりではかえれません」
その言葉に、フィオラは振り返り弟を見た。
一瞬、その天使のごとき顔に蕩けんばかりの笑顔がうかぶ。しかし、首をふって
「ねえさまはだまされません、リアムはかしこいので、ひとりで帰ることができます。」
リアムはこれを聞いてため息をついた。作戦失敗である。
「姉さまにはかなわないな。僕は帰りますよ、家のものには姉さまが大図書館にいると伝えますがいいですね?」
がた、とフィオラは立ち上がる。
「ダメよ、叱られるじゃない!」
そう言うと、慌ててたちあがり、帰り支度をはじめた。リアムはそれを手伝いながら、ふと口元をゆるめた。
その表情は、天使のごとき四歳の子供にみあわぬ皮肉げなものであったけれど、帰り支度で忙しいフィオラは、それには全く気づかなかったのだった。
その都でも、最も高地にあり堅固に守られている場所こそ、皇帝の居城であるアテナシエア宮殿や、神が宿るとされる大図書館が置かれている、通称「雲の家」だ。
文字通り、あまりの高地にあるために雲にかくれて見えなくなることが度々あることと、高位の貴族や一部の神職以外のものは、住むことの出来ない場所、という意味をふくめて、この国ではそう呼ばれていた。
その、「雲の家」。
全知全能の予言書『カンタレラ』が眠るとされる帝国大図書館。選ばれた貴族だけが入れるという、閉ざされた禁域であるそこに、一人の少女が座っていた。
少女は自分の体ほどもある大型の本を机にひろげ、何事か呟いている。呪文の詠唱のようにも、詩歌のようにも聞こえるそれは、数千年まえに失われたこの国の言葉だった。
「読めるわ、やっぱり、読める!」
ぶつぶつと呟いている少女のもとに、一人の幼い少年がやってきた。
「ねえさま、なにかよきものがありましたか?」
舌足らずながらも聡明さが滲むその声に、少女は顔をあげた。
「リアム、おねえさまは決めました」
緊張したような姉の声に、リアムと呼ばれた少年ははい、と頷き、それから姉が言葉を発するのを待った。
「私はもう、よいお家におよめに入るのを止めます。ピアノやダンスのれんしゅうも、いろいろなおけいこも、やりたいときしかやりません!」
妙にきっぱりいわれて、リアムはわけもわからず、はい、と答えた。
「このフィオラ・バセッティ、悪い女になりますわ!二度とよき妻になど、なるものですか!」
がたっとたちあがり、大声で叫んだ。
あまりの声の大きさに、図書館じゅうにわんわんと彼女の声が響いた。
「ねえさま、図書館では静かにしていてください」
耳をおさえた弟に叱られて、少女…フィオラはごめんなさい、と椅子にすわった。
フィオラはこの国の知恵を司る、この大図書館の館長職であり司祭、バセッティの娘。本来であれば代々大図書館を守るはずのバセッティ家の一人娘で、今年六歳になった。
司祭はフィオラのほかに子供に恵まれず、その上病で妻を亡くしたことから昨年秋に、類縁にあたる家から養子をむかえた。それが、現在四歳の義弟リアムだ。
その幼いバセッティ家の姉弟が、いまなぜ、大図書館にいるのかというと…
「ねえさま?本当におうちに帰らないのですか?とうさまも、メイドさんたちも しんぱいします」
リアムは心配そうに尋ねた。
「帰りません。あなたのことはしんぱいしますから、あなたはおうちに帰りなさい」
家出だった。リアムは甘えるように姉の手をとり、首をふった。
「ぼく、ぼくはひとりではかえれません」
その言葉に、フィオラは振り返り弟を見た。
一瞬、その天使のごとき顔に蕩けんばかりの笑顔がうかぶ。しかし、首をふって
「ねえさまはだまされません、リアムはかしこいので、ひとりで帰ることができます。」
リアムはこれを聞いてため息をついた。作戦失敗である。
「姉さまにはかなわないな。僕は帰りますよ、家のものには姉さまが大図書館にいると伝えますがいいですね?」
がた、とフィオラは立ち上がる。
「ダメよ、叱られるじゃない!」
そう言うと、慌ててたちあがり、帰り支度をはじめた。リアムはそれを手伝いながら、ふと口元をゆるめた。
その表情は、天使のごとき四歳の子供にみあわぬ皮肉げなものであったけれど、帰り支度で忙しいフィオラは、それには全く気づかなかったのだった。
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