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幽霊と時計の秘密

降霊術師と公爵家の幽霊③

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耳元を切り裂くような痛みに、フィオラは声も出せずに踞った。

バセッティ司祭はフィオラを睥睨し、いましも娘を打ち倒したその杖でさらに追撃しようと、振り上げる。
しかし、その手は振り下ろされることはなかった。

「とうさま?」
あたかもあどけなく、わけもわからぬような言い方でリアムがフィオラの前に立ったからだ。
「とうさま、ねえさまのご用はおわりましたか?」

まるでなにも知らぬ様子で、手にした本を差し出す。
「どうしたリアム。あぶないだろう、なにか用かね」
杖を下ろし、バセッティ司祭がしゃがむと、その手をひいてリアムは、

「このカンタレラ記三編の、八章三節にでてくる、カンタレラの歴世についてというくだりがわからなくて。とうさまに教わりたくて」
そう言うと、バセッティ司祭は眦を下げ、
「カンタレラ記!私が何年もかけて編纂したものだ。全知全能の書、カンタレラについて私の研究の全てを記したものなのだよ。よし、講釈してやろうな?お前の部屋に行こう」

そう言ってリアムを抱き上げ、フィオラには一瞥もくれず歩きだした。
「ねえさまは?」
リアムが言うと、
「あやつは私に隠れて怪しげな会へ出たから、仕置きをしただけだ。おまえを危険にさらした罪を反省させねばならん」
そう言って、足音高く歩き去った。






翌朝、バセッティ司祭が出掛けたあと、リアムはフィオラの部屋にいた。
「傷はどうですか、ねえさま」
頬を冷やしながらベッドにいるフィオラに、リアムはためらいがちに声をかけた。フィオラから、返答はない。

「ごめんなさい、僕がもう少し早く止めに入れていたら…とうさまが自分で行けとおっしゃったのに、あんな無体をはたらくなんて…」
そう言うと、フィオラの手がリアムの頭をなでた。
「いいえ、止めてくれてありがとう。だけど、罰を受けるべきなのは本当なのよ。昨日の騒ぎ…本当に悪いのは私なの」
そう言って、唇を噛んだ。

「酷いことをしてしまったわ…伯爵家はどうなるかもうわからない」
リアムも、それには頷くしかなかった。噂とは恐ろしいものだ。こんな風に茶会が失敗になってしまった以上、リステル伯爵家はどの貴族からもつま弾きになるだろう。

しかし、フィオラが謝ったところで6つやそこらの娘のいうことなど、相手にもされないのは目に見えていた。フィオラは罪悪感から、ぽろぽろと涙を流し、頬を冷やしていた手を下ろしてシーツを掴んだ。
「私が悪いの…」

リアムは頭の上にあったフィオラの手をとり、頷いた。
「あの部屋を見たときに気づいたよ、ねえさまが前にみせてくれた、あの魔術だって。だって、今の奇術師のつかう魔法では、精々窓をがたつかせたり、銀のような柔らかい金属を曲げられる程度だからね…」
それから、暫くなにか考えているように首をかしげる。

「でも、今は黙って様子を見るしかないよ、僕らのような子供にできることは、そう多くはないから」
そう言ってから、フィオラが手を離した氷嚢をうけとり、腫れている頬にそっと添えた。

「私、使えると思ったのよ」
リアムはそれをきいて首をふった。
「ねえさま、ねえさまは6歳、ぼくは4歳だ。過去の王妃がどうだったかはわからないけど、いまの体は6歳で、しかも魔力は世代ごとにどんどん弱まってる。下手をすれば、死んでいたかもしれないんだよ?」

静かに、しかし厳しく叱るリアムのその姿は、とても4つの幼児には見えないほど大人びている。フィオラはため息をつき、
「ごめんなさい」
とうなだれた。

「これじゃどっちが姉で、どっちが弟だかわからないわね」
小さな弟の手が、熱を持って痛む頬を優しく冷してくれている。フィオラは涙をぬぐって、目を閉じた。

「もう、魔法なんて使わないと約束して?そうでなくてはいつかまた、取り返しのつかないことになるからね」
リアムに言われて、ええ、と頷きはしたものの、フィオラの意識はぼんやりと霞がかってしまっていた。

「ねえさま、ねむいの?ゆっくりやすんでね?」
昨晩は頬の痛みと、罪悪感でよく眠れなかったのだろうフィオラの額を、リアムはそっと撫でて囁いた。


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