11 / 33
幽霊と時計の秘密
降霊術師と公爵家の幽霊③
しおりを挟む
耳元を切り裂くような痛みに、フィオラは声も出せずに踞った。
バセッティ司祭はフィオラを睥睨し、いましも娘を打ち倒したその杖でさらに追撃しようと、振り上げる。
しかし、その手は振り下ろされることはなかった。
「とうさま?」
あたかもあどけなく、わけもわからぬような言い方でリアムがフィオラの前に立ったからだ。
「とうさま、ねえさまのご用はおわりましたか?」
まるでなにも知らぬ様子で、手にした本を差し出す。
「どうしたリアム。あぶないだろう、なにか用かね」
杖を下ろし、バセッティ司祭がしゃがむと、その手をひいてリアムは、
「このカンタレラ記三編の、八章三節にでてくる、カンタレラの歴世についてというくだりがわからなくて。とうさまに教わりたくて」
そう言うと、バセッティ司祭は眦を下げ、
「カンタレラ記!私が何年もかけて編纂したものだ。全知全能の書、カンタレラについて私の研究の全てを記したものなのだよ。よし、講釈してやろうな?お前の部屋に行こう」
そう言ってリアムを抱き上げ、フィオラには一瞥もくれず歩きだした。
「ねえさまは?」
リアムが言うと、
「あやつは私に隠れて怪しげな会へ出たから、仕置きをしただけだ。おまえを危険にさらした罪を反省させねばならん」
そう言って、足音高く歩き去った。
翌朝、バセッティ司祭が出掛けたあと、リアムはフィオラの部屋にいた。
「傷はどうですか、ねえさま」
頬を冷やしながらベッドにいるフィオラに、リアムはためらいがちに声をかけた。フィオラから、返答はない。
「ごめんなさい、僕がもう少し早く止めに入れていたら…とうさまが自分で行けとおっしゃったのに、あんな無体をはたらくなんて…」
そう言うと、フィオラの手がリアムの頭をなでた。
「いいえ、止めてくれてありがとう。だけど、罰を受けるべきなのは本当なのよ。昨日の騒ぎ…本当に悪いのは私なの」
そう言って、唇を噛んだ。
「酷いことをしてしまったわ…伯爵家はどうなるかもうわからない」
リアムも、それには頷くしかなかった。噂とは恐ろしいものだ。こんな風に茶会が失敗になってしまった以上、リステル伯爵家はどの貴族からもつま弾きになるだろう。
しかし、フィオラが謝ったところで6つやそこらの娘のいうことなど、相手にもされないのは目に見えていた。フィオラは罪悪感から、ぽろぽろと涙を流し、頬を冷やしていた手を下ろしてシーツを掴んだ。
「私が悪いの…」
リアムは頭の上にあったフィオラの手をとり、頷いた。
「あの部屋を見たときに気づいたよ、ねえさまが前にみせてくれた、あの魔術だって。だって、今の奇術師のつかう魔法では、精々窓をがたつかせたり、銀のような柔らかい金属を曲げられる程度だからね…」
それから、暫くなにか考えているように首をかしげる。
「でも、今は黙って様子を見るしかないよ、僕らのような子供にできることは、そう多くはないから」
そう言ってから、フィオラが手を離した氷嚢をうけとり、腫れている頬にそっと添えた。
「私、使えると思ったのよ」
リアムはそれをきいて首をふった。
「ねえさま、ねえさまは6歳、ぼくは4歳だ。過去の王妃がどうだったかはわからないけど、いまの体は6歳で、しかも魔力は世代ごとにどんどん弱まってる。下手をすれば、死んでいたかもしれないんだよ?」
静かに、しかし厳しく叱るリアムのその姿は、とても4つの幼児には見えないほど大人びている。フィオラはため息をつき、
「ごめんなさい」
とうなだれた。
「これじゃどっちが姉で、どっちが弟だかわからないわね」
小さな弟の手が、熱を持って痛む頬を優しく冷してくれている。フィオラは涙をぬぐって、目を閉じた。
「もう、魔法なんて使わないと約束して?そうでなくてはいつかまた、取り返しのつかないことになるからね」
リアムに言われて、ええ、と頷きはしたものの、フィオラの意識はぼんやりと霞がかってしまっていた。
「ねえさま、ねむいの?ゆっくりやすんでね?」
昨晩は頬の痛みと、罪悪感でよく眠れなかったのだろうフィオラの額を、リアムはそっと撫でて囁いた。
バセッティ司祭はフィオラを睥睨し、いましも娘を打ち倒したその杖でさらに追撃しようと、振り上げる。
しかし、その手は振り下ろされることはなかった。
「とうさま?」
あたかもあどけなく、わけもわからぬような言い方でリアムがフィオラの前に立ったからだ。
「とうさま、ねえさまのご用はおわりましたか?」
まるでなにも知らぬ様子で、手にした本を差し出す。
「どうしたリアム。あぶないだろう、なにか用かね」
杖を下ろし、バセッティ司祭がしゃがむと、その手をひいてリアムは、
「このカンタレラ記三編の、八章三節にでてくる、カンタレラの歴世についてというくだりがわからなくて。とうさまに教わりたくて」
そう言うと、バセッティ司祭は眦を下げ、
「カンタレラ記!私が何年もかけて編纂したものだ。全知全能の書、カンタレラについて私の研究の全てを記したものなのだよ。よし、講釈してやろうな?お前の部屋に行こう」
そう言ってリアムを抱き上げ、フィオラには一瞥もくれず歩きだした。
「ねえさまは?」
リアムが言うと、
「あやつは私に隠れて怪しげな会へ出たから、仕置きをしただけだ。おまえを危険にさらした罪を反省させねばならん」
そう言って、足音高く歩き去った。
翌朝、バセッティ司祭が出掛けたあと、リアムはフィオラの部屋にいた。
「傷はどうですか、ねえさま」
頬を冷やしながらベッドにいるフィオラに、リアムはためらいがちに声をかけた。フィオラから、返答はない。
「ごめんなさい、僕がもう少し早く止めに入れていたら…とうさまが自分で行けとおっしゃったのに、あんな無体をはたらくなんて…」
そう言うと、フィオラの手がリアムの頭をなでた。
「いいえ、止めてくれてありがとう。だけど、罰を受けるべきなのは本当なのよ。昨日の騒ぎ…本当に悪いのは私なの」
そう言って、唇を噛んだ。
「酷いことをしてしまったわ…伯爵家はどうなるかもうわからない」
リアムも、それには頷くしかなかった。噂とは恐ろしいものだ。こんな風に茶会が失敗になってしまった以上、リステル伯爵家はどの貴族からもつま弾きになるだろう。
しかし、フィオラが謝ったところで6つやそこらの娘のいうことなど、相手にもされないのは目に見えていた。フィオラは罪悪感から、ぽろぽろと涙を流し、頬を冷やしていた手を下ろしてシーツを掴んだ。
「私が悪いの…」
リアムは頭の上にあったフィオラの手をとり、頷いた。
「あの部屋を見たときに気づいたよ、ねえさまが前にみせてくれた、あの魔術だって。だって、今の奇術師のつかう魔法では、精々窓をがたつかせたり、銀のような柔らかい金属を曲げられる程度だからね…」
それから、暫くなにか考えているように首をかしげる。
「でも、今は黙って様子を見るしかないよ、僕らのような子供にできることは、そう多くはないから」
そう言ってから、フィオラが手を離した氷嚢をうけとり、腫れている頬にそっと添えた。
「私、使えると思ったのよ」
リアムはそれをきいて首をふった。
「ねえさま、ねえさまは6歳、ぼくは4歳だ。過去の王妃がどうだったかはわからないけど、いまの体は6歳で、しかも魔力は世代ごとにどんどん弱まってる。下手をすれば、死んでいたかもしれないんだよ?」
静かに、しかし厳しく叱るリアムのその姿は、とても4つの幼児には見えないほど大人びている。フィオラはため息をつき、
「ごめんなさい」
とうなだれた。
「これじゃどっちが姉で、どっちが弟だかわからないわね」
小さな弟の手が、熱を持って痛む頬を優しく冷してくれている。フィオラは涙をぬぐって、目を閉じた。
「もう、魔法なんて使わないと約束して?そうでなくてはいつかまた、取り返しのつかないことになるからね」
リアムに言われて、ええ、と頷きはしたものの、フィオラの意識はぼんやりと霞がかってしまっていた。
「ねえさま、ねむいの?ゆっくりやすんでね?」
昨晩は頬の痛みと、罪悪感でよく眠れなかったのだろうフィオラの額を、リアムはそっと撫でて囁いた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い
雲乃琳雨
恋愛
バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。
ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?
元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる