やり直しは嫌なので、全力で拒否します!

西藤島 みや

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運命の輪が廻る

王子の棺

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 フィオラはあの夜会の翌朝、バセッティ司祭に打擲されるだろうと覚悟していた。王子の婚約者にならないためにはそれくらい必要と思っていたのだ。
しかし、朝食の席にバセッティ司祭はおらず、また翌日の夜遅く帰ってきたときにはいつになく上機嫌だった。

「フィオラ、おまえは先見の明があるぞ!」
先にどこかで祝杯でもあげてきたのか、酔っ払ったバセッティ司祭はソファへ体を投げ出して両手をバタつかせた。
「皇太子は死んだ!自害したそうだ!」
そう言って高らかに笑う。リアムは眉を寄せて、
「お義父さん、それは本当に?」
と尋ねた。その声にはどこか焦ったような感じが混じったが、したたかに酔っているバセッティはきづかなかったようだ。

「ああ、いまはまだ伏せられているが、来週なかばには葬列がある!フィオラ、リアム、おまえ達は一番美しい喪服を用意するんだ、いくらかけてもかまわんぞ」
はははは、とバセッティは笑い、そしてそのまま眠りについてしまった。酒と異様な臭いを撒き散らして眠るバセッティに、フィオラは扇で顔を覆ってリアムのほうをみた。リアムはいつになく固い表情をして、
「ねえさま、この男…」
と口をひらいた。
「おとうさまには王族を殺める度胸はないわよ、きっと」
フィオラはそっとリアムの側へ寄ってゆき、リアムを見上げる。
「起きるかもしれないわ、出ましょう」
そう言って袖をひかれ、リアムとフィオラはバセッティの書斎をあとにした。


二人は連れだって階段を降り、テラスへとでてゆく。庭へ続く大きな張り出し窓を開け放つと、ひんやりとした東風が吹き込み、木々のざわめきのあいだから、虫の鳴くか細い声が聞こえてくる。いつのまにか夏がおわろうとしていた。

「どうなるかしら」
フィオラが窓に手をかけて言うと、リアムは暫く黙って庭を眺めてから
「男子は皇太子ひとりだったから、姫君のなかから皇女を選ぶことになるだろうね。一番上のメルヴィルは僕と同級で、学園に通ってる」
リアムは手近にあった一輪挿しの花瓶をひとつ手にとり、なかの花をぬきとった。その花の繊いくびに指先をかけて、引きちぎる。
「最初からこれが狙いだったんだ」
絶望に似た声に、フィオラは首を傾げた。
「だれか後ろにいそうよね。あのバセッティ司祭が自分で王族になにかできるとは思えないし…どうなるかしら?」
しかし、リアムから返答はない。ただ掌で握りつぶした花弁を見ていたかと思えば、身を翻してテラスから庭へ駆け出してゆく。
「リアム…どうしたっていうのかしら?」
フィオラは困惑してその背中を眺めるばかりだった。



数日して、皇太子死去のニュースが王国じゅうを駆け回った。数日続く儀式ののち、棺は王家の墓所へと運ばれることとなった。葬列は前例どおりバセッティ司祭が先導し、王家ゆかりの貴族たちはそれに連なることになる。

夭折した皇太子を送る葬列は、しめやかで言葉を発する者もない。夏の終わり、霧のかかる灰色の月曜日に、フィオラとリアムもまたその列へ加わり、ただ雨が肩を濡らすまま、担がれた棺がゆるゆると左に右に揺れながら進むのに従って歩く。
フィオラはそうしながら、隣を歩く義弟をチラリと見上げた。あの日から、また少し無口になったリアムはまるで幼い頃とは別の人間のように感じる。

以前は寄せてくれていた家族としての親愛を、このところのリアムは殆ど感じさせなくなってしまった。
「私は、やっぱりひとりなのだわ…」
葬列に並べば当然のように母のときのことを思い出す。もの悲しさと疲れに、フィオラはひたすら目を伏せて棺を見ないようにしていた。
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