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運命の輪が廻る
学術の園へ
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葬儀の大役をこなしたバセッティ司祭は、有頂天といった様子で息子に言った。
「フィオラを学園へ通わせることにした。メルヴィル皇女の婚約者殿とおなじ学年へいれる。あれがうまく婚約者殿を陥とせば、リアム、お前にも王配になれるチャンスが巡ってくるだろう。フィオラの母親は男に取り入るのが最高に上手かったからな。おまえも頑張りなさい…力ずくで手込めにしてもかまわないからな」
いやらしい笑みにゾッとしながらもリアムは
「承知しました」
と頭を下げた。
リアムの想像どおり、フィオラははじめとても抵抗をみせた。
「王族だろうが貴族だろうが同じよ、好きでもない、しかも婚約者のいるひとを篭絡するなんて、まともな女性のすることじゃないわ!」
キッと睨まれてリアムは肩を竦める。
「そうは言うけど、バセッティが近くにいるかぎり、姉さんにまともな縁談なんて来ないじゃないか」
リアムの言い方に、フィオラはしばらく目をぱちぱちさせてから、そうね、とうなづいた。
「学園には貴族の子弟だけでなく、優秀な人材が入学してくるもの。私みたいな目立たない娘でも気に入って貰えるかもしれないわよね?」
リアムは頭の上から足下までフィオラを眺めて、
「そういうことでいいんじゃないかな」
と皮肉げに半端な笑みをうかべた。それっきり、口を閉ざしてお茶を口に運ぶだけのリアムに、フィオラはため息をつく。
幼かった頃のリアムは、こういうときもっと親身になってくれたはずだとフィオラはおもうのだ。
「……ねえリアム。あなたはメルヴィル皇女についてどう思っているのかしら?」
つい口をついてでた言葉に、リアムはカップをおいて立ち上がった。その表情はかたく、明らかに苛立っているようだ。フィオラはひきとめる言葉を探したが、それより先にリアムは上着を手に取り、
「ただの同級生だよ」
そう言うと、ティールームからでて行く。まるでその事を聞かれたくないという風に。
「リアムは皇女殿下を好いているの?」
そう声に出して、胸に走った僅かな痛みにフィオラは首をかしげ、手にした紅茶をひとくち飲んだ。
『雲の家』から山岳地帯を西へ下ると学園都市がある。平坦な土地に二重の深い濠と堅牢な擁壁を築いてつくられたそれは、外から見ればまるで戦乱の時代の城塞のようだ。
なかに入るには許可が必要で、生徒の家族や学用品・生活必需品を商う商人たちは外濠のなかまでときめられており、校舎や研究棟のある内濠のなかまで入れるのは学生か教職員にかぎられていた。
「建物は残っていないのね」
フィオラは外濠で馬車を降り、つい、というように口をひらいた。
「1600年もまえに、内乱ですべて破壊されたそうですよ」
リアムの声に、フィオラは少しだけ残念そうに、そうなのね、と答えた。いい思い出などほとんどない場所ではあっても、フィロニアにとっては故郷はここだけだ。フィオラはため息をつき、そのまま歩きだした。リアムはそれについて歩きながら
「なにがあったか、知りたくはない?」
と尋ねる。さりげない言い方ではあったが、なんとなく責めるような口調だった。
フィオラはチラリとリアムをみあげた。そして
「私になにか責任があるみたいな言い方しないでほしいわ。大図書館の歴史書にはここにあった王朝は滅んだとしか記述はなかったし」
第一、私は殺された後なんだもの、と口を尖らせるのを見てリアムは、
「そうだね、フィロニアとあの二人は非業の死をここで迎えた…今はそれを弔うものもいない」
目の前には美しい時計塔をもつ近代的な校舎がそびえている。
「リアム様、ご機嫌はいかが?」
背後から声をかけられ、二人が振り向くと、見覚えのある女子生徒が立っていた。
「メアリグレース…」
リアムが眉をしかめるのと、メアリグレース・テイルズ男爵令嬢がリアムの腕に腕を絡ませるのは同時だった。
「リアム様は今日からでしたのね!私は一週間もまえに着きましたの」
リアムが腕を抜こうと身じろぎしても、メアリグレースは手を緩めない。
そんなやり取りをフィオラは心底イヤそうに見ていたが、ふと後ろからやって来た自分達の荷物を運ぶ従者へ視線を向けた。
そして、そこから平たくて大きなカバンをひとつ取り出すと、突然二人にむかって、なげつけた。
ばし、と大きな音をたててメアリグレースを撥ね飛ばしリアムの手に納まった荷物を、優雅としかいいようのない手付きで指差し、もう片方の手は腰にあててフィオラはできるだけの大声をあげる。
「何をクズクズしているの?それは皇女さまへの贈り物が入っているのよ、お前が持ちなさい!それからそこの女生徒、義弟にからまってもお金は持っていませんわよ、離れなさい!」
フン、と鼻息も荒く、入り口へとむかってゆく。
メアリグレースはしばらくポカンとそれをみていたあと、
「…フィロニアの分際で!」
と憎々しげにつぶやく。それを横目で見下ろして、なにも言わずに今日も義姉の後をおいかけた。
「フィオラを学園へ通わせることにした。メルヴィル皇女の婚約者殿とおなじ学年へいれる。あれがうまく婚約者殿を陥とせば、リアム、お前にも王配になれるチャンスが巡ってくるだろう。フィオラの母親は男に取り入るのが最高に上手かったからな。おまえも頑張りなさい…力ずくで手込めにしてもかまわないからな」
いやらしい笑みにゾッとしながらもリアムは
「承知しました」
と頭を下げた。
リアムの想像どおり、フィオラははじめとても抵抗をみせた。
「王族だろうが貴族だろうが同じよ、好きでもない、しかも婚約者のいるひとを篭絡するなんて、まともな女性のすることじゃないわ!」
キッと睨まれてリアムは肩を竦める。
「そうは言うけど、バセッティが近くにいるかぎり、姉さんにまともな縁談なんて来ないじゃないか」
リアムの言い方に、フィオラはしばらく目をぱちぱちさせてから、そうね、とうなづいた。
「学園には貴族の子弟だけでなく、優秀な人材が入学してくるもの。私みたいな目立たない娘でも気に入って貰えるかもしれないわよね?」
リアムは頭の上から足下までフィオラを眺めて、
「そういうことでいいんじゃないかな」
と皮肉げに半端な笑みをうかべた。それっきり、口を閉ざしてお茶を口に運ぶだけのリアムに、フィオラはため息をつく。
幼かった頃のリアムは、こういうときもっと親身になってくれたはずだとフィオラはおもうのだ。
「……ねえリアム。あなたはメルヴィル皇女についてどう思っているのかしら?」
つい口をついてでた言葉に、リアムはカップをおいて立ち上がった。その表情はかたく、明らかに苛立っているようだ。フィオラはひきとめる言葉を探したが、それより先にリアムは上着を手に取り、
「ただの同級生だよ」
そう言うと、ティールームからでて行く。まるでその事を聞かれたくないという風に。
「リアムは皇女殿下を好いているの?」
そう声に出して、胸に走った僅かな痛みにフィオラは首をかしげ、手にした紅茶をひとくち飲んだ。
『雲の家』から山岳地帯を西へ下ると学園都市がある。平坦な土地に二重の深い濠と堅牢な擁壁を築いてつくられたそれは、外から見ればまるで戦乱の時代の城塞のようだ。
なかに入るには許可が必要で、生徒の家族や学用品・生活必需品を商う商人たちは外濠のなかまでときめられており、校舎や研究棟のある内濠のなかまで入れるのは学生か教職員にかぎられていた。
「建物は残っていないのね」
フィオラは外濠で馬車を降り、つい、というように口をひらいた。
「1600年もまえに、内乱ですべて破壊されたそうですよ」
リアムの声に、フィオラは少しだけ残念そうに、そうなのね、と答えた。いい思い出などほとんどない場所ではあっても、フィロニアにとっては故郷はここだけだ。フィオラはため息をつき、そのまま歩きだした。リアムはそれについて歩きながら
「なにがあったか、知りたくはない?」
と尋ねる。さりげない言い方ではあったが、なんとなく責めるような口調だった。
フィオラはチラリとリアムをみあげた。そして
「私になにか責任があるみたいな言い方しないでほしいわ。大図書館の歴史書にはここにあった王朝は滅んだとしか記述はなかったし」
第一、私は殺された後なんだもの、と口を尖らせるのを見てリアムは、
「そうだね、フィロニアとあの二人は非業の死をここで迎えた…今はそれを弔うものもいない」
目の前には美しい時計塔をもつ近代的な校舎がそびえている。
「リアム様、ご機嫌はいかが?」
背後から声をかけられ、二人が振り向くと、見覚えのある女子生徒が立っていた。
「メアリグレース…」
リアムが眉をしかめるのと、メアリグレース・テイルズ男爵令嬢がリアムの腕に腕を絡ませるのは同時だった。
「リアム様は今日からでしたのね!私は一週間もまえに着きましたの」
リアムが腕を抜こうと身じろぎしても、メアリグレースは手を緩めない。
そんなやり取りをフィオラは心底イヤそうに見ていたが、ふと後ろからやって来た自分達の荷物を運ぶ従者へ視線を向けた。
そして、そこから平たくて大きなカバンをひとつ取り出すと、突然二人にむかって、なげつけた。
ばし、と大きな音をたててメアリグレースを撥ね飛ばしリアムの手に納まった荷物を、優雅としかいいようのない手付きで指差し、もう片方の手は腰にあててフィオラはできるだけの大声をあげる。
「何をクズクズしているの?それは皇女さまへの贈り物が入っているのよ、お前が持ちなさい!それからそこの女生徒、義弟にからまってもお金は持っていませんわよ、離れなさい!」
フン、と鼻息も荒く、入り口へとむかってゆく。
メアリグレースはしばらくポカンとそれをみていたあと、
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