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繰り返す悪夢の果て
大図書館の最期
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フィオラが再び目をひらいたとき、避難した貴族たちの姿はすでになく、フィオラはひとり、斎場にのこされていた。
「リアム?」
フィオラはたちあがり、あたりをみまわす。
ふと、なにか絹を引き裂くような物音がきこえた。女の悲鳴だった。
フィオラは崩れて跡形もない斎場を出て駆け出した。
どこもここも、瓦礫と化した大図書館。その、最も奥へとかけてゆく。
「……なんてことなの!」
フィオラは叫んだ。
大図書館の際奥、崖に張り出していたバルコニーも、聳え立つ壁面を覆っていた巨大な幾つもの書架さえも崩れ落ち、ぽっかりと大きな穴になっている。
「助けてくださりませ!だれか!」
悲鳴の主は、メアリグレースだった。フィオラはメアリグレースが、崖下に垂れ下がる梯子の端にぶら下がっているのをみつけてかけよっていった。
「それを助ける必要はない」
半ばまでいったとき、つめたく響くリュゼの声がした。フィオラは、ぐ、と手を握りしめた。
「リアム、あなたらしくないわ、そんな言い方」
半壊した大図書館の、僅かに引っ掛かっているに過ぎない梯子。その梯子の上に立ち、フィオラはふりかえった。
その背後は「雲の家」からはるか下界を見下ろして、いつもは掛かっている雲もなく崖下の城下町がはっきりと、目も眩む断崖の下に見えていた。
「私はリアム・バセッティではない。そうだろう?」
ゆるゆるとフィオラは首をふった。
「ええ、いまは。でもリアムは聞こえているはずだもの」
梯子を支えている本棚の一部が崩れ、メアリグレースが悲鳴をあげた。
「そんな女なんか、どちらでもよろしいのよ!私をはやくひきあげてくださいまし!皇帝陛下!リュゼ様ぁ!」
フィオラはその様子にメアリグレースの方へそっと足をすすめる。ぎし、と梯子が撓み、またメアリグレースが悲鳴をあげた。
「この女、私を道連れにするつもりですわよ!」
うるさいわね、とフィオラは眉を寄せる。
「リアムが助けるつもりがなさそうだから、私が行ってあげてるんでしょう?いいから静かになさいよ!」
その言い方に、リュゼは自分の胸のあたりを掴み、はあ、と息を吐いた。
「正にそうか、そうだな、彼は、見ていた」
ひとり呟き、リュゼはゆっくりと両手を前へ出した。そこに、くっきりと書かれた禁呪の魔方陣。
「お前がいつか言った通りだ。ここにはフィロニアは、居ない。私がこの手で、永遠に葬った」
ゆる、とリュゼのまわりをなにかが黒く取り巻く。それはまるでぬめぬめとした粘菌のような、どろりとした血のような、
「お止めくださりませ、それではせっかくの術が!」
メアリグレースが叫ぶ。
「猊下!私をお忘れですか猊下!」
『還してやろう、お前の唯一を、連理の枝を』
リュゼの目は、フィオラの方を向いていない。その言葉は囚われたリアムへむけたものだ。
轟々と音を立てて、ぬめる黒い靄が繭を作るようにリュゼを取り囲む。繭の糸は梯子にぶら下がったまま抵抗するメアリグレースを、同じように巻き取ってゆく。
フィオラはどうすることもできず、揺れる梯子にしがみついた。
「おたすけください王妃殿下!慈悲深きフィロニア様ァ!!」
フィオラは助けようと手を伸ばすが、それを押さえて引き戻したものがいる。
「ジェット?」
振り返ると、ロゼリア公爵兄弟の弟、ジェットが、フィオラの手をひいていた。
「あなたは此方へ!ここは崩れます!」
背後にいた兄のジャスパーが言って、弟に引き戻すよう指示する。
二人に引きずられるように、フィオラは図書館の床へ降り立った。
「ロゼリア様!まだメアリグレース男爵令嬢が向こうに」
フィオラはとりすがったが、ジェットは
「司祭令嬢。ここは、危険だ」
と、とりあわない。しかたなく数歩後ろへと下がりながら、リュゼを見れば、すでに黒い繭はリュゼをすっぽりと取り囲んでしまっていた。
「リアム」
どうしたらいいの、とフィオラはその繭をみあげて呟く。
「リアム・バセッティがあの不気味な繭の中に?」
ジャスパーはぬめる黒い繭を見上げて身震いした。
「銃で撃つのは?」
と、ジェットが自分の脇に下げた大型のピストルを見せた。
「いや、もう少し大きな穴が必要だろう」
ジャスパーは首をふる。
フィオラはもう一方の繭を、そっと身を乗り出して見ようとし、ジェットに引き戻された。
「向こうは男爵令嬢なの」
ふん、とジェットは鼻で嗤う。
「もう放っておいたらいいんじやないか?そのうち蛾にでもなってふたりで仲良く飛んでいくだろ?」
そう言い終わるか終わらないうちに、ジャスパーが弟の頭を力一杯はたいた。
「バカ!令嬢がどんな気持ちでいるか考えろ!」
ワアワアとやりあう兄弟をみているうち、フィオラはふたりの足元に、カンタレラが落ちていることに気づいた。
どうやら先ほど建物が崩れた際に、メアリグレースが取り落としたらしい。フィオラはそれを拾い上げ、そっと開いた。
「これは……」
「リアム?」
フィオラはたちあがり、あたりをみまわす。
ふと、なにか絹を引き裂くような物音がきこえた。女の悲鳴だった。
フィオラは崩れて跡形もない斎場を出て駆け出した。
どこもここも、瓦礫と化した大図書館。その、最も奥へとかけてゆく。
「……なんてことなの!」
フィオラは叫んだ。
大図書館の際奥、崖に張り出していたバルコニーも、聳え立つ壁面を覆っていた巨大な幾つもの書架さえも崩れ落ち、ぽっかりと大きな穴になっている。
「助けてくださりませ!だれか!」
悲鳴の主は、メアリグレースだった。フィオラはメアリグレースが、崖下に垂れ下がる梯子の端にぶら下がっているのをみつけてかけよっていった。
「それを助ける必要はない」
半ばまでいったとき、つめたく響くリュゼの声がした。フィオラは、ぐ、と手を握りしめた。
「リアム、あなたらしくないわ、そんな言い方」
半壊した大図書館の、僅かに引っ掛かっているに過ぎない梯子。その梯子の上に立ち、フィオラはふりかえった。
その背後は「雲の家」からはるか下界を見下ろして、いつもは掛かっている雲もなく崖下の城下町がはっきりと、目も眩む断崖の下に見えていた。
「私はリアム・バセッティではない。そうだろう?」
ゆるゆるとフィオラは首をふった。
「ええ、いまは。でもリアムは聞こえているはずだもの」
梯子を支えている本棚の一部が崩れ、メアリグレースが悲鳴をあげた。
「そんな女なんか、どちらでもよろしいのよ!私をはやくひきあげてくださいまし!皇帝陛下!リュゼ様ぁ!」
フィオラはその様子にメアリグレースの方へそっと足をすすめる。ぎし、と梯子が撓み、またメアリグレースが悲鳴をあげた。
「この女、私を道連れにするつもりですわよ!」
うるさいわね、とフィオラは眉を寄せる。
「リアムが助けるつもりがなさそうだから、私が行ってあげてるんでしょう?いいから静かになさいよ!」
その言い方に、リュゼは自分の胸のあたりを掴み、はあ、と息を吐いた。
「正にそうか、そうだな、彼は、見ていた」
ひとり呟き、リュゼはゆっくりと両手を前へ出した。そこに、くっきりと書かれた禁呪の魔方陣。
「お前がいつか言った通りだ。ここにはフィロニアは、居ない。私がこの手で、永遠に葬った」
ゆる、とリュゼのまわりをなにかが黒く取り巻く。それはまるでぬめぬめとした粘菌のような、どろりとした血のような、
「お止めくださりませ、それではせっかくの術が!」
メアリグレースが叫ぶ。
「猊下!私をお忘れですか猊下!」
『還してやろう、お前の唯一を、連理の枝を』
リュゼの目は、フィオラの方を向いていない。その言葉は囚われたリアムへむけたものだ。
轟々と音を立てて、ぬめる黒い靄が繭を作るようにリュゼを取り囲む。繭の糸は梯子にぶら下がったまま抵抗するメアリグレースを、同じように巻き取ってゆく。
フィオラはどうすることもできず、揺れる梯子にしがみついた。
「おたすけください王妃殿下!慈悲深きフィロニア様ァ!!」
フィオラは助けようと手を伸ばすが、それを押さえて引き戻したものがいる。
「ジェット?」
振り返ると、ロゼリア公爵兄弟の弟、ジェットが、フィオラの手をひいていた。
「あなたは此方へ!ここは崩れます!」
背後にいた兄のジャスパーが言って、弟に引き戻すよう指示する。
二人に引きずられるように、フィオラは図書館の床へ降り立った。
「ロゼリア様!まだメアリグレース男爵令嬢が向こうに」
フィオラはとりすがったが、ジェットは
「司祭令嬢。ここは、危険だ」
と、とりあわない。しかたなく数歩後ろへと下がりながら、リュゼを見れば、すでに黒い繭はリュゼをすっぽりと取り囲んでしまっていた。
「リアム」
どうしたらいいの、とフィオラはその繭をみあげて呟く。
「リアム・バセッティがあの不気味な繭の中に?」
ジャスパーはぬめる黒い繭を見上げて身震いした。
「銃で撃つのは?」
と、ジェットが自分の脇に下げた大型のピストルを見せた。
「いや、もう少し大きな穴が必要だろう」
ジャスパーは首をふる。
フィオラはもう一方の繭を、そっと身を乗り出して見ようとし、ジェットに引き戻された。
「向こうは男爵令嬢なの」
ふん、とジェットは鼻で嗤う。
「もう放っておいたらいいんじやないか?そのうち蛾にでもなってふたりで仲良く飛んでいくだろ?」
そう言い終わるか終わらないうちに、ジャスパーが弟の頭を力一杯はたいた。
「バカ!令嬢がどんな気持ちでいるか考えろ!」
ワアワアとやりあう兄弟をみているうち、フィオラはふたりの足元に、カンタレラが落ちていることに気づいた。
どうやら先ほど建物が崩れた際に、メアリグレースが取り落としたらしい。フィオラはそれを拾い上げ、そっと開いた。
「これは……」
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