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見えない殺意
狙われた皇女
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それからのフィオラは、カンタレラを広げては嘗めるように読み、またメルヴィルの例の学習室で過ごすことがふえた。
「フィオラ、貴女のいうとおり、お兄様の遺品からもグロアリエは見つかったわ」
ある日、メルヴィルはフィオラの傍に座り、そう言うと、そっとテーブルに見事な象嵌細工の箱を置いた。
「お兄様の、煙草入れよ。中身は裁判院で保管してもらっています。お父様に頼んで、これを禁止薬物に指定したわ。王宮殿を出入りする貴族、使用人、全てを調べさせなくては……でもリアムのいうとおり、テイルズ男爵の罪は間違いなさそうね」
ふう、とメルヴィルは背中をのばした。それから、メイドに合図をおくってお茶の用意をさせる。メイドはてきぱきと動き、二人の前に紅茶と小さな砂糖菓子を置いていった。
「メルヴィルさま、これは?」
メルヴィルはちょっといたずらそうに笑い、こうするのよ、とその砂糖菓子をスプーンの上において火をつけた。
ボウ、と砂糖菓子が青白い炎をあげてとけてゆく。
「まあ」
溶けた砂糖を、炎ごとメルヴィルは紅茶へ入れて、優雅にくるりと混ぜた。
「楽しいでしょう」
フィオラも、同じようにスプーンに砂糖菓子をのせ、火をつけた。青い炎がゆらりとたちのぼる。
ふと、覚えのある匂いが、フィオラの鼻をかすめた。
「皇女殿下、口をつけてはなりません!」
フィオラがメルヴィルの紅茶を掴み、メルヴィルから遠ざけた。
「無礼者!何事ですか!」
驚いたメイドが、二人に駆け寄ってくる。メルヴィルは暫く目を円くしていたが、すぐに煙草入れの蓋をあけて匂いをかぎ、それからカップの匂いを嗅いだ。
「……同じ匂い」
ぽつりとメルヴィルは呟き、フィオラを見た。
「皇女殿下、ここを出ましょう!」
フィオラはメルヴィルの手を掴み、扉へとむかう。
しかし、それを阻んだのは先ほどのメイドだ。
「退きなさい!」
メルヴィルが怒鳴るが、メイドは惚けた微笑みで、
「これから授業だというのに、どちらへ?」
と二人にはなしかけた。しかし、目は全く笑っていない。
「貴女がこの砂糖菓子を?」
フィオラが言うと、メイドはいいえ、と再び笑った。
「メルヴィル皇女殿下もことのほかお喜びになっていらしたじゃありませんか。テイルズ男爵令嬢からの特別な贈り物を」
フィオラはメルヴィルの手を引き、使用人の出口へと駆け出す。メイドが、細いケーキ用の刃渡りの長いナイフを手にしていたからだ。
使用人用のカーテンを跳ねあげ、二人は暗く狭い通路を走って教室外の廊下へ出た。そういえばいつもはいるはずの、メルヴィルの護衛の男性がいない。
予め人払いされていたのだ。
「皇女様!」
メイドが追ってくる。二人は廊下を駆け出した。廊下の端まで来たとき、向かい合わせた反対側の廊下に、リアム達がみえた。
「ジャスパー!!」
メルヴィル皇女が叫ぶ。フィオラは、慌ててメルヴィルを見た。こんなところでメアリグレースに操られている彼らを呼べば、助かるものも助からない。
メイドは此方に気づいてかけてくる。絶対絶命、とフィオラが祈るようにしゃがみこんだ頭のうえを、誰かが飛び越していった。
「皇女殿下!」
その声にフィオラが目をあけたとき、ジャスパーが2人を背にかばって立っていた。
「女、何者だ!」
問いかけられたメイドは、混乱しているようだった。
「公爵令息様、あのかたが魔女を成敗せよと言ったではありませんか!貴方も聞いていたでしょう?」
魔女?とジャスパーはチラリと背後を見た。
「この国で最も高貴な女性と、俺の幼なじみだ。魔女などどこにもいない…気が触れたか?」
その問いかけに、メイドは憎々しげにフィオラを睨んだ。
「おのれ魔女!」
そう言って再びナイフを振りかざし、ジャスパーに振り下ろした。赤い血が飛び散り、メルヴィルが悲鳴をあげる。
「兄さん!」
メイドの背後から来ていたジェットが、そのナイフの腕を掴んでいた。捻りあげられ、拘束される。
悔しげにまだなにかメイドは呟いていた。
「大丈夫、ちょっと手を切っただけだ」
ジャスパーの様子を確認したリアムが、落ちていたナイフを拾い上げる。
「衛兵と、皇女殿下の護衛を呼ぶ。…現行犯だ、打ち首は免れないだろう」
その話し方に、フィオラは絶望に目を閉じた。ジャスパーたちは正気であるようなのに、これはリュゼだ、と確信してしまったからだ。
「なぜお前たちが私の邪魔をするのよ!お前たちはあのかたの味方でしょう!?」
暴れるメイドを、ジェットがことさら強く床へ押し付ける。その拍子に、少女の頭から赤毛の鬘がずれ落ち、特徴的な黒い短い髪がこぼれおちた。
「あなた、アリアナ?リステル伯爵家の?」
フィオラはその、不思議な容姿からかつて取り換え子と呼ばれていた、伯爵家の末娘を思い出した。
「私の名前を呼ぶな!お前のせいで我が伯爵家は没落し、お母様は自害、お姉さまたちは辺境に嫁がされ、私はよそへ売られたんだ!」
ジェットが衛兵に彼女を引き渡す。衛兵に引きずられるようにしながら、ぼろぼろとアリアナが泣きながら叫んだ。
「おまえが!おまえらが!お母様を殺したんだ!」
それを聞いたフィオラが、よろよろと膝からくずれおちそうになる。それを、リュゼが手を伸ばして支えた。
「私のせいで、そんな」
リアムが危なかったのは覚えている。だけれど、降霊会をだめにしたことで、まさか誰かの母親の命を奪ったなんて、とフィオラは顔を覆った。
「違う、アリアナの母親は浮気を繰り返し、不義の娘を伯爵家の娘として育てていた。だが、アリアナは隠しきれぬほどに姿が違ったんだ。それが明らかになり、自分の名誉のために伯爵夫人は命を絶ったんだ」
リュゼが、フィオラを支えながら話す。
「君や、君の義弟に非はない。君たちは巻き込まれたにすぎないんだ」
まるで他人が話すような言い方に、フィオラはリュゼの胸を叩き、かえして、と泣いた。
「リアムを、返してよ……」
泣き崩れるフィオラに、メルヴィルとフィオラを迎えにきた侍女達が現れるまで、リュゼは寄り添いつづけた。
「フィオラ、貴女のいうとおり、お兄様の遺品からもグロアリエは見つかったわ」
ある日、メルヴィルはフィオラの傍に座り、そう言うと、そっとテーブルに見事な象嵌細工の箱を置いた。
「お兄様の、煙草入れよ。中身は裁判院で保管してもらっています。お父様に頼んで、これを禁止薬物に指定したわ。王宮殿を出入りする貴族、使用人、全てを調べさせなくては……でもリアムのいうとおり、テイルズ男爵の罪は間違いなさそうね」
ふう、とメルヴィルは背中をのばした。それから、メイドに合図をおくってお茶の用意をさせる。メイドはてきぱきと動き、二人の前に紅茶と小さな砂糖菓子を置いていった。
「メルヴィルさま、これは?」
メルヴィルはちょっといたずらそうに笑い、こうするのよ、とその砂糖菓子をスプーンの上において火をつけた。
ボウ、と砂糖菓子が青白い炎をあげてとけてゆく。
「まあ」
溶けた砂糖を、炎ごとメルヴィルは紅茶へ入れて、優雅にくるりと混ぜた。
「楽しいでしょう」
フィオラも、同じようにスプーンに砂糖菓子をのせ、火をつけた。青い炎がゆらりとたちのぼる。
ふと、覚えのある匂いが、フィオラの鼻をかすめた。
「皇女殿下、口をつけてはなりません!」
フィオラがメルヴィルの紅茶を掴み、メルヴィルから遠ざけた。
「無礼者!何事ですか!」
驚いたメイドが、二人に駆け寄ってくる。メルヴィルは暫く目を円くしていたが、すぐに煙草入れの蓋をあけて匂いをかぎ、それからカップの匂いを嗅いだ。
「……同じ匂い」
ぽつりとメルヴィルは呟き、フィオラを見た。
「皇女殿下、ここを出ましょう!」
フィオラはメルヴィルの手を掴み、扉へとむかう。
しかし、それを阻んだのは先ほどのメイドだ。
「退きなさい!」
メルヴィルが怒鳴るが、メイドは惚けた微笑みで、
「これから授業だというのに、どちらへ?」
と二人にはなしかけた。しかし、目は全く笑っていない。
「貴女がこの砂糖菓子を?」
フィオラが言うと、メイドはいいえ、と再び笑った。
「メルヴィル皇女殿下もことのほかお喜びになっていらしたじゃありませんか。テイルズ男爵令嬢からの特別な贈り物を」
フィオラはメルヴィルの手を引き、使用人の出口へと駆け出す。メイドが、細いケーキ用の刃渡りの長いナイフを手にしていたからだ。
使用人用のカーテンを跳ねあげ、二人は暗く狭い通路を走って教室外の廊下へ出た。そういえばいつもはいるはずの、メルヴィルの護衛の男性がいない。
予め人払いされていたのだ。
「皇女様!」
メイドが追ってくる。二人は廊下を駆け出した。廊下の端まで来たとき、向かい合わせた反対側の廊下に、リアム達がみえた。
「ジャスパー!!」
メルヴィル皇女が叫ぶ。フィオラは、慌ててメルヴィルを見た。こんなところでメアリグレースに操られている彼らを呼べば、助かるものも助からない。
メイドは此方に気づいてかけてくる。絶対絶命、とフィオラが祈るようにしゃがみこんだ頭のうえを、誰かが飛び越していった。
「皇女殿下!」
その声にフィオラが目をあけたとき、ジャスパーが2人を背にかばって立っていた。
「女、何者だ!」
問いかけられたメイドは、混乱しているようだった。
「公爵令息様、あのかたが魔女を成敗せよと言ったではありませんか!貴方も聞いていたでしょう?」
魔女?とジャスパーはチラリと背後を見た。
「この国で最も高貴な女性と、俺の幼なじみだ。魔女などどこにもいない…気が触れたか?」
その問いかけに、メイドは憎々しげにフィオラを睨んだ。
「おのれ魔女!」
そう言って再びナイフを振りかざし、ジャスパーに振り下ろした。赤い血が飛び散り、メルヴィルが悲鳴をあげる。
「兄さん!」
メイドの背後から来ていたジェットが、そのナイフの腕を掴んでいた。捻りあげられ、拘束される。
悔しげにまだなにかメイドは呟いていた。
「大丈夫、ちょっと手を切っただけだ」
ジャスパーの様子を確認したリアムが、落ちていたナイフを拾い上げる。
「衛兵と、皇女殿下の護衛を呼ぶ。…現行犯だ、打ち首は免れないだろう」
その話し方に、フィオラは絶望に目を閉じた。ジャスパーたちは正気であるようなのに、これはリュゼだ、と確信してしまったからだ。
「なぜお前たちが私の邪魔をするのよ!お前たちはあのかたの味方でしょう!?」
暴れるメイドを、ジェットがことさら強く床へ押し付ける。その拍子に、少女の頭から赤毛の鬘がずれ落ち、特徴的な黒い短い髪がこぼれおちた。
「あなた、アリアナ?リステル伯爵家の?」
フィオラはその、不思議な容姿からかつて取り換え子と呼ばれていた、伯爵家の末娘を思い出した。
「私の名前を呼ぶな!お前のせいで我が伯爵家は没落し、お母様は自害、お姉さまたちは辺境に嫁がされ、私はよそへ売られたんだ!」
ジェットが衛兵に彼女を引き渡す。衛兵に引きずられるようにしながら、ぼろぼろとアリアナが泣きながら叫んだ。
「おまえが!おまえらが!お母様を殺したんだ!」
それを聞いたフィオラが、よろよろと膝からくずれおちそうになる。それを、リュゼが手を伸ばして支えた。
「私のせいで、そんな」
リアムが危なかったのは覚えている。だけれど、降霊会をだめにしたことで、まさか誰かの母親の命を奪ったなんて、とフィオラは顔を覆った。
「違う、アリアナの母親は浮気を繰り返し、不義の娘を伯爵家の娘として育てていた。だが、アリアナは隠しきれぬほどに姿が違ったんだ。それが明らかになり、自分の名誉のために伯爵夫人は命を絶ったんだ」
リュゼが、フィオラを支えながら話す。
「君や、君の義弟に非はない。君たちは巻き込まれたにすぎないんだ」
まるで他人が話すような言い方に、フィオラはリュゼの胸を叩き、かえして、と泣いた。
「リアムを、返してよ……」
泣き崩れるフィオラに、メルヴィルとフィオラを迎えにきた侍女達が現れるまで、リュゼは寄り添いつづけた。
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