明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第1章

悪役令嬢の本領

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自動二輪の後ろからそっと降りるシャルロットは、ヘルメットを外して髪をかき混ぜた。
「いいわね、女の変死体が見つかる場所にぴったりだわ」
そんな風に言って、辺りを見回した。

王立植物園。植物園というよりは、鬱蒼とした原生林に登山道があるだけの場所。
「知っている?ここ、探せばトリカブトが自生しているそうよ!」
弾む声で言われても、全く喜べないんだが。とにかく、二輪を置いて林のほうへと歩いて行く。
「少し歩くけど、大丈夫か?」
少し、と言ったけれど、実際には30分ほど歩く。彼女を見ると、やたらときらきらした目をこちらへむけていた。

らないぞ。この向こうに池があるんだ。ちゃんとついてこいよ」
そう言うと、ちょっと不満そうに口をとがらせ、だまってついてきた。王立といいながら殆ど整備されない道は大きな石がそこここに転がっていて、ぐらぐらとおぼつかず、俺たちは這うようにしながらその道を歩いて行く。

僅かにだが、シャルロットの息があがっている。剣を振り回し、毒のある花を愛でる変わった奴だが、この山道はやはりキツいらしい。手を差し出して掴まらせてやった。

「すっかり秋よね、なんだか凄いところへ来ちゃったわ」

途中、置かれていた切り株にかけて休憩をとりながらシャルロットは言う。持ってきたお茶を沸かしてやりながら、そうだな、と応えた。
「もう少し早いとマムシグサの素敵なグラデーションが見れるそうなの。次は……」
言いかけて、シャルロットが自分の口を閉じた。来年の今頃には、例の賭けにも結論はでているだろう。

「来年はもう少し早くくるか?」
そう言うと、シャルロットは大きく目を見開いてから、いいの?と尋ねた。
「この先の池、眺めは最高だけど見たら分かるとおり不便なとこにある。だから毎年取材に来てるんだよ、表紙に使うからって」
立て掛けてあった画板を持ち上げた。
「カメラは使わないの?」
シャルロットが思うのは先日の取材でカメラマンが持っていた物だろう。
「あんな高価な機械、俺みたいな腰掛けが使わせて貰えるはずないだろ?第一、でかくて重いからこんなとこまで運んでくるのは一人じゃキツい」
そうなのね?とシャルロットは立ち上がり、こちらへあるいてきた。

寄せ集めた石で竈をつくってある。そこへ、枯れ木や枯れ葉を集めて火をつける。持ってきていた小さいアルミのカップに水を入れて沸かし、茶漉しに入れてきた茶葉をほうりこむ。
「可愛い、これ、中にお茶が入っているの?」
茶漉しを指差してシャルロットが言った。
「ああ、欲しければやるよ。編集長の海外土産なんだが……」
言いかけた俺に、
「えっ?」
と、シャルロットは、ちょっと驚き、意外そうに目をぱちぱちさせた。それからカップから茶漉しを取り出し、紙できれいにふきとってから、
「いいの?」
と尋ねた。薄紅色の手巾に、そっとそれをのせる。
いや、土産はまだ沢山編集室にあるので、新品を渡すつもりでいたんだが。

「……貝殻ね。私、海はまだみたことがないの。編集長さんはこれを海辺の町で買ったのかしら?」
まるで本物の貝殻をさわるように、銀細工のそれをそっと撫でた。


王都から海は、そんなには離れていない。ウィル殿下について休暇中に何度も訪れていそうなものなのに、意外だ。そう伝えると、
「ウィル殿下が海へゆくときは、必ず私になにか用事を用意していたから」
ダンスの特別レッスン、海外からの来客対応、何処かの茶会。とにかくシャルロットが絶対着いてこれない日をえらんで、出掛けていた。
「あなたは?海に行ったことはある?」
そう言ってカップの中を覗き込み、ふうっとお茶を吹いて冷ました。

「ああ何度か…一番最近は去年かな?生徒会の」
言いかけて、そういえばマリエッタとは、仲良く去年も一昨年も殿下は海に行き、何くれと世話を焼いていたのを思い出した。話の途中で動きをとめた俺に、やあね、とシャルロットはかるく腕をたたいた。
「しらないはずないじゃない、マリエッタ様が休暇あけに殿下手ずから探してこられた貝殻で作った鈴を鞄につけてきて、それをみせられたのよ」
手のひらをカップで暖めながらシャルロットは話す。
?お前に?婚約者に置いて行かれたお前に、お前の婚約者から貰ったものを?」
他意はなかった、とマリエッタは言うだろう。正直、そうであってほしいと思ってしまうのは、ここまで来てもまだ彼女を信じたい俺がいるからだ。

「ええ、『王宮から高価なプレゼントを幾つも貰っているシャルロット様にはつまらないでしょう?でも手づから探してこられた殿下はとても優しい方だと思って』と……勿論、貝が限りなく粉になるまで踏んずけてやりましたけれど」

……紅茶吹いた。否、たしかになんか去年の秋ごろ、マリエッタにあげたものを壊されたと殿下が憤っていたような?そのときはなんて人の気持ちがわからぬ女だ、とおもったものだが。
「流石だなシャルロット」
ポン、と背中をたたいてやると、そうでしょう?とシャルロットはにんまりわらってみせた。ああ、今日はちょっと悪い笑顔だ。シャルロットは笑顔だけで何種類もの表情があるらしい。『つまらない女だ』なんて、殿下は何をみていたんだ?

少しぼんやりしていたのか、シャルロットが立ち上がってカップを置いた。
「行きましょう!うまいこと行けば人食いグマが出るかもしれませんわよ!」

そんなことになったら俺も喰われるけど、とあきれながら、俺は彼女の後をついて、再び歩き出した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

たどり着いた池の畔で、俺はシャルロットに殿下の伝言を伝えた。正直、泣かれるか殴られるくらい想像していたのだけれど、あっさりと
「ええ、いいわよ」
と、彼女は頷いてくれた。余程俺が言いづらそうな雰囲気をしていたのか、少し笑っていたくらいだ。
「大丈夫よ、私に考えがあるの。……あの日、私はなんにも言い訳できなかったじゃない?これはチャンスだとおもうのよ。悪役令嬢の、本領発揮ってわけだわ。それに、うまく行かなかったときはあなたが私を殺してくれるんでしょ?」
と。賭けのことは忘れているのか、それとも俺に好かれる秘策でもあるのか、彼女は上機嫌で紅葉に染まる林と池を眺めていたのだった。


それから2日程たったある日、シャルロットを迎えにいった俺は公爵に呼び止められた。
「ああ、いつも娘の送迎をしてくれてすまないな」
俺は首を傾げて公爵を見た。
「王宮殿の話を聞いたよ、あんな附子でも殿下のお役にたてれば」
失礼な奴だな、とおもいながら黙っていると、制服姿のシャルロットが出てきた。

「ダニエル様、少しお話があるの。学校へ行く前に少しだけいい?」
ぱっ、と手をとってシャルロットは俺を外へと連れ出した。

「私にダイヤを買って欲しいの」
へ?とか、はぁ?みたいな音が喉から漏れた。なぜ俺がシャルロットに?そもそも、俺にはそんな財力はない。学費は母上がだしてくれているが、昼飯代と燃料費だけでカツカツなのに。

「お金の心配はいらないわ、形だけそうしてくださるなら。勿論父には言わないで」
半分も分からないながら、うなづいた。どちらにせよあの公爵にどんな情報も渡すつもりなんかない。
「王宮殿で必要になるの。お願い」
シャルロットは二輪にまたがる俺の後ろに乗り込んでくると、ぎゅっ、と腕に力をこめた。
「…………分かったよ、形だけなら協力する」
俺の返答にたいして、彼女がなんと言ったのかは全く聞こえなかった。


「ごめんなさい、あなたのの大切なマリエッタを傷つけるようなお願いをして」


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