明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第1章

王宮殿の悪役令嬢

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シャルロットはその週の末から、再び王宮殿へあがるようになった。但し、俺のエスコート付きで、という条件付きで。

「なにがなんでも愛妾にはなりたくないのか、単に殿下の気をひこうとしているのか、わかりませんね」
それについてロイスが、眼鏡の角度を直しながら言った。
「あら、いいの?そんなことを言うならご自分達で誕生日茶会の準備をすればいいじゃない、私本当は今日は劇場へ行く約束だったのよ?」
ねえ、ダニエル?と問われても俺は何ともこたえようがない。片腕にかかる彼女の重みを感じながら、うん、と適当にうなづいた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

王宮殿へ行くと決まったのち、シャルロットは上機嫌でダイヤモンドの指輪を俺に注文させた。ゲノーム商会の誇る最高級のダイヤモンド。小振りでも最も美しいダイヤを幾つも使い、プラチナの台座に円環状に嵌め込まれたそれの内側には、外国の著名な詩人の言葉が刻まれている。

目玉が飛び出すようなその代金を、シャルロットはどこからか調達してきた金でもってポンと払ってしまった。
「ありがとう、大切にいたしますわね!」
職人の前で殊勝にも(自分が買った)指輪を大切そうに胸に抱いた彼女を、内心では呆れながらも、気前よく買ってやったような風を装う。

宝石商が持ってきたという大小様々な宝石をながめた。どれをみても、俺にはさっぱり同じもんにみえたし、それをもっているからって、なにか変わってしまうようには、思えなかったのだが……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あれー?そんなものをつけてきちゃ駄目なんじゃないですか?」

王宮殿につき、王妃とマリエッタに挨拶をしたとたん、のんびりした声のわりに物凄い勢いでとびついてきたマリエッタは、突然シャルロットの指を目一杯の力で引きちぎろうとし始めた。いや、実際には違うのかもしれないが、そんな風にみえた。笑顔なのが、余計にこわい。
「え、え?」
シャルロットはわけもわからず、その手にはまっていた指輪を奪われてしまう。

「ダイヤモンドは王妃様の王冠の石なんですって!だから、は王妃様を敬ってダイヤモンドは身に付けないんですよ?」
そういって、指輪を回廊の床へと投げ出した。カツっ、と音がして、指輪は転がってどこかへ見えなくなった。あああ、あんな高価な指輪を!俺の愛車何台買えるかわからねえ金額だったのに……

「申し訳ございません」
シャルロットに目配せされて、俺も一緒に頭を下げる。
「謝るなら私でなくて王妃殿下にしてくださーい」
ぷぅ、と膨れるマリエッタ。まえまではそんな仕草も可愛いと思えたのに、さっきの鬼の所業の後だとホントに怖さしかない。

俺たちは、王妃殿下へも頭を下げる。
「頭をあげて、シャルロット。貴方がダイヤの決まりごとを知らなかった訳はないわよね?だってあなたはもう10年以上、王妃教育を受けてきたんですものね……私を嫌いになった?もう、敬えないということかしら?」
こえええ!王妃と俺は初対面だけど、なんというか、遠回しに『敬えないなら死罪にするぞ』って言われてる気がする。まあ、シャルロットはそれで満足するにしても、俺を巻き込んでくれるなよ!

「いいえ、そうではありませんわ。ただ、あれはここにいる私の婚約者、アルゼリア子爵様がわたくしのためにと工面してくださった、婚約指輪でしたので」

あああ、巻き込むどころか矢面にたたされた!俺のせい?シャルロット、お前が勝手に注文してお前の金で買った指輪だろう!と心のなかでは叫びながらも、俺は頭を再び下げる。
「シャルロットはもう王太子妃でも、候補でもないので…差し支えないと判断しました。俺……私の判断が甘かったのです。重ねてお詫び申し上げます」
俺が話すと、びくっと王妃は身を震わせて後ろへたじろいだ。
「あなた、が、ダニエル?」
なんだろう?たかが子爵家の三男だ。よくて護衛騎士、下手すると平民として生きてくような奴を見て、王妃は何をそんなに驚いているんだ?

俺が頷くと、そうなのね、貴方が、とまたうなづき、王妃は俺の手をとった。近い!顔が!近い!

「マリエッタ、指輪を探して貰いなさい、それは公爵家に伝わる家宝として、これから何代も引き継ぐべき宝です。探して返し、王太子妃の候補に相応しい態度についていまいちど令嬢に教えていただくのですよ」

それを聞いたマリエッタは、真っ青になった。
「私は婚約指輪さえもらえないのに!?」
そういうが早いか、マリエッタは近くにあった小ぶりの花瓶を手に取り、シャルロットに向けてぶん投げたのだ。思わずからだが動き、シャルロットを庇った俺は首から背中にかけて、生ぬるい水が滴るのを感じた。がしゃっ、と足元でそいつが割れた。
また高価そうなもんを…これだから金持ちは。
「ダニエル!!」

王妃がとびついてきて、俺の腕をひいた。
「あなた、怪我はない?シャルロット、侍従を呼んで着替えを用意させて頂戴!」
はい、とうなづいてシャルロットはどこかにかけていく。
「あなたは一度、反省すべきよマリエッタ」
俺から手を離さず、マリエッタを睨む王妃。悔しいのか、マリエッタは涙をいっぱいためてこちらをみて、そしてできる限りの大きな声で叫んだ。

「王妃さま、なぜそんなにダニエル様を気にするんです?まさか、ダニエル様は王妃様の隠し子なのですか!?」

その声は王宮殿じゅうに響き渡った。宮殿にいた執務官や侍従たちは、しんとなってこちらをうかがっている。
「マリエッタ!!」
駆け寄ってきたウィル王太子が、マリエッタを引きずっていった……どうやらシャルロットは勝手知ったる王太子の宮殿へ助けをもとめたのだろう。

はあ、とため息をついてから、王妃殿下を見るとマリエッタが去った方を険しい表情で眺めていた。
「一度帰った方がいいな。王妃殿下、我々はこれで……」
うまく行けば二度と来なくて済むんじゃないかと踏んでそう切り出すと、待って、と王妃は俺の両手を掴んだ。
「そんな風に言わないで頂戴、マリエッタのことはこちらで言い聞かせておきます。どうか、ここへ来るのを止めるだなんておっしゃらないで」

シャルロットではなく、俺に言っているように聞こえて俺は必死にシャルロットに助けを求めたが、シャルロットも困惑している、という素振りで首を振るばかりだ。
「あら、私ったらつい……ホホホ」
俺の困った様子に笑いながら離したけれど、いったい何なんだよ。

「とにかく、ロイスが執務室でまっているの。とりあえず少し話をして?いいわね?」
今度はシャルロットに圧をかけている。シャルロットは、はい、と返事をしながらもその表情にはどこか残念そうにみえる。

なるほど、混乱に乗じて断るつもりだったんだな。散財したわりに効果はいまひとつだったみたいだが。しかし、なんであんなに王妃は俺を構う?まさか本当に隠し子、なわけはないよなあ……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここで話は冒頭に戻る。執務室につくと、ロイスは腰に手をあててシャルロットを睨んだ。
「新聞にあることないことしゃべったようだが、どういうつもりだ」
からはじまって、あのやり取りに繋がる。俺が頷いたのをみて、ロイスは真っ青になった。
「ダニエル、貴様は爵位さえ与えられれば何でもするのか?マリエッタへの想いは嘘だったのか!」
嘘、と俺はロイスを見上げた。
「さあ、どうだろうな。どう思う?」
悪役らしく靴のままテーブルに足をあげると、ロイスは目をつぶった。

そうだろう。俺はたしかに去年までは特別クラスにいて、このロイスを筆頭にガイズと俺、三人一緒に王太子殿下とマリエッタを守って行こうと堅く誓っていた。だが……
「どうして俺をシャルロットの婚約者に?」
思った通り、ロイスは動揺したようで目をあちこちへさ迷わせた。
「それは、王妃殿下がお決めになったことで」

ああ、そうだろう。だが、次期宰相であるロイスの意見を聞かなかったわけはない。それでなくても俺とロイスはぶつかることが多かった。
俺にとってマリエッタは近しい友人でもあり、想いを寄せる可愛いひとでもあったが、ロイスはそれを許さなかったからだ。

はじめから、俺とマリエッタの接触を絶ち、自分か殿下のふたりのうちどちらかをマリエッタに選ばせる、と言いきっていた。ガイズはそれにうなづいたけれど、俺はあくまでもマリエッタが選ぶべきと主張していた。

「マリエッタはウィル殿下を選んだ。あんたも諦めるべきだし、舞台からはとっくに降りてる俺を、マリエッタと会わせない理由なんかないはずだろ?」

そう、例え特別クラスにいたとしても、俺とガイズにたいした差はない。身分からいっても……ふと、マリエッタが言っていた(王妃の隠し子)という言葉を思い出して頭をふった。まさか、だ。

「君が騎士になれないというのは、予測できていたが……まさかここまでやさぐれるとは想定外だったよ。おかげで俺達は蜂の巣をつついたような……」

「それは自業自得です。ダニエル様のせいではなくてよ?身のほどをしらないあの田舎娘を国母にしようとするなら、相当の対価は覚悟すべきじゃないかしら」
取り澄ましたシャルロットは、俺の横に侍るように座った。そして、そろりと俺のジャケットの、あの瓶のあるあたりを探ろうとする。
やめろ、どう考えてもいまじゃないだろ?なんなんだよ、とその手を握って押し返す。

「いちゃつくのは帰ってからにしてくれませんか?」

ロイスはこめかみを揉み、ため息をついた。


いや、ため息をつきたいのは俺だけどな。





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