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第2章

子爵令息の消息

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病室の窓の外を、数人の騎士がかけているのをぼんやりとながめていた。そうか、運動場だ。学園のものより大分小さくて土を固めただけの運動場だけれど。

病院の外が騎士の運動場って、なんでだろ?リハビリにでも使うのか?

外は霜がおりて随分冷え込んでいるようだった。彼らの回りに、白い息がみえる。色づいていた木々は全て葉を落とし、冬の気配は随分濃くなっていた。

俺が目が覚めたとき、俺の体は包帯でぐるぐるに巻かれており、全く身動きどころか、話しさえろくにできないありさまだった。ようやく脇腹のコルセットだけになり、窓から外を覗くこともできるようにまで回復したのは、それから三週間もたった昨日のことだったのだ。

シャルロットは無事でいるだろうか?コンクールはどうなった?様子がわからないままでいるのは耐えられず、見舞いにきたレジーに頼んで新聞を買いに行ってもらった。そろそろもどってくるはずだ。と考えているとバーンと音をたてて病室の扉が開いた。

「おい、ダニエル!お前死んでるぞ!」

レジーはげらげらわらいながら病室へ入ってきた。うそだろ、と俺はレジーがもつ夕刊を取りあげる。
王都のメジャー紙だ。

うちの新聞には今頃一面に俺の描いた巨大鯱の群れが印刷されているだろうけれど、なんせ弱小紙だからそれが誰かの目にとまったとして、メジャー紙の端にある記事にすら敵わない。

「嘘だろ、編集長は?ウチに連絡入れてくんなかったのかよ?」
さあなあ、忙しかったからなあ、とレジーはケラケラわらっているが、笑い事じゃない。しかも、その記事が伝えているのは俺が死んだとか失踪したとか、そんなことではなく。

〈先週の王妃主宰の茶会に引き続き、本日行われる晩餐会にもゲノーム公爵令嬢が、療養中のチェルシー伯爵令嬢の代理を勤める。これは本格的に、ゲノーム令嬢が王太子と和解し、行方不明となっている子爵令息の遺志を引き継いで王室を支えてゆくとの……〉

バシッ、と音を立ててベッドへ新聞を叩きつけた。
「俺の自動二輪、いまはどこに?」
レジーに尋ねると、病院に持ってきてるけど、と眉を下げた。
「お前、死ぬとこだったんだぞ!やめろって、な?肋骨三本もやられんだぞ?もう少し良くなれば戻れるから、それまで」
ベッドへ押し戻そうとするレジーを、逆にベッドへ投げ込んだ。

「別に決闘をしに行くわけでもなし、ちょっと王子サマのご機嫌を伺いにいくだけだ」

心配すんなと手をふって、俺はレジーに背を向けた。おい、鍵!と呼び止められて二輪の鍵をうけとった。
「馬杭につないである!」
なんでだよ、逃げねえよ……と苦笑いして、礼をいった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

来るときは何とも思わなかった道のりがやけに遠い。オーバーヒートするかもとは思いながらも、エンジンは全開で王都へと向かう。

あのシャルロットが、おとなしく王太子の、いいようにされている筈がない。もし、俺でない他のだれかに『殺してくれ』と頼んでいたら?

ゾッと背筋を震わせてハンドルを握り直した。絶対にこのまま放っておくべきじゃない。
「間に合え……」
零時までに、王都につかなくては。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

宮廷の晩餐会は、年に一回、聖霊祭の日に行われる。王宮殿では晩餐会、そして、時を同じくして城下には聖霊を呼ぶとされる巨大な焚き火があちこちで焚かれて、露店商が立ち並び、人が溢れかえっていた。

俺は自動二輪を新聞社近くに停め、人混みを縫って駆けてゆく。なんども足どめをくらいながら、王宮殿の前に着いたときにはもう、かなり遅い時間になっていた。

ため息をつき、閉まっている城門を見上げる。そもそも、こんな時刻にこんな格好で、招待客でもない俺がどうやって中へ入るというのか。
そんなことも考えずに、こんなところまでやってきた己の無能さに、ガックリと項垂れて城門によしかかった。
「痛ぇ」
脇腹を押さえて、門に額をおしつけた。馬鹿だ、俺は。やがて零時の鐘がなり、門兵が奥にある城から数人、騎馬でやってくるのがみえて俺は慌てて城門から離れて道を渡り、広場の人混みに紛れる。

轟々と音をたてて城門が開き、門の前の道へと城から出立してきた馬車が次々と出てきては、去ってゆく。俺はそれをただ広場から眺めていた。
「王太子様だ」
背後にいた町の人々の声がする。ワアワアと人々が手をふるのは、いましがた城門から出てきた一際大きな黒塗りの馬車。窓は開けられており、そこからひと組の男女が見える。こちらからは逆光になって顔がみえないけれど、ウィル殿下とシャルロットだろうか。

ゆっくりと馬車が進むと広場の焚き火の灯りが馬車を照らし、二人の顔がみえる。
「王太子様!」
広場の若い女性が声をあげると、きゃーっ!と他の女性も甲高い声をあげた。ウィル殿下は品良く片手をあげて歓声にこたえている。

その隣に、従うようにして座る女性のほうへも焚き火の光がとどいた。
「シャルロット……」
俺は小さく呟いた。美しく飾られた銀の髪と白い肌は固く冷たい彫像のようにさえ見える。そこに嵌め込まれた赤い硝子のような瞳が、ふと俺をとらえた。大きく瞳を見開き、彼女はウィル殿下の腕をつかみ、なにかを話す。

殿下はそれを聞くとシャルロットに一言二言言葉を返し、窓に付けられた覆いを下ろしてしまった。
「あーあ、ゲノーム公爵令嬢のせいでまた王太子様がみえなくなっちゃった!」
「どうせ庶民が見えてイヤとかいったんでしょ!あーあ、はやくマリエッタ様の具合が良くなるといいのに!」
俺の回りの女たちが文句をいいながら広場へもどってゆく。俺は新聞社のあるビルへと歩きながら、ぼんやりとシャルロットの姿を思い返した。

硬質で、ゆるぎないあの姿は婚約が破棄される前のものと寸分違わなかった。堂々としていて、誰もが彼女があの場にいることになんの疑問ももたないような。
町の女たちは文句をいっていたけれど、彼女はやはりあそこにいるべきなのかもしれない。王宮殿で、ウィル殿下とともにこの国を支えてゆくのが、彼女のあるべき姿だろうか。

茫然としながら、俺は階段を降りて二輪をとめた場所へとむかう。なんだか体にあまり力が入らない……

「ちょっと!なんであんたがここにいるのよ!」
肩を強く掴まれて、俺は足をとめた。
「編集長?」
そこには、珍しくドレスで着飾った編集長が立っていた。おもわず、ひっ、と驚いて後ろへ下がると、
「失礼な子ね、あんたをみかけたから慌てて馬車を降りたんだから!」

そういうなり、俺の背を押して歩きだした。
「ここでは誰に会うかわからないわ、とにかく社へ戻りましょ?話すのはそれから」
まるで俺が逃亡犯にでもなったかのような言い方に引っ掛かるものはありながらも、俺は編集長と並んで、見慣れた煉瓦の建物へと入っていった。
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