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レイノルズの悪魔 よみがえる
老公爵と孫娘
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おやつのつもりが夕食になってしまったコロッケをかじりながら、トリスはため息をついた。
「ああー、結局あたしはあしたも明後日もばあさんのところか!」
貴族令嬢の衣装についての知識が全くないとバレてしまったトリスは、明日からしばらくの間おばあさんたちのところに泊まり込んで猛特訓を受けることになった。
『ついでにその態度も教育しなおしてあげないとね』とおばあさんに言われてしまって、トリスはふくれているのだ。
「急ぎの仕事だからお手伝いが必要なのよ。ちゃんとお勉強もしてらっしゃいね?」
そういって私のぶんのコロッケも渡してあげると、トリスはそれを突き返してきた。
「お嬢さんだって今日はもう食べれやしないんだから、ちゃんとこれ食べてよ。そんで、私がいない間におっ死んだりしないでよね」
変な言い回しだけれど、屋敷にひとり残される私の心配をしてくれているというのは
わかった。なんだかじいんと胸が痛くなって、涙がこぼれた。
「大丈夫よ、だって私、前も大丈夫だったんだもの」
そう。前のときはトリスもいなくて完全にひとりだった。
「そうか。お嬢さん、小さいのにかわいそうだったね…」
そういって、トリスはそばにすわって、わたしがぐすぐすいいながらコロッケを食べるのをずっとみていてくれたのだった。
コロッケを食べ終えて、私たちはこっそり屋敷へ戻った。別に悪いことはしてないんだから、とトリスは言うけれど、暗くなるまで出歩くのは公爵令嬢としてはかなり問題があるし、おじいさまももう、帰っているかもしれないからだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
私が廊下を自分の部屋に向かってかけ戻っていると、レンブラントが慇懃な態度で私に声をかけてきた
「御大が執務室に来いと仰せでしたよ、本日はどちらのお店まで行かれたかは存じませんが…見目いい店員でも居りましたか?おそくまで遊び歩くとは、いくら御大のお心が広くても、令嬢としていかがなものでしょうな」
「心配ないわレンブラント。あなたがどんなおかしな噂で市街地の洋裁店を抱き込んだか知りませんけど…わたくしは悪魔らしいですからね?魔法がつかえてよ?」
口元に指を揃えてほほほ、とわらってやると、レンブラントはまゆをしかめた。
「どうでしょう?洋裁店は他の客がはなれるのを嫌いますから。それに、お嬢様はご存知ないかもしれませんが、市井の店では先立つものがなければ引き受けてはくれませんよ。まして身なりのわるい子どもでは……」
そういってわたしを見下ろし、鼻でわらった。身なりのわるいのは、レンブラントのせいだ。それをしっていながら、この男はまるで他人事のように。あまりにいらいらしたので、向う脛でも蹴ってやろうかと見上げていると、トリスがやってくるのが見えた。
「お嬢さんにはなしかけるな!この、詐欺師め!」
大声で怒鳴られてレンブラントは肩を竦めた。
「トリスタン、衣装係がこんなところで何をしている。早く戻ってお嬢様の靴にブラシでもかけたらどうだ」
「うるさい、あっちへ行きやがれ!」
トリスに蹴られそうになって、レンブラントはおお怖い、お嬢様はがらのわるい仲間がいるようだ、と言いながら立ち去った。
「ありがとうトリス。わたしはこのあと、おじいさまの所へ行かなくてはならないの。あなたは先に休んでね」
「うん、あんまし怒られないといいね、おやすみ!」
元気よく使用人棟に去ってゆくトリスに手をふり、わたしはおじいさまの執務室へむかった。
「ドアを閉めて入りなさい、アイリス」
私が執務室へはいってゆくと、おじいさまは椅子にかけてなにか考え込んでいるようだった。
「今日は遅くなって申し訳ありませんでした。ドレスの注文、滞りなくできました」
「そうか、すわりなさい」
どうやら、わたしが遅くかえったことへのお叱りではないようだ、と私は椅子に腰かけた。
「……アイリス、レンブラントのことだが、おまえの意見を聞きたい」
「レンブラントですか?」
最低の男だと思ってます、と言うべきかどうか、おじいさまの表情を見ながら考えた。
「リディアが、うちに新しい執事が必要だと言うのだ。本当は、北領へ行かせたラングを呼び戻せればいいのだが、そうすると北領を任せられるものがいなくなる。……私としては、レンブラントを新しい執事としてはどうかと思っていたのだが」
「ダメです」
これは、即答だ。今でさえめちゃくちゃなこの屋敷が、さらにめちゃくちゃになってしまう。
「リディアからもそう言われたよ。だがレンブラントはいままで、この屋敷をそれなりに管理してきてくれた男だ。それに、レンブラントがいうには、お前やリディアはあの……衣装係」
「トリスタンですか?」
うむ、と頷きふと肩を落とした。
「トリスタンに、騙されているのではないかと言うのだ。お前の衣装代にとレンブラントは大金をトリスタンへ渡しているそうだが、お前はいつも質素で、今日まで市街の洋裁店にも寄ろうとしなかった。お前のためにとレンブラントが渡したカネはどこへいったのか、とね。リディアも、もういい年齢だ。以前のようには目端も利かなくなって、あの若い衣装係にいいようにだまされたのではないかと心配していた」
これをきいて、私は内心ぞっとした。
実はこれと同じような言葉を、おじいさまから以前も聞いたことがあった。
わたしが王宮に上がる少し前、14歳かそこらになってからだった。あのときはトリスのことなんか興味もなかったし、なんなら日頃の怨みもあって、衣装係をクビにしてくれ、レンブラントもクビにして新しい執事を入れて欲しい、と言ったと思う。
おじいさまはわたしをがっかりした様子で見て、そして部屋へ帰るよう言ったのだったっけ。
けど、あれにはまだ5年ちかくも早い。それに、トリスはたった13の子どもで、口も態度もわるいけど、優しい気持ちがある子なのだ。クビになって路頭に迷わせるなんてできない。
レンブラントのやつ、なんてこ狡い手をうってきたんだろう。
「……私が見ております限り、お母様やおばあ様の装飾品や、ドレスに失われたものは無いようにおもいます。…トリスは10歳で私の衣装係を請け負いましてから、彼女なりに真面目に勤めています。まだ私も彼女も子どもゆえに、出来ないことも多いですが」
おじいさまは深くかけていた椅子から体をおこし、こちらを見た。
「10?それは、本当に?」
「今13といっていましたので、勤めはじめた三年前は10歳では?おじいさまはご存知なかったのですか?前の衣装係たちをレンブラントが辞めさせたのと同じころですが」
前の、お母様の衣装係はお金がかかるからと、レンブラントが全員いっぺんにやめさせた。
「知識も教育も十分ではありませんが、レンブラントから渡されたという僅かな予算から私に尽くしてくれています…むしろ、レンブラントがトリスタンへ渡しているというお金が、どこへ消えているのかを調べるべきかと」
暗にレンブラントが怪しいと示唆すると、
おじいさまは腕をくんだり頭に手をやったりしていた。
「少なくとも、この問題が解決するまでは、レンブラントがこのまま執事になるのは、この屋敷にとっては良くないと思います。使用人のなかに、レンブラントでは従えないものがいる、ということですもの」
以前も私はレンブラントを辞めさせようと言葉を紡いだけれど、結局新しい執事のもとにいてもレンブラントは辞めなかった。
おじいさまの信頼がそれだけ厚いのだろうと、私は口元を指で隠した。
証拠がないのはむこうもおなじ。足元を掬われないよう気をつけなくては。
「わかった。では、リディアの言うとおり、新しい執事をなるべく早く探すことにしよう…アイリス、夜分に悪かったな…部屋まで送ろうか」
そう言うと、おじいさまは立ち上がって私のためにドアをあけ、歩きだした。
「しっかりしていても、お前はまだ幼い。もうしばらく、私も頑張らなくてはな」
隣に並んだ私の頭を、おじいさまはくしゃくしゃとなでた。わたしは、驚きで声も出なかった。以前のおじいさまとわたしには、そんな孫と祖父としてのふれあいなんてなかった。
歳をとった気難しい公爵と、皇太子の婚約者としての関係が全てで、私がレミへの嫌がらせで投獄されたときでさえ、おじいさまはわたしの擁護はしなかったのに。
「次は公爵家の馬車を使いなさい。遅くなっても馬車にさえのっていれば、私の心配も半分ですむ」
おじいさまと歩きながら、私はおじいさまをみあげた。
「ご存知だったのですね…」
「事情までは知らん。レンブラントはなにか言っていたが、それが事実とは限らんようだしな。しかし、あれはお前の馬車で、お前の馭者だ」
そうは言われても、馭者がわたしの言うことを聞くとはおもえないけれど。
「街はどうだった」
「大きな荷物を抱えておりましたら、親切な老紳士が、馬草の載った荷台へ乗せてくださいました。小銭もくださったので、かえりにコロッケを買いました。おいしかったです」
おじいさまはあまりのことに、笑いごえをあげた。
「農夫に小銭を恵まれたのか。おまえが?」
「はい、重い荷物を持ってと、気の毒がられまして……王都も外れの村までいけば、まだまだ心あるかたが居るものですね」
今日の私の小旅行が、なぜかおじいさまの琴線にふれたらしく、おじいさまは結局私の部屋まで入ってきて、私とトリスがどのようにして王都の外れの村まで重い荷物を運び、あの洋裁店でどんな話をしたかということを、全て話すまで立ち去らなかった。
(お針子のふたりに悪魔と呼ばれたのは、伏せておいたけれど)
一番のお気に入りは、どうやらおばあさんの風貌を、お針子の二人が私に悪い魔女だのいい魔女だの言ったところで、聴こえていると叱られたくだりだ。なんと三回も、
「アイリス、お針子のふたりはお前にマダムをなんと紹介したのかもう一度」
「悪い魔女ではないとおひとりが、もうひとりが、よい魔女だと」
「で、マダムはなんと?」
「聴こえていると大きな声でお叱りになりました」
「まるで喜劇のやり取りだな!」
という会話をつづけた。どこが面白いのかは私はわからなかったけれど、おじいさまが笑っているのなんてはじめて見たので、まあ、いいかと何度も話した。
「…では、私も休むとするよ、おやすみアイリス」
「おやすみなさい、おじいさま」
かなり遅くなって、おじいさまは部屋へかえってゆく。
おじいさまがあんなに話好きだなんて知らなかったし、あんなに笑っているのも見たことはない。もしかしたらお父様やお母様、おばあ様が生きていらしたなら、おじいさまはもっと朗らかだったのだろうか。私は替わりには、なれないけれど。
杖をついて、廊下を曲がってゆくおじいさまの背中を、わたしは黙って見送った。
「ああー、結局あたしはあしたも明後日もばあさんのところか!」
貴族令嬢の衣装についての知識が全くないとバレてしまったトリスは、明日からしばらくの間おばあさんたちのところに泊まり込んで猛特訓を受けることになった。
『ついでにその態度も教育しなおしてあげないとね』とおばあさんに言われてしまって、トリスはふくれているのだ。
「急ぎの仕事だからお手伝いが必要なのよ。ちゃんとお勉強もしてらっしゃいね?」
そういって私のぶんのコロッケも渡してあげると、トリスはそれを突き返してきた。
「お嬢さんだって今日はもう食べれやしないんだから、ちゃんとこれ食べてよ。そんで、私がいない間におっ死んだりしないでよね」
変な言い回しだけれど、屋敷にひとり残される私の心配をしてくれているというのは
わかった。なんだかじいんと胸が痛くなって、涙がこぼれた。
「大丈夫よ、だって私、前も大丈夫だったんだもの」
そう。前のときはトリスもいなくて完全にひとりだった。
「そうか。お嬢さん、小さいのにかわいそうだったね…」
そういって、トリスはそばにすわって、わたしがぐすぐすいいながらコロッケを食べるのをずっとみていてくれたのだった。
コロッケを食べ終えて、私たちはこっそり屋敷へ戻った。別に悪いことはしてないんだから、とトリスは言うけれど、暗くなるまで出歩くのは公爵令嬢としてはかなり問題があるし、おじいさまももう、帰っているかもしれないからだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
私が廊下を自分の部屋に向かってかけ戻っていると、レンブラントが慇懃な態度で私に声をかけてきた
「御大が執務室に来いと仰せでしたよ、本日はどちらのお店まで行かれたかは存じませんが…見目いい店員でも居りましたか?おそくまで遊び歩くとは、いくら御大のお心が広くても、令嬢としていかがなものでしょうな」
「心配ないわレンブラント。あなたがどんなおかしな噂で市街地の洋裁店を抱き込んだか知りませんけど…わたくしは悪魔らしいですからね?魔法がつかえてよ?」
口元に指を揃えてほほほ、とわらってやると、レンブラントはまゆをしかめた。
「どうでしょう?洋裁店は他の客がはなれるのを嫌いますから。それに、お嬢様はご存知ないかもしれませんが、市井の店では先立つものがなければ引き受けてはくれませんよ。まして身なりのわるい子どもでは……」
そういってわたしを見下ろし、鼻でわらった。身なりのわるいのは、レンブラントのせいだ。それをしっていながら、この男はまるで他人事のように。あまりにいらいらしたので、向う脛でも蹴ってやろうかと見上げていると、トリスがやってくるのが見えた。
「お嬢さんにはなしかけるな!この、詐欺師め!」
大声で怒鳴られてレンブラントは肩を竦めた。
「トリスタン、衣装係がこんなところで何をしている。早く戻ってお嬢様の靴にブラシでもかけたらどうだ」
「うるさい、あっちへ行きやがれ!」
トリスに蹴られそうになって、レンブラントはおお怖い、お嬢様はがらのわるい仲間がいるようだ、と言いながら立ち去った。
「ありがとうトリス。わたしはこのあと、おじいさまの所へ行かなくてはならないの。あなたは先に休んでね」
「うん、あんまし怒られないといいね、おやすみ!」
元気よく使用人棟に去ってゆくトリスに手をふり、わたしはおじいさまの執務室へむかった。
「ドアを閉めて入りなさい、アイリス」
私が執務室へはいってゆくと、おじいさまは椅子にかけてなにか考え込んでいるようだった。
「今日は遅くなって申し訳ありませんでした。ドレスの注文、滞りなくできました」
「そうか、すわりなさい」
どうやら、わたしが遅くかえったことへのお叱りではないようだ、と私は椅子に腰かけた。
「……アイリス、レンブラントのことだが、おまえの意見を聞きたい」
「レンブラントですか?」
最低の男だと思ってます、と言うべきかどうか、おじいさまの表情を見ながら考えた。
「リディアが、うちに新しい執事が必要だと言うのだ。本当は、北領へ行かせたラングを呼び戻せればいいのだが、そうすると北領を任せられるものがいなくなる。……私としては、レンブラントを新しい執事としてはどうかと思っていたのだが」
「ダメです」
これは、即答だ。今でさえめちゃくちゃなこの屋敷が、さらにめちゃくちゃになってしまう。
「リディアからもそう言われたよ。だがレンブラントはいままで、この屋敷をそれなりに管理してきてくれた男だ。それに、レンブラントがいうには、お前やリディアはあの……衣装係」
「トリスタンですか?」
うむ、と頷きふと肩を落とした。
「トリスタンに、騙されているのではないかと言うのだ。お前の衣装代にとレンブラントは大金をトリスタンへ渡しているそうだが、お前はいつも質素で、今日まで市街の洋裁店にも寄ろうとしなかった。お前のためにとレンブラントが渡したカネはどこへいったのか、とね。リディアも、もういい年齢だ。以前のようには目端も利かなくなって、あの若い衣装係にいいようにだまされたのではないかと心配していた」
これをきいて、私は内心ぞっとした。
実はこれと同じような言葉を、おじいさまから以前も聞いたことがあった。
わたしが王宮に上がる少し前、14歳かそこらになってからだった。あのときはトリスのことなんか興味もなかったし、なんなら日頃の怨みもあって、衣装係をクビにしてくれ、レンブラントもクビにして新しい執事を入れて欲しい、と言ったと思う。
おじいさまはわたしをがっかりした様子で見て、そして部屋へ帰るよう言ったのだったっけ。
けど、あれにはまだ5年ちかくも早い。それに、トリスはたった13の子どもで、口も態度もわるいけど、優しい気持ちがある子なのだ。クビになって路頭に迷わせるなんてできない。
レンブラントのやつ、なんてこ狡い手をうってきたんだろう。
「……私が見ております限り、お母様やおばあ様の装飾品や、ドレスに失われたものは無いようにおもいます。…トリスは10歳で私の衣装係を請け負いましてから、彼女なりに真面目に勤めています。まだ私も彼女も子どもゆえに、出来ないことも多いですが」
おじいさまは深くかけていた椅子から体をおこし、こちらを見た。
「10?それは、本当に?」
「今13といっていましたので、勤めはじめた三年前は10歳では?おじいさまはご存知なかったのですか?前の衣装係たちをレンブラントが辞めさせたのと同じころですが」
前の、お母様の衣装係はお金がかかるからと、レンブラントが全員いっぺんにやめさせた。
「知識も教育も十分ではありませんが、レンブラントから渡されたという僅かな予算から私に尽くしてくれています…むしろ、レンブラントがトリスタンへ渡しているというお金が、どこへ消えているのかを調べるべきかと」
暗にレンブラントが怪しいと示唆すると、
おじいさまは腕をくんだり頭に手をやったりしていた。
「少なくとも、この問題が解決するまでは、レンブラントがこのまま執事になるのは、この屋敷にとっては良くないと思います。使用人のなかに、レンブラントでは従えないものがいる、ということですもの」
以前も私はレンブラントを辞めさせようと言葉を紡いだけれど、結局新しい執事のもとにいてもレンブラントは辞めなかった。
おじいさまの信頼がそれだけ厚いのだろうと、私は口元を指で隠した。
証拠がないのはむこうもおなじ。足元を掬われないよう気をつけなくては。
「わかった。では、リディアの言うとおり、新しい執事をなるべく早く探すことにしよう…アイリス、夜分に悪かったな…部屋まで送ろうか」
そう言うと、おじいさまは立ち上がって私のためにドアをあけ、歩きだした。
「しっかりしていても、お前はまだ幼い。もうしばらく、私も頑張らなくてはな」
隣に並んだ私の頭を、おじいさまはくしゃくしゃとなでた。わたしは、驚きで声も出なかった。以前のおじいさまとわたしには、そんな孫と祖父としてのふれあいなんてなかった。
歳をとった気難しい公爵と、皇太子の婚約者としての関係が全てで、私がレミへの嫌がらせで投獄されたときでさえ、おじいさまはわたしの擁護はしなかったのに。
「次は公爵家の馬車を使いなさい。遅くなっても馬車にさえのっていれば、私の心配も半分ですむ」
おじいさまと歩きながら、私はおじいさまをみあげた。
「ご存知だったのですね…」
「事情までは知らん。レンブラントはなにか言っていたが、それが事実とは限らんようだしな。しかし、あれはお前の馬車で、お前の馭者だ」
そうは言われても、馭者がわたしの言うことを聞くとはおもえないけれど。
「街はどうだった」
「大きな荷物を抱えておりましたら、親切な老紳士が、馬草の載った荷台へ乗せてくださいました。小銭もくださったので、かえりにコロッケを買いました。おいしかったです」
おじいさまはあまりのことに、笑いごえをあげた。
「農夫に小銭を恵まれたのか。おまえが?」
「はい、重い荷物を持ってと、気の毒がられまして……王都も外れの村までいけば、まだまだ心あるかたが居るものですね」
今日の私の小旅行が、なぜかおじいさまの琴線にふれたらしく、おじいさまは結局私の部屋まで入ってきて、私とトリスがどのようにして王都の外れの村まで重い荷物を運び、あの洋裁店でどんな話をしたかということを、全て話すまで立ち去らなかった。
(お針子のふたりに悪魔と呼ばれたのは、伏せておいたけれど)
一番のお気に入りは、どうやらおばあさんの風貌を、お針子の二人が私に悪い魔女だのいい魔女だの言ったところで、聴こえていると叱られたくだりだ。なんと三回も、
「アイリス、お針子のふたりはお前にマダムをなんと紹介したのかもう一度」
「悪い魔女ではないとおひとりが、もうひとりが、よい魔女だと」
「で、マダムはなんと?」
「聴こえていると大きな声でお叱りになりました」
「まるで喜劇のやり取りだな!」
という会話をつづけた。どこが面白いのかは私はわからなかったけれど、おじいさまが笑っているのなんてはじめて見たので、まあ、いいかと何度も話した。
「…では、私も休むとするよ、おやすみアイリス」
「おやすみなさい、おじいさま」
かなり遅くなって、おじいさまは部屋へかえってゆく。
おじいさまがあんなに話好きだなんて知らなかったし、あんなに笑っているのも見たことはない。もしかしたらお父様やお母様、おばあ様が生きていらしたなら、おじいさまはもっと朗らかだったのだろうか。私は替わりには、なれないけれど。
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