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レイノルズの悪魔 よみがえる
使用人棟のあるじ
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翌朝はやく、トリスはモンテッセリ洋裁店へ出かけて行った。
「お嬢さん、あたしが戻るまでどうか無事でいてよね!」
トリスに心配そうに言われて、わたしはちょっと肩をすくめた。
「大丈夫よ」
そもそも今、トリスがどれ程役立ってるかというと、然程でもない。
「貴方は私の心配なんかしないで、モンテッセリさんのところでしっかり勉強してきてね?」
頑張ってちゃんとした衣装係になって貰わなくては、私が困るのだ。まだ私を振りかえっては心配そうにしているトリスに手をふり、送り出した。
「トリスタンを追い出したのか?」
振り返ると、侍従見習いらしき少年が私に胡乱な眼差しを向けていた。こんな朝早く、庭師しか使わないような通用口に人が来るとは思わなかった。
「追い出してなんかいないわ、使いにだしただけよ」
ふん、と少年は私を睨んだ
「どうだかな、お前らメイド連中は最近トリスタンばっかり苛めてたじゃねえか。こんな通用口からなんて、どうせろくな使いじゃねえんだろ」
そういうと、私の襟に下がっているスカーフを引っ張って、廊下を歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、離してよ、苦しいじゃない!」
どうやらこの少年、私のことを侍女のひとりと勘違いしたようだ。まあ、私がこの家で顔を会わせる侍従って、おじいさまの侍従のほかにないのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
引っ張って行かれた先は使用人棟の端、暗い階段を降りた半地下にある倉庫だった。見習い侍従達の溜まり部屋のようにされているようだ。
「トリスタンをどこへやったんだよ」
突き飛ばされて強かに膝を打った。擦りむけたかな、ともおもうけれど、それより今はこの場を何とか切り抜けなくてはならない。
「だから、言ったでしょ?モンテッセリ洋裁店よ、市街の西のはずれの村にある、小さい洋裁店。そこへ、勉強に出したの!」
立ち上がろうとすると、今度は別の方から再びつき転ばされた。うす暗くてよくわからないけれど、どうやら仲間がいたようだ。
「……案外あたまが働くみたいだな。やっぱりレンブラントのやつが裏で糸をひいてんじゃねえか」
少年にしては少々低い声が、ぼそぼそと言った。
「兄さん、遠くにやって、その間に盗みの濡れ衣でも着せる気かもしれないぜ?」
兄さん、と言うことは、この二人は兄弟だろうか?あるいは、
「あなたたち、トリスの兄弟なの?」
考えてもみなかったけれど、トリスがここで働いているなら、兄弟もいるかもしれない。と、尋ねてみただけだったが、何故だか二人は急に笑いだした。
「おまえ、知らねえのか!まさかそんなやつがまだこの公爵邸にいたとはな…」
兄のほうが笑いがおさまったのか、ちょっとため息まじりに言った。
「俺たち侍従見習いだの、下働きだのはみんな、孤児院からレンブラントのやつに買われてきてんだよ。トリスタンもこいつも、同じ釜の飯食った仲間。お前は…いい服着てるもんな?あれか、どっかの金持ちの娘か。残念だったな、ここじゃたいしたことは勉強できないぜ?」
そういって私のことを睨み下ろした。
「ここじゃレンブラントが一番ふんぞり返ってる。次に偉いのはロレーヌって侍女。お貴族の娘なんだってさ。トリスタンを出掛けさせたのもそいつだろ?」
弟のほうが、奥にあった木箱をもってきて、私の前に座った。
「おれらは買われたときのカネと、毎日の飯だの制服代をレンブラントに返さないとここからでらんねえの」
なんてことなの、と私は呟いた。
衣装代だけでなく、人件費までレンブラントは横領していたのかもしれない。
しかし、私の呟きを誤解したらしい兄弟は、ふん、と鼻で笑った。
「……まあ、おまえらは2年もすればいいうちに嫁にいくんだから、我慢するんだな。俺たちよりはマシなんだ」
そう言うと、今度は腕を無理やり引っ張られて立たせられた。
「ほら、立てよ。レンブラントじいさんがメシに起きてくる時間だぜ?遅れればロレーヌに睨まれるんだろ」
そういって、部屋の外へと放り出される。すりむけた所はひりひり痛むし、多分右足は挫いてる。服はホコリだらけだし、今日はもう朝食には行けないわ…と、壁づたいに歩いていると、
「お嬢様、どうしてこんなところまで?」
一番、出会いたくないひとにであってしままった。
侍女のお仕着せではあるけれど、私の着ているワンピースなんかよりはずっと高価そうな身なりに、きちんと結われた髪。もしかしたら、トリスみたいな子達に結わせているのかもしれない。
そういえば、この子は王宮で働けるほどの家柄の出身なのだわ…
「ロレーヌ?」
名前を呼ばれて、あら、と侍女は目を吊り上げた。
「お嬢様に覚えて頂くほどのものではございません!」
勝手に名前なんか覚えんな、ってことか。間違いなく、あの誕生日の茶会の朝、私を転ばせた侍女だ。
この子が侍女の中では一番権力を持っているのは、貴族の娘だというだけでなく、白い肌、美しい金髪に緑の瞳の、可憐な見た目がレンブラントのお気に入りだからなんだろうか…気味がわるい。
私はゾッとして、何も言わずにまた壁づたいに歩き始めた。
「お嬢様のような高貴なかたが、汚い使用人棟に一体何の用です?なにか、お探しものでもございましたか!」
掴まっていた腕をとられて大声を出された。なんだ、なんだと人が集まってくる。
目一杯の力で壁に投げつけられた…のに、何故かロレーヌがひっくり返った。
「お嬢さん、あたしが戻るまでどうか無事でいてよね!」
トリスに心配そうに言われて、わたしはちょっと肩をすくめた。
「大丈夫よ」
そもそも今、トリスがどれ程役立ってるかというと、然程でもない。
「貴方は私の心配なんかしないで、モンテッセリさんのところでしっかり勉強してきてね?」
頑張ってちゃんとした衣装係になって貰わなくては、私が困るのだ。まだ私を振りかえっては心配そうにしているトリスに手をふり、送り出した。
「トリスタンを追い出したのか?」
振り返ると、侍従見習いらしき少年が私に胡乱な眼差しを向けていた。こんな朝早く、庭師しか使わないような通用口に人が来るとは思わなかった。
「追い出してなんかいないわ、使いにだしただけよ」
ふん、と少年は私を睨んだ
「どうだかな、お前らメイド連中は最近トリスタンばっかり苛めてたじゃねえか。こんな通用口からなんて、どうせろくな使いじゃねえんだろ」
そういうと、私の襟に下がっているスカーフを引っ張って、廊下を歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、離してよ、苦しいじゃない!」
どうやらこの少年、私のことを侍女のひとりと勘違いしたようだ。まあ、私がこの家で顔を会わせる侍従って、おじいさまの侍従のほかにないのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
引っ張って行かれた先は使用人棟の端、暗い階段を降りた半地下にある倉庫だった。見習い侍従達の溜まり部屋のようにされているようだ。
「トリスタンをどこへやったんだよ」
突き飛ばされて強かに膝を打った。擦りむけたかな、ともおもうけれど、それより今はこの場を何とか切り抜けなくてはならない。
「だから、言ったでしょ?モンテッセリ洋裁店よ、市街の西のはずれの村にある、小さい洋裁店。そこへ、勉強に出したの!」
立ち上がろうとすると、今度は別の方から再びつき転ばされた。うす暗くてよくわからないけれど、どうやら仲間がいたようだ。
「……案外あたまが働くみたいだな。やっぱりレンブラントのやつが裏で糸をひいてんじゃねえか」
少年にしては少々低い声が、ぼそぼそと言った。
「兄さん、遠くにやって、その間に盗みの濡れ衣でも着せる気かもしれないぜ?」
兄さん、と言うことは、この二人は兄弟だろうか?あるいは、
「あなたたち、トリスの兄弟なの?」
考えてもみなかったけれど、トリスがここで働いているなら、兄弟もいるかもしれない。と、尋ねてみただけだったが、何故だか二人は急に笑いだした。
「おまえ、知らねえのか!まさかそんなやつがまだこの公爵邸にいたとはな…」
兄のほうが笑いがおさまったのか、ちょっとため息まじりに言った。
「俺たち侍従見習いだの、下働きだのはみんな、孤児院からレンブラントのやつに買われてきてんだよ。トリスタンもこいつも、同じ釜の飯食った仲間。お前は…いい服着てるもんな?あれか、どっかの金持ちの娘か。残念だったな、ここじゃたいしたことは勉強できないぜ?」
そういって私のことを睨み下ろした。
「ここじゃレンブラントが一番ふんぞり返ってる。次に偉いのはロレーヌって侍女。お貴族の娘なんだってさ。トリスタンを出掛けさせたのもそいつだろ?」
弟のほうが、奥にあった木箱をもってきて、私の前に座った。
「おれらは買われたときのカネと、毎日の飯だの制服代をレンブラントに返さないとここからでらんねえの」
なんてことなの、と私は呟いた。
衣装代だけでなく、人件費までレンブラントは横領していたのかもしれない。
しかし、私の呟きを誤解したらしい兄弟は、ふん、と鼻で笑った。
「……まあ、おまえらは2年もすればいいうちに嫁にいくんだから、我慢するんだな。俺たちよりはマシなんだ」
そう言うと、今度は腕を無理やり引っ張られて立たせられた。
「ほら、立てよ。レンブラントじいさんがメシに起きてくる時間だぜ?遅れればロレーヌに睨まれるんだろ」
そういって、部屋の外へと放り出される。すりむけた所はひりひり痛むし、多分右足は挫いてる。服はホコリだらけだし、今日はもう朝食には行けないわ…と、壁づたいに歩いていると、
「お嬢様、どうしてこんなところまで?」
一番、出会いたくないひとにであってしままった。
侍女のお仕着せではあるけれど、私の着ているワンピースなんかよりはずっと高価そうな身なりに、きちんと結われた髪。もしかしたら、トリスみたいな子達に結わせているのかもしれない。
そういえば、この子は王宮で働けるほどの家柄の出身なのだわ…
「ロレーヌ?」
名前を呼ばれて、あら、と侍女は目を吊り上げた。
「お嬢様に覚えて頂くほどのものではございません!」
勝手に名前なんか覚えんな、ってことか。間違いなく、あの誕生日の茶会の朝、私を転ばせた侍女だ。
この子が侍女の中では一番権力を持っているのは、貴族の娘だというだけでなく、白い肌、美しい金髪に緑の瞳の、可憐な見た目がレンブラントのお気に入りだからなんだろうか…気味がわるい。
私はゾッとして、何も言わずにまた壁づたいに歩き始めた。
「お嬢様のような高貴なかたが、汚い使用人棟に一体何の用です?なにか、お探しものでもございましたか!」
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目一杯の力で壁に投げつけられた…のに、何故かロレーヌがひっくり返った。
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