やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

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レイノルズの悪魔 社交界をあるく

公爵令嬢のデビュタント

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あの12歳の春、美しく着飾った女性達の間で、私は呆然としていた。
「レディ・レイノルズのエスコートはどうされたの?」
「クロード皇太子はクララベル家の令嬢とお話しているのを見ましたわ……レディはあまり…ねぇ?」
囁きあう声は小さかったけれど、私に届くには充分だった。私はこのときのために町からおじいさまが雇ってきた仕立屋が誂えた、真っ赤な薔薇のかたちで大きくひらいている衿の、胸元がずり落ちないよう、手でおさえながら、おじいさまを探していた……まだ写真も撮っていなかったし、主宰である王妃殿下への挨拶もまだだったけれど、エスコートなしではどちらも参加できない。足に合わない高いヒールは酷い靴擦れになっていたし、広い会場をあてどなくさ迷った為に疲れきっていて、兎に角一刻も早く、かえりたかった。

さまよい歩くうち、奥まった場所にしつらえられたテラスから、若い人たちの笑いあう声が一際華やかに響いてきた。ふと見れば、クロード様がこちらをみていた。ふらふらとちかづいてゆくと、誰かがレイノルズ令嬢、と口にしたのが聞こえて、柱の陰へ隠れた。
「今日はまた、ものすごい迫力でしたわね殿下」
「ああ、印象的な赤いドレスだったね」
クロード様が頷くと、他の若い貴族が笑った。
「デビュタントは普通、ピンクや白と決まっていますのに。どうして侍女や家庭教師は止めなかったのかしら?」
その声は美しい鈴のようで、ああ、レミだわとおもう。その無知はひどく残酷だ。
「目立ちたい一心だろう。緋色の薔薇は皇太子の花だからな、自分が皇太子妃だってことを認めさせるのに必死なのさ」
どこかの子息が言うと、まあ、とレミは驚いたようだった。
「公爵さまの身分でも、そんな風におもうことがありますのね。…恋は盲目と申しますものね」
「レミ、それでは僕を好いてはいけないみたいじゃないか?」
クロード様の落ち着いた声音が、少しだけ悲しげにきこえた。
「あら、ちがいますの、その、うまくいえませんけれど、クロード様はとっても素敵なかたですもの、ああ、ごめんなさい!」
謝るレミの周りに、若い人たちは集まり、笑い声をあげた。優しくて暖かい笑い声だ。
「冗談だよレミ、公爵令嬢でなくとも、僕は心のきれいなひとなら、誰でも歓迎だ」
そう言うと、他の誰かが『公爵令嬢でなければ、だろ?』と混ぜかえし、またひとしきり笑いがおきたけれど、それは冷ややかで、皮肉にみちた笑い声だった。
「レミ、母上に挨拶に行くのだけど、君も行くだろう?エスコートさせてくれないかな?」
クロード様がレミの手をとって話す。
「ええ、お願いします」
二人が微笑み、こちらへと歩いてくるのが見えた。
私は慌ててその場を離れ、とにかく別の場所へと急いだ。
「レミ・クララベル…私に恥をかかせたことを…後悔させてやるわ…」
服とおなじほど赤く塗られた唇を咬んでいるのを隠すために、口元を黒檀と黒紫のレースでできた扇で隠すと、強い香水の匂いに目眩がした。



『春の夜会』は、社交界に令嬢がデビューするはじめの夜会でもある。騎士階級以上の家の子息令嬢であれば、学園都市などに留学している子息を除いて、12歳の春には必ず招待状が届き、王妃殿下へ挨拶にあがることになっている。
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