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レイノルズの悪魔 社交界をあるく
準備はぬかりなく
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「練絹はこれだけ?レースは天竹綿と国産の真綿?糸は?絹には絹と言ったでしょ、誰よ…いい加減な仕事しないで!」
トリスが怒鳴る声が隣室である私の部屋まで響いてきた。衣装係としては仕事熱心でいいけど、侍女としてはまだまだね。
今年、私は12の春を迎える。トリスは16になり、侍女兼衣装部屋の係として3人の見習い侍女たちの先輩になった。
おじいさまに頼んで、彼女たちは使用人棟でなくて衣装部屋の隣に作られた小さな部屋へ暮らしている。表向きは体の強くない私に配慮して、必ずだれかすぐに駆けつけられるようにと。
けど、これ以上レンブラントの悪影響が広がらないように、というのが本音だ。ロレーヌの二の舞は困るものね。
小柄な少女が、おずおずと衣装部屋からでてきて、私の方へ頭をさげた。
「出かける時間ね?ついてきて頂戴」
私が鏡台から立ち上がるのを手助けして、少女は着いてくる。準爵位をもつ家の令嬢だと言うこの少女が主の扉を使うことはなく、部屋の扉をあけると一旦衣装部屋へかけ戻っていった。
「走らない!」
また衣装部屋からトリスの声。あれではかわいそうだわ…あとで注意しないと。
階下への階段の途中で、レンブラントに会った。蛇のような目で私を見、避けるでもなく頭を下げもしない…まるで挨拶すべきなのは私のほうだと言わんばかりだ。
おじいさまは一年半ほど前から新しい家令を探しはじめたけれど、今のところあまり適役が見つかっていない。
レンブラントは相変わらずこの家を我が物顔で歩き回っている。
「おや、令嬢がたはどちらへお出かけですかな?」
「レンブラント、お嬢様へ話しかけないで頂戴…あなたはただの従僕よ」
トリスがピシャッというと、他の侍女がレンブラントと私の間へ入った。
「参りましょう」
私がトリスの肩をたたくと、侍女たちも動き出す。最後尾にいた先ほどの小柄な少女がレンブラントの前を通るときに『あかんべ』したような気がしたが、気のせいということにしておく。
「私に無礼をはたらいたことを後悔しますよ!姫君!」
なかなか大きな声で、レンブラントが叫んでいた。下品な使用人が多くて困るわ。
「部屋は全て鍵をかけて、私たちが帰るまでは出てないことよ?ここの使用人たちが何を言っても、けして信用しては駄目。とても危険ですよ」
トリスが三人に指示を出している間、馬車の椅子に座って庭の薔薇を眺めていた。
心配なのは分かるけど、あんまり口うるさいと聞いてもらえなくなっちゃうわ……
「お手洗いは衣装部屋にもあるけど、私の化粧室も使ってよくってよ?」
私が馬車から頭をだして言うと、侍女たちは甲高い歓声をあげた。そんなに喜ぶことなのかしら?
首をかしげていると、
「あの子たちも年頃の女の子だからねえ」
走り出した馬車のなかでトリスは笑った。
「お嬢さんの部屋は化粧室だけでも、よその貴族令嬢の寝室より豪華になってるはずよ」
へえ、そうなのね?と私は首をかしげた。
お母様のころからの調度品しかない化粧室だけど、ここのところトリスと侍女たちは掃除をして、新しいリネンに交換したり、化粧品を買い換えたり、花を飾ったり忙しそうだった。
「お嬢さんはなんにももってないからね…もう何年かしたら王城へ行っちゃうけど、今のうちに公爵令嬢の部屋らしくしておかないと、ね」
ちょっとさみしそうなトリスに、わたしは大丈夫よと笑いかけた。
「私がすぐお嫁に出るとは限らないし、おじいさまもじき相続人を決めるはず。そうしたらうちにも立派な貴婦人や令嬢が大勢くるわよ。あなたももっともっと忙しくなるわ。そうおもうでしょ?」
おじいさまが私をお嫁にだしたあと、公爵家をどうするつもりなのか、私には想像もつかなかったのだけれど、希望的な観測でトリスをはげました。王城へは貴族か騎士階級である準貴族しか出入りできないのだから、トリスはつれてはいけない。仕方のないはなしだ。
「やだなあ、あたしはどこでも食っていけるからさ、お嬢さんはお嬢さんの心配をしなよね?あたしがちょっと一緒にいないといっつも何か事件にまきこまれるんだからね」
それは、まあ否めない。レンブラントさえいなければいいのかとおもいきや、馬盗人に誘拐されるだなんて。悪運としかいいようがないし。かといって、そんなことに頷くわけにもいかず、
「あら、でもそのおかげで子爵さまにお会い出来たのだから私は平気だわ」
私はわざとらしく声をはねあげて両手をくんで口元へ持っていった。
「まったく、皆は死ぬほど心配してたんですからね、それなのに…」
トリスはため息をついて、馬車の背もたれへ体をうずめ、ブーツをはいた足を私の座る側のクッションへ載せてくる。……ぺちっと叩いてやったけど、戻す気配もない。
まったく、屋敷のトリスの後輩たちに見せてやりたい態度だわ…。
ため息をついて、わたしは馬車から見える景色へと目を移した。
トリスが怒鳴る声が隣室である私の部屋まで響いてきた。衣装係としては仕事熱心でいいけど、侍女としてはまだまだね。
今年、私は12の春を迎える。トリスは16になり、侍女兼衣装部屋の係として3人の見習い侍女たちの先輩になった。
おじいさまに頼んで、彼女たちは使用人棟でなくて衣装部屋の隣に作られた小さな部屋へ暮らしている。表向きは体の強くない私に配慮して、必ずだれかすぐに駆けつけられるようにと。
けど、これ以上レンブラントの悪影響が広がらないように、というのが本音だ。ロレーヌの二の舞は困るものね。
小柄な少女が、おずおずと衣装部屋からでてきて、私の方へ頭をさげた。
「出かける時間ね?ついてきて頂戴」
私が鏡台から立ち上がるのを手助けして、少女は着いてくる。準爵位をもつ家の令嬢だと言うこの少女が主の扉を使うことはなく、部屋の扉をあけると一旦衣装部屋へかけ戻っていった。
「走らない!」
また衣装部屋からトリスの声。あれではかわいそうだわ…あとで注意しないと。
階下への階段の途中で、レンブラントに会った。蛇のような目で私を見、避けるでもなく頭を下げもしない…まるで挨拶すべきなのは私のほうだと言わんばかりだ。
おじいさまは一年半ほど前から新しい家令を探しはじめたけれど、今のところあまり適役が見つかっていない。
レンブラントは相変わらずこの家を我が物顔で歩き回っている。
「おや、令嬢がたはどちらへお出かけですかな?」
「レンブラント、お嬢様へ話しかけないで頂戴…あなたはただの従僕よ」
トリスがピシャッというと、他の侍女がレンブラントと私の間へ入った。
「参りましょう」
私がトリスの肩をたたくと、侍女たちも動き出す。最後尾にいた先ほどの小柄な少女がレンブラントの前を通るときに『あかんべ』したような気がしたが、気のせいということにしておく。
「私に無礼をはたらいたことを後悔しますよ!姫君!」
なかなか大きな声で、レンブラントが叫んでいた。下品な使用人が多くて困るわ。
「部屋は全て鍵をかけて、私たちが帰るまでは出てないことよ?ここの使用人たちが何を言っても、けして信用しては駄目。とても危険ですよ」
トリスが三人に指示を出している間、馬車の椅子に座って庭の薔薇を眺めていた。
心配なのは分かるけど、あんまり口うるさいと聞いてもらえなくなっちゃうわ……
「お手洗いは衣装部屋にもあるけど、私の化粧室も使ってよくってよ?」
私が馬車から頭をだして言うと、侍女たちは甲高い歓声をあげた。そんなに喜ぶことなのかしら?
首をかしげていると、
「あの子たちも年頃の女の子だからねえ」
走り出した馬車のなかでトリスは笑った。
「お嬢さんの部屋は化粧室だけでも、よその貴族令嬢の寝室より豪華になってるはずよ」
へえ、そうなのね?と私は首をかしげた。
お母様のころからの調度品しかない化粧室だけど、ここのところトリスと侍女たちは掃除をして、新しいリネンに交換したり、化粧品を買い換えたり、花を飾ったり忙しそうだった。
「お嬢さんはなんにももってないからね…もう何年かしたら王城へ行っちゃうけど、今のうちに公爵令嬢の部屋らしくしておかないと、ね」
ちょっとさみしそうなトリスに、わたしは大丈夫よと笑いかけた。
「私がすぐお嫁に出るとは限らないし、おじいさまもじき相続人を決めるはず。そうしたらうちにも立派な貴婦人や令嬢が大勢くるわよ。あなたももっともっと忙しくなるわ。そうおもうでしょ?」
おじいさまが私をお嫁にだしたあと、公爵家をどうするつもりなのか、私には想像もつかなかったのだけれど、希望的な観測でトリスをはげました。王城へは貴族か騎士階級である準貴族しか出入りできないのだから、トリスはつれてはいけない。仕方のないはなしだ。
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それは、まあ否めない。レンブラントさえいなければいいのかとおもいきや、馬盗人に誘拐されるだなんて。悪運としかいいようがないし。かといって、そんなことに頷くわけにもいかず、
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「まったく、皆は死ぬほど心配してたんですからね、それなのに…」
トリスはため息をついて、馬車の背もたれへ体をうずめ、ブーツをはいた足を私の座る側のクッションへ載せてくる。……ぺちっと叩いてやったけど、戻す気配もない。
まったく、屋敷のトリスの後輩たちに見せてやりたい態度だわ…。
ため息をついて、わたしは馬車から見える景色へと目を移した。
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