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レイノルズの悪魔 社交界をあるく
麗しき夜
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ランプや蝋燭で煌々と明るい大広間と、それに繋がる開け放たれたボウルルームや遊戯室、奥まってあるのはバーと喫煙室で、カーテンのさがった向こうはベランダやテラス。中庭に降りる大扉も開いている。
春の花々は温室から運ばれたものだろう、胡蝶蘭やユリ、小手毬や時期には早いはずの色とりどりのハイドランジアまである。
美しい花を見て歩いていると、困ったようにオックスに肩を叩かれた。
「少し、座ってもいいか?慣れない靴で、足が……」
言われてはじめて、自分がもう小一時間もうろうろと会場を歩き回っていることに気づいた。
前のときは、あんなに長く感じていたのに、躍りもせず飲んだり食べたりもせずに、随分楽しんでしまった。
「ごめんなさい」
「いや、俺も何も言わなかったからな。随分と楽しそうだったから、ついついて回ってしまった」
オックスは椅子に下品にならない程度に深くかけ、手にした飲み物を傾ける。
「いつもはどこも閉まっていて、もっとしかめつらしいの。今日はお花もあるし、きらきらしていて…つい」
なんだか子供みたいな言動だわ。恥ずかしくなって、わたしも飲み物に口をつけた。
「…これ、お酒なのね」
私が言うと、オックスはそれをさっと取り上げ、立ち上がった。
「交換してこよう、待っていろ」
私が頷くのを確認して、オックスはバーカウンターのほうへ歩いていった。
この国ではお酒は特に禁じられていない。まあ今は機会がないのもあって飲んだことはないけれど、以前はそこそこに飲んでいたし、誰にも禁じられてはいなかった。
こんな風にお酒を取り上げられたことなんてなかったから、ちょっと戸惑う。
朝といい、なんというか、お父さまが生きていらしたらあんな風かしら、とオックスが去った方を見ていると、横に誰かが長椅子が揺れるほどの勢いですわった。
「クロード皇太子。ごきげん…」
「いい訳がない、君はいないし、よその女の子とばかりご挨拶、ご挨拶」
はーあ、とため息をついて持っていた飲み物を飲み干す。ふん、と眉を寄せ、腕を組んで
「子爵はどうした、君を一人にするなんてエスコーター失格じゃないのか」
あなたがそれをいうのね、とも思うけれど、クロード少年はそんな覚えなんてないのだから仕方ない。
「わたくしが受け取った飲み物がお酒でしたの。それで、取り替えて下さるそうなのです」
へえ、とクロード少年は片頬を引き上げた。
「随分大事にされてるんだね、それで君はおとなしーく、ここで?」
さっきから皮肉っぽいな、と思う。本人が言う通り、機嫌はあまりよくないのかしら。居心地わるくおもいながら、愛想笑いをうかべた。
「お父様がいらしたら、あんな感じかしらと思っていましたの」
その時のクロード少年の表情といったら、ちょっと笑ってしまう。はとが豆鉄砲っていうのは、こういうのなのね。
しばらくその表情だったのち、周りがぎょっとするくらいの大声で笑いだした。
「きみ、子爵のこと、幾つだとおもってるのさ!」
皇太子が大口あけて笑っている、しかも、婚約者の前で。目立つ…目立っている…
「24でしょう?クロードさま、お声をおさえてくださいませ…」
もう私が何を言っても笑えてしまうようで、右手で私の肩を抱いて、左手は脇腹を押さえたまま涙まで出している。
そこへ、オックスが戻ってきた。
「殿下、フレドリク・クララベル子爵ですわ」
何とか呼吸を整えたクロード少年を促して立ち上がった。
「やあ、婚約者が世話になっているね」
流石というか、クロード少年は何事もなかったかのように手を差し出した。
「クララベル男爵家の類縁だとか?」
「はい、殿下」
握手をしたのちは、オックスは言葉少なく頭を下げている。領地を持たない、いわば名ばかりの田舎貴族と皇太子なんて、普通ほとんど顔をあわせることはないのだ。
「……アイリスが、君を父親のように慕っているそうだよ」
満面の笑みだ。なんなのかしら、これ。さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったの?
「光栄なことで…しかし殿下、俺は…いえ、わたくしは」
「24と聞いた、大人びているな、君は」
とても年下とは思えない言い方で、オックスの言葉を遮って、クロード少年は勝ち誇ったようにわらって、
「では我々は母上にご挨拶がある。ラストダンスまで約束しているから、帰りは私が送り届けるよ。ご苦労だった」
私の手をひき、歩きだす…この全然他人の話を聞いてない感じ、まったく変わってない!!
「ちょっ、と…オッ…『おじ様』!!!」
しくじった。いくら老けて見えてもそれはない。つい、オックスと言いそうになって、変なごまかし方してしまった。
オックスは目を見開いていたけれど、ちょっと天を仰いでからため息をついて
「お嬢ちゃん、大丈夫、頑張って」
話をあわせてくれたようだ。変な励ましをもらって、赤くなりながらクロード少年に引きずられて謁見の間へと入って行った。
春の花々は温室から運ばれたものだろう、胡蝶蘭やユリ、小手毬や時期には早いはずの色とりどりのハイドランジアまである。
美しい花を見て歩いていると、困ったようにオックスに肩を叩かれた。
「少し、座ってもいいか?慣れない靴で、足が……」
言われてはじめて、自分がもう小一時間もうろうろと会場を歩き回っていることに気づいた。
前のときは、あんなに長く感じていたのに、躍りもせず飲んだり食べたりもせずに、随分楽しんでしまった。
「ごめんなさい」
「いや、俺も何も言わなかったからな。随分と楽しそうだったから、ついついて回ってしまった」
オックスは椅子に下品にならない程度に深くかけ、手にした飲み物を傾ける。
「いつもはどこも閉まっていて、もっとしかめつらしいの。今日はお花もあるし、きらきらしていて…つい」
なんだか子供みたいな言動だわ。恥ずかしくなって、わたしも飲み物に口をつけた。
「…これ、お酒なのね」
私が言うと、オックスはそれをさっと取り上げ、立ち上がった。
「交換してこよう、待っていろ」
私が頷くのを確認して、オックスはバーカウンターのほうへ歩いていった。
この国ではお酒は特に禁じられていない。まあ今は機会がないのもあって飲んだことはないけれど、以前はそこそこに飲んでいたし、誰にも禁じられてはいなかった。
こんな風にお酒を取り上げられたことなんてなかったから、ちょっと戸惑う。
朝といい、なんというか、お父さまが生きていらしたらあんな風かしら、とオックスが去った方を見ていると、横に誰かが長椅子が揺れるほどの勢いですわった。
「クロード皇太子。ごきげん…」
「いい訳がない、君はいないし、よその女の子とばかりご挨拶、ご挨拶」
はーあ、とため息をついて持っていた飲み物を飲み干す。ふん、と眉を寄せ、腕を組んで
「子爵はどうした、君を一人にするなんてエスコーター失格じゃないのか」
あなたがそれをいうのね、とも思うけれど、クロード少年はそんな覚えなんてないのだから仕方ない。
「わたくしが受け取った飲み物がお酒でしたの。それで、取り替えて下さるそうなのです」
へえ、とクロード少年は片頬を引き上げた。
「随分大事にされてるんだね、それで君はおとなしーく、ここで?」
さっきから皮肉っぽいな、と思う。本人が言う通り、機嫌はあまりよくないのかしら。居心地わるくおもいながら、愛想笑いをうかべた。
「お父様がいらしたら、あんな感じかしらと思っていましたの」
その時のクロード少年の表情といったら、ちょっと笑ってしまう。はとが豆鉄砲っていうのは、こういうのなのね。
しばらくその表情だったのち、周りがぎょっとするくらいの大声で笑いだした。
「きみ、子爵のこと、幾つだとおもってるのさ!」
皇太子が大口あけて笑っている、しかも、婚約者の前で。目立つ…目立っている…
「24でしょう?クロードさま、お声をおさえてくださいませ…」
もう私が何を言っても笑えてしまうようで、右手で私の肩を抱いて、左手は脇腹を押さえたまま涙まで出している。
そこへ、オックスが戻ってきた。
「殿下、フレドリク・クララベル子爵ですわ」
何とか呼吸を整えたクロード少年を促して立ち上がった。
「やあ、婚約者が世話になっているね」
流石というか、クロード少年は何事もなかったかのように手を差し出した。
「クララベル男爵家の類縁だとか?」
「はい、殿下」
握手をしたのちは、オックスは言葉少なく頭を下げている。領地を持たない、いわば名ばかりの田舎貴族と皇太子なんて、普通ほとんど顔をあわせることはないのだ。
「……アイリスが、君を父親のように慕っているそうだよ」
満面の笑みだ。なんなのかしら、これ。さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったの?
「光栄なことで…しかし殿下、俺は…いえ、わたくしは」
「24と聞いた、大人びているな、君は」
とても年下とは思えない言い方で、オックスの言葉を遮って、クロード少年は勝ち誇ったようにわらって、
「では我々は母上にご挨拶がある。ラストダンスまで約束しているから、帰りは私が送り届けるよ。ご苦労だった」
私の手をひき、歩きだす…この全然他人の話を聞いてない感じ、まったく変わってない!!
「ちょっ、と…オッ…『おじ様』!!!」
しくじった。いくら老けて見えてもそれはない。つい、オックスと言いそうになって、変なごまかし方してしまった。
オックスは目を見開いていたけれど、ちょっと天を仰いでからため息をついて
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