やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

文字の大きさ
28 / 60
レイノルズの悪魔 社交界をあるく

麗しき夜

しおりを挟む
ランプや蝋燭で煌々と明るい大広間と、それに繋がる開け放たれたボウルルームや遊戯室、奥まってあるのはバーと喫煙室で、カーテンのさがった向こうはベランダやテラス。中庭に降りる大扉も開いている。
春の花々は温室から運ばれたものだろう、胡蝶蘭やユリ、小手毬や時期には早いはずの色とりどりのハイドランジアまである。
美しい花を見て歩いていると、困ったようにオックスに肩を叩かれた。
「少し、座ってもいいか?慣れない靴で、足が……」
言われてはじめて、自分がもう小一時間もうろうろと会場を歩き回っていることに気づいた。
前のときは、あんなに長く感じていたのに、躍りもせず飲んだり食べたりもせずに、随分楽しんでしまった。
「ごめんなさい」
「いや、俺も何も言わなかったからな。随分と楽しそうだったから、ついついて回ってしまった」
オックスは椅子に下品にならない程度に深くかけ、手にした飲み物を傾ける。
「いつもはどこも閉まっていて、もっとしかめつらしいの。今日はお花もあるし、きらきらしていて…つい」
なんだか子供みたいな言動だわ。恥ずかしくなって、わたしも飲み物に口をつけた。
「…これ、お酒なのね」
私が言うと、オックスはそれをさっと取り上げ、立ち上がった。
「交換してこよう、待っていろ」
私が頷くのを確認して、オックスはバーカウンターのほうへ歩いていった。
この国ではお酒は特に禁じられていない。まあ今は機会がないのもあって飲んだことはないけれど、以前はそこそこに飲んでいたし、誰にも禁じられてはいなかった。
こんな風にお酒を取り上げられたことなんてなかったから、ちょっと戸惑う。
朝といい、なんというか、お父さまが生きていらしたらあんな風かしら、とオックスが去った方を見ていると、横に誰かが長椅子が揺れるほどの勢いですわった。

「クロード皇太子。ごきげん…」
「いい訳がない、君はいないし、よその女の子とばかりご挨拶、ご挨拶」
はーあ、とため息をついて持っていた飲み物を飲み干す。ふん、と眉を寄せ、腕を組んで
「子爵はどうした、君を一人にするなんてエスコーター失格じゃないのか」
あなたがそれをいうのね、とも思うけれど、クロード少年はそんな覚えなんてないのだから仕方ない。
「わたくしが受け取った飲み物がお酒でしたの。それで、取り替えて下さるそうなのです」
へえ、とクロード少年は片頬を引き上げた。
「随分大事にされてるんだね、それで君はおとなしーく、ここで?」
さっきから皮肉っぽいな、と思う。本人が言う通り、機嫌はあまりよくないのかしら。居心地わるくおもいながら、愛想笑いをうかべた。

「お父様がいらしたら、あんな感じかしらと思っていましたの」
その時のクロード少年の表情といったら、ちょっと笑ってしまう。はとが豆鉄砲っていうのは、こういうのなのね。
しばらくその表情だったのち、周りがぎょっとするくらいの大声で笑いだした。
「きみ、子爵のこと、幾つだとおもってるのさ!」
皇太子が大口あけて笑っている、しかも、婚約者の前で。目立つ…目立っている…
「24でしょう?クロードさま、お声をおさえてくださいませ…」
もう私が何を言っても笑えてしまうようで、右手で私の肩を抱いて、左手は脇腹を押さえたまま涙まで出している。
そこへ、オックスが戻ってきた。
「殿下、フレドリク・クララベル子爵ですわ」
何とか呼吸を整えたクロード少年を促して立ち上がった。
「やあ、婚約者が世話になっているね」
流石というか、クロード少年は何事もなかったかのように手を差し出した。
「クララベル男爵家の類縁だとか?」
「はい、殿下」
握手をしたのちは、オックスは言葉少なく頭を下げている。領地を持たない、いわば名ばかりの田舎貴族と皇太子なんて、普通ほとんど顔をあわせることはないのだ。
「……アイリスが、君を父親のように慕っているそうだよ」
満面の笑みだ。なんなのかしら、これ。さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったの?
「光栄なことで…しかし殿下、俺は…いえ、わたくしは」
「24と聞いた、大人びているな、君は」
とても年下とは思えない言い方で、オックスの言葉を遮って、クロード少年は勝ち誇ったようにわらって、
「では我々は母上にご挨拶がある。ラストダンスまで約束しているから、帰りは私が送り届けるよ。ご苦労だった」
私の手をひき、歩きだす…この全然他人の話を聞いてない感じ、まったく変わってない!!

「ちょっ、と…オッ…『おじ様』!!!」
しくじった。いくら老けて見えてもそれはない。つい、オックスと言いそうになって、変なごまかし方してしまった。
オックスは目を見開いていたけれど、ちょっと天を仰いでからため息をついて
「お嬢ちゃん、大丈夫、頑張って」
話をあわせてくれたようだ。変な励ましをもらって、赤くなりながらクロード少年に引きずられて謁見の間へと入って行った。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...