上 下
2 / 44
入学編

第1話 〈最下位〉の男

しおりを挟む
 ――春風がそよぎ、まだ肌寒さが残る頃。



『ラザフォード魔術学院』──この学院を見上げている1人の少年がいた。



 少年の名は、アルヴィス・レインズワース。



 4月からこのラザフォード魔術学院に入学をする学生である。



「デッケェェェ……」



 ラザフォード魔術学院──世界でも有数な魔法師を志す少年少女が集う最高学府。



 眼前にそびえるは、バロック様式を思わせる豪華絢爛な城壁。城壁すら装飾品扱いなのか、とても外敵から防いでくれる役割の為にそびえ立っているようには見えなかった。だがこの学院自体が王都の中心に建っているため、外敵からは王都をぐるりと囲む城壁が担っている。つまり、初めからこの煌びやかな装飾品だらけの城壁は、学院を護ろうなどとは考えた造りではないのだ。



 城壁奥を覗くように見上げると、棟の天辺なのか6つの円錐対の屋根だけが確認できる。何百メートルも離れた距離だというのに屋根が見えるということは、各棟すべてが相当な高さを誇っているはずだ。



 数十メートルある橋の先で、迎え入れるように開く正門は鋼鉄製の2枚扉だ。



 控え目に見ても圧倒的な佇まい。アルヴィスには城にしか見えず、とてもこれが学院だとは思えなかった。



 佇むアルヴィスは、今まさに橋を通ろうとすると。



 ──ガラガラガラガラッ。



 騒がしく鳴る車輪の音と、続いて聞こえる馬の鳴き声。



「うわッと――!」



 アルヴィスは後ろから来る馬車を慌てて避け、道を空けた。



 次々と扉を通る馬車の行列。アルヴィスは呆然とその場に立ち尽くす。



「これが全部貴族様ってんだから、嫌になるぜ」



 アルヴィスは自身との身分の違いに溜息を吐きつつ、最後の馬車が通り過ぎるのを見送る。



「よし、行くか」



 最後の馬車が通過すると、いよいよアルヴィスも橋を渡り扉を通る。途中、橋下を覗いてみると、深さ10メートルはある堀となっていた。そこには鯉のような魚が泳ぎ、学院の豪華さに貢献していた。



 敷地内へと入ると、そこには視界いっぱいに広がる人の群れが。



「多すぎるだろ、おい……」



 正門を通ったすぐの芝生が綺麗に整えられているスペースには、先程の馬車で来た貴族らしき身なりの少年や、アルヴィス同様歩いてやってきた平民の少女達が集まっていた。



 その数、ざっと見て1000人はいるだろう。



 アルヴィスは集まった人数に圧倒されつつも、矢印で指示を出されている入学式会場へと向かった。



 会場は大広間になっており、中は堅苦しい式ではなく、立食パーティーの様な形式で準備がされていた。



 何十卓もの丸テーブルが並べられ、その上には様々な料理が鎮座している。大広間の一角にはステージもあり、どうやらそこで司会進行を行うみたいだ。



 式も始まり、内容も進み学院長のあいさつが終わると、いよいよ新入生の寮発表となった。



「1寮か。上位成績者だからだったりして」



 アルヴィスはニヤニヤと1人怪しく笑っていると、各寮の担任紹介も終わっており、寮に案内されるところだった。



 この寮というのは全部で5棟ある。そして入学式を行っているこの講義棟が各寮の中心に位置し、外から眺めた時に見えた6つの屋根というのがこの各棟のものだったのだ。



「おっと、危ない危ないっ」



 アルヴィスはあわてて1寮の列に交ざり、付いて行く。













「ここが君たちが寝食をともにする寮だ。──先程も紹介があったが、私がこの寮の担任のアンヴィエッタだ。ちなみに担当は魔法物理学だ。私の講義はオススメだぞ? 通年で8単位も進呈してやる。まぁ理解をしていれば、だがな」



 そう言う彼女は教官用の制服の上に白衣を纏い、眼鏡を掛けている。



 その眼鏡の奥に覗く双眸は赤く、髪と同じ色をしていた。



 見た目は美人なのだがどこか冷たい、そう思わせる雰囲気の女性だ。



 アンヴィエッタの説明では、この寮には1寮の全6学年の生徒がいて、食事はこの寮にある食堂で全学年が食べるらしい。



 上級生になるにつれ階が上がり、つまり、新入生は食堂などの施設がある1階を除く2階からだそうだ。



 部屋番号が記されている鍵を渡され、今日中にせめて寮内を把握しておけ、と言われ解散となった。



 アルヴィスは鍵に記された番号と同じ部屋を見つけ、鍵を開け中に入る。



 室内は貴族も住まうだけあって何十畳もある洋室のワンルームで、アルヴィスには身に余るほどだ。



 1人1部屋なのになぜかベッドは2台もあり、どちらもキングサイズ。家具家電も一流品の物ばかりが揃えられている。まるで自身も貴族になったような気分を味わう。



「うわっ、ふっかふか」



 アルヴィスはベッドに腰掛け、持ってきた荷物の整理を始めた。



 整理といっても、持ってきたものは大きめなリュック1つに入る程度の量で、すぐに終わる。整理が終わると、クローゼットに掛けられている制服に着替え部屋を出た。



「腹も減ったし、まずは食堂だよな」



 アルヴィスは1階にある食堂に辿り着くと、バイキング形式の様に全てセルフとなっている料理を適当に皿に盛り付け、空いている席を見つけると、少し遅い昼食を食べ始めた。



 食堂内にはすでに何人もの生徒が食事をしており、新入生だけではなく、上級生も楽しく会話を弾ませながら食べている。



 上級生の後ろにはちらほらと「サーヴァント」の姿がある。一緒に食事をしている人もいれば、待機させている人もいる。



 サーヴァントとは、「使い魔」や「奴隷」など様々な下部のことを総称した呼び方だ。動物や機械仕掛けの人形の様なものまでいる。



「そう言えば俺、まだサーヴァントと契約したことないんだよな……」



 アルヴィスは上級生のサーヴァントを羨ましがりつつも、しっかりと腹ごしらえを済ませ、食堂をあとにした。



「なんだあの建物」



 寮から入学式会場でもあった講義棟に向かう途中、1寮専用の演習場を見かけ、立ち寄ってみることにした。



 演習場はコロシアム風になっており、屋根はない。交戦フィールドは石畳ではなくただの土で、周りをコンクリートの塀に囲まれていた。観客席は段々になっていて、後ろにいくほど高さがある。



 観客席には数人の生徒が観戦しており、フィールドでは上級生がサーヴァントを駆使して闘っていた。



 サーヴァントは鎧を纏った騎士と、如何にもゴーレムといった風貌の巨人だ。



「すげぇー……」



(俺も早く戦いてぇッー!)



 アルヴィスはふつふつと沸き上がる気持ちを抑え、演習場を出た。



 暫く歩き目的の大講堂に着くと、中は寮の何倍の広さもあり、廊下でウロウロと迷っているところに、突然声を掛けられた。



「そこでなにをしているんだ?」



 アルヴィスは悪いことをしているわけでもないのに、肩をびくりと震わせ声のする背後へ振り向いた。



「なんだ、アンヴィエッタ先生か」



「なんだとは失礼な奴だ。君はたしかうちの寮だったな」



「アルヴィス・レインズワースだ」



「レインズワース? あぁ、君の名前は知っていたが、まさかうちの寮だったとはな」



 アルヴィスは、アンヴィエッタが名前を知っていたことを誇らしく思ったのか、少し胸を張り言った。



「へぇー、なんで俺のことを?」



「君が学院創設以来の最低点で、入学をした生徒だからだよ」



 アンヴィエッタは嘲笑するかのように言った。



「最低点……最下位!? この俺がっ!?」



「何をそんなに驚いているんだ? 筆記も実技も学歴も家柄も並以下の君が、よくこの学院に入学できたものだよ。逆に私はそこに驚くがね」



 嘲笑するかのように、ではなく今度は嘲笑して言った。



「──だが」



 アルヴィスが段々と怒りが込み上げわなわなと拳を震わせていると、アンヴィエッタは付け足すように言う。



「魔力量だけなら学年1位だ」



(全学年でもトップクラスだがな)



「えっ──」



「精々留年しないようがんばることだな、〈最下位ワーストワン〉」



 皮肉めいた笑みを残し、アンヴィエッタは廊下の向こうへ消えて行った。



「〈最下位〉……って、俺のことか!?」



 後に残されたアルヴィスの声が、廊下に悲しく木霊した。
しおりを挟む

処理中です...