さるぼぼ

あらんすみし

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さるぼぼ

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「ジャジャーン!」
野上佳奈子の鼻先に、恋人の植松徹也はぬいぐるみを差し出した。
「何これ?変なぬいぐるみ。」
そのぬいぐるみは、黒い頭巾を被った、まるで金太郎がするような前掛けをした、顔の無いぬいぐるみだった。
「さるぼぼだよ~。かわいいだろ?恋愛運が上がるように、ピンク色を買ってきたよ。」
徹也は満面の笑みで、佳奈子の反応を楽しみに待っている。
「あ…ありがとう。変な…あ、ううん、変わったぬいぐるみだね。何で顔が無いのかしら?」
佳奈子はぬいぐるみの、のっぺらぼうの顔をしげしげと見て言った。
「いい質問だ。それはね、顔は見た人の想像で決まるんだよ。人によって笑顔に見えたり、怒って見えたり、泣いて見えたり。佳奈子には、どんな顔に見える?」
うんちくを披露して、徹也はなおも満足げにしている。
「そうね…やっぱり笑っている顔かな?」
困った佳奈子は、苦し紛れに答えた。
「やっぱり?そうだと思った。俺たち、やっぱり相性いいみたいだな。」
徹也は佳奈子の答えに満足げに微笑んだ。

それから半年後、佳奈子は親友の瞳に大事な話があると言われて、飲みに行くことになった。
賑わう居酒屋の店内。
しかし、瞳の表情は浮かない。
「わたし、ハイボールにしようかな。瞳は何にする?」
「私、オレンジジュース。」
佳奈子になんとか聞き取れるようなか細い声で、瞳は答えた。
「どうしたの?いつも生ビール派の瞳がジュースなんて?」
佳奈子は驚いた。
少し間を置いて、瞳は口を開いた。
「佳奈子、お願い!徹也君と別れて!」
瞳は深々と頭を下げ続ける。
「何?いったいどういうことなの?理由を教えて、瞳。」
佳奈子のその疑問に、瞳は一冊の手帳を差し出す。それは、母子手帳だった。
「私、徹也君の子供を妊娠してしまったの。佳奈子にはもちろん悪いことしてる、ってわかってる。でも、私もずっと徹也君のことが好きで、断りきれなかったの。そしたら赤ちゃんができちゃって、私、堕ろそうと思ったんだけど、どうしてもできなくて、私、やっぱり徹也君のことが大好きで、どうしても産みたいの。だから、佳奈子には本当に悪いと思ってるんだけど、徹也君と別れて欲しいの!」
そこまで瞳が言ったところで、佳奈子は瞳に水をかける。それは、反射的なものだった。
「いきなり何よ、この泥棒猫が!人の彼氏に手を出しておいて、子供ができたから別れて欲しいって、どのツラ下げて言ってるのよ!」
瞳はひたすら、ごめんなさいと繰り返すばかり。
業を煮やした佳奈子は、瞳をその場に置いて店を飛び出る。そしてタクシーに飛び乗り、徹也の部屋へと向かう。

佳奈子は、徹也の部屋の前に来ると、呼び鈴を怒りに任せて連打する。ドアが開くと、タンクトップにハーフパンツ姿の徹也が出てきた。
「なんだよ、こんな時間に。一回鳴らせばわかるって。」
佳奈子は徹也の言葉を無視して、徹也を押しのけて部屋にズカズカとあがりこむ。
「徹也、聞きたいことがあるんだけど。」
佳奈子の剣幕に押されて、徹也は恐る恐る腰を下ろした。
「徹也、瞳と浮気してるんですって?さっき瞳から聞いたわ。しかも子供までって、どういうことなのか説明して!」
佳奈子としては精一杯怒りを抑えて詰問した。
徹也は、ふっー、と鼻から大きく息を吹き、覚悟を決めた表情で切り出す。
「実は、一年くらい前からそういう関係になってしまって。俺はもちろん佳奈子のことがいちばん好きだよ。でも、あっちが本気になっちゃって。ごめん、ちゃんと別れるし、子供もちゃんと堕ろさせるからから。必ず何とかするから。」
徹也の顔にぬいぐるみが直撃する。佳奈子は手近の物を次から次へと徹也に向かって投げつける。
佳奈子の目から、大粒の涙が溢れて止まらない。佳奈子はそのまま、号泣しながら部屋を飛び出す。

佳奈子は自分の部屋に帰ると、そのままベッドに突っ伏して泣いた。
どれくらい泣いただろう。ふと顔を上げると、サイドテーブルの上に飾られている、瞳とのツーショット写真が目に入った。
佳奈子はその写真を手にして、真っ二つに引き裂く。
そしておもむろに引き裂いた写真を、さるぼぼの顔にピンで貼り付け、何度も腹を殴り、壁や床に叩きつける。
瞳なんか死んじゃえ!
心の中でそう繰り返しながら、何度も何度もさるぼぼを殴りつけた。

翌朝、佳奈子はけたたましく鳴るスマホの音で目を覚ます。
寝ぼけ眼で電話に出ると、どこの誰ともわからない男に、瞳が亡くなったと聞かされる。男は、刑事だった。

警察に出向いた佳奈子は、事情聴取に応じる。昨夜の居酒屋での一件を、聞き込みで知ったらしい。いわば、佳奈子は第一容疑者というわけだ。
「野上さん、昨夜の午前1時前後、どちらにいましたか?」
「部屋にいました。」
「それを誰か証明できる人はいませんか?」
刑事は、あきらかに佳奈子に疑いの目を向けているようだった。
「いません…。でも、私、何もやってません。本当です!」
「まぁ、我々もまさかあなたのような女性が、あんなことできるとは思えないのですよ。」
「あんな、と言いますと?」
刑事は、これから口にすることを言っていいものか迷っているようだったが、静かに話しを切り出した。
「彼女、脾臓破裂と全身の骨が砕けていたんですよ。犯人は、とても女性ではあり得ない。ましてや男でも難しい。もはや人間の力では無理としか言いようのない、とんでもない力で殺害されていたんですよ。」
刑事の言葉に、佳奈子は息をのんだ。
まさか、自分が呪い殺した?そんなバカな…。
「どうかしましたか?顔色が優れないですよ。」
「私…瞳を殺しちゃったのかも。」
「え?今、何とおっしゃいましたか?どういう意味ですか?」
刑事の顔色が、さっと変わり、目が鋭くなる。
「刑事さん、私、瞳を呪い殺したのかもしれません。」
佳奈子は刑事に言った。
「は?」
刑事の目から、鋭さが消えた。佳奈子は、昨日の出来事を事細かに話して聞かせた。瞳とのやりとり、徹也とのやりとり、そして、さるぼぼの顔に瞳の写真を留めて、激しく暴行したことを。
「なるほど、野上さん。それでは、あなたは彼女を呪い殺してしまったと、そう言うのですね。」
佳奈子は刑事の問いかけに、首を激しく縦に振りながら、真っ赤に瞼を腫れさせて何度も頷いた。
刑事達が部屋の隅で何やら囁きあっている。
「わかりました。どうやら野上さんはかなりショックを受けていらっしゃるようですね。お疲れのところ申し訳ありませんでした。今日のところは、お引き取りいただいて大丈夫です。」
佳奈子は取調室を出て、刑事に付き添われて警察署の外へ出た。そして、そこには佳奈子を心配して迎えに来た徹也の姿があった。
徹也は、憔悴しきった佳奈子を自分の部屋に招き入れ、コーヒーを淹れるために、ガスコンロにやかんを乗せて火をつけた。
「大丈夫か?」
徹也は佳奈子の隣に座って、優しく肩を引き寄せた。
「私、瞳を呪い殺したのかもしれない。」
佳奈子の目からは、とめどなく涙がこぼれ落ちる。
「そんなわけないじゃないか、呪いなんて、そんなことあるはずない。」
徹也は必死に佳奈子をなだめるが、佳奈子には少しも救いにならなかった。
「わたし、怖い。怖くて怖くてたまらない。徹也、私を許して。」
そう言って、佳奈子は徹也に抱きつく。
徹也も黙って佳奈子を抱き寄せる。
その時、佳奈子は徹也の後ろに、転がっているある物を見つける。
瞳の写真が貼られた、さるぼぼのぬいぐるみを。
「徹也…そのぬいぐるみは?」
徹也は、さるぼぼのぬいぐるみを拾い上げ、佳奈子の方を向き直った。
「言っただろ、必ず何とかするって。これで邪魔なあの女も、お腹の子供のことも解決したろ。佳奈子のことは、これからもずっと俺が守るから心配しなくていいよ。」
徹也は満面の笑みで佳奈子には語りかける。
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