不忘探偵4 〜純粋悪〜

あらんすみし

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慟哭の夜

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俺と小林は、長く伸びる廊下を龍昇の部屋へと向かって懸命に走った。
龍昇が死んだ?何かの間違いではないのか?
普段は通ることを許されない昇仁の部屋の前を突っ切り、龍昇の部屋の前に辿り着くと、部屋の前にはすでに多くの家族の者が集まって来ており、緊迫した空気を放っていた。
部屋のドアは開いており、中を覗くとそこには龍昇の小さな体を心臓マッサージをしている50前後の歳の男と、錯乱して龍昇の名前を呼びながら暴れている麻谷麗、そしてそんな彼女を必死に抑え宥めようとしている昇仁、心臓マッサージを受けている龍昇の傍には、ただ黙って直立している藤波綾香の姿を確認することができた。
やがて、龍昇のことを心臓マッサージしていた男の動きが止まった。
「申し訳ありません・・・10時32分、御臨終です」
男は腕時計で時間を確認すると、無慈悲な声で龍昇の臨終を告げた。
その瞬間、麻谷麗は声にならない絶叫をあげ、そのまま昇仁にもたれかかるようにして口をパクパクしている。
「麗!しっかりしろ!先生!」
「大丈夫です、落ち着いてください!ただの過呼吸です!」
そう言うと、先生と呼ばれた男は昇仁から麻谷麗の体を引き受けて、麻谷麗を前屈みにして座らせた。
そうすると、やがて麻谷麗は正常な呼吸を取り戻し、嗚咽を漏らして大きな声を上げて泣き出した。
「先生・・・龍昇は、何とかならんのですか?もう一度、心臓マッサージをしてくれませんか?」
「いえ、これ以上してもムダです。龍昇ちゃんはもう・・・」
先生と呼ばれた男は、そう言い淀んで俯いた。
「なんてことだ、クソッ!」
「龍昇ー!龍昇ー!」
麻谷麗の絶叫が、部屋の外にも響き渡る。
「はい、警察でーす。失礼しまーす」
小川が警察手帳を掲げながら先導して、俺たちは人垣を掻き分けて室内に入った。
小川の声を聞いて、その場に居合わせた全員がさわつき、互いに顔を見合わせていた。
「これよりこの部屋は現場保存のなめに封鎖します。申し訳ありませんが、先生以外の方は部屋から出てくださーい」
「警察だと?どういうことだ?おい!修二!」
昇仁は俺と小川が警察だと知り、激昂して修二の名を叫び呼び出した。昇仁に呼ばれて修二が部屋の入り口までおずおずと出て来て、部屋の中、というより昇仁の様子を窺う。
「すいません、お二人は実は仕事関係のお客様ではなく、僕の叔父で刑事の小川さんと、その友人の小林さんなんです」
「貴様、よくもそんな嘘を!わしを騙しておいて、このあとどうなるか分かっているのだろうな?」
「まぁまぁ烏丸さん、実際に彼の危惧していた事態になったわけですし、ここは私共にご協力いただけませんか?」
今にも修二に掴みかかりそうな昇仁の前に立ち、小川は彼を宥めようとした。
「クソッ。今は大目に見てやる。だが、ことと場合によってはどうなるか、今から覚悟しておくことだな」
そう吐き捨てると、昇仁はすっかり打ちひしがれて力無くなってしまった麻谷麗を抱き抱えるようにして、龍昇の部屋から出て行った。
「皆さん、後ほど事情聴取を行いますので集まっていただけますか?」
「それじゃあ、食堂に集まってもらいましょうか?」
小川の言葉に修二がその場にいた全員に提案した。
そして、誰が賛同したわけでもなく、全員が田所と修二の後に付いて部屋の前から食堂へ向かって行った。
「まさか、こんな所に警察の方がいらっしゃるとは、驚きましたね」
「失礼ですが、先生、はこの家の関係者とはどのようなお知り合いなのでしょうか?」
小川は男に向かって質問した。 
「あっ、これは失礼いたしました。私はこの家で昇仁様の主治医を務めております、永瀬ながせ豊寿とよひさという者です」
「そうでしたか。私は警視庁捜査一課の小川、そしてこいつは俺の助手の小林です」
俺は小川に助手だと紹介されて、内心ちょっと引っかかるものがあったが、細かいことを言っても意味が無いと思い、言葉を飲み込むことにした。
「先生は、どういった経緯でこの屋敷の主治医となったのですか?」
「はい、5年ほど前に、私が昇仁様の手術を担当したことがきっかけです。当時、昇仁様は肝臓癌を患っていて、その時に手術を担当したのが私です。難しい手術でしたが、手術は成功し、私の腕を買って昇仁様が私を主治医としてスカウトしてくれて今に至ります」
永瀬は少し誇らしげに、自らが主治医となった経緯について語った。
「永瀬先生は、ここで住み込みで働いているのですね?部屋はどちらになりますか?」
「この部屋の隣、302号室が私の部屋です。昇仁様と龍昇様の緊急事態に備えて、すぐ近くの部屋を用意してもらっています」
「ところで、今回の龍昇ちゃんの死因は何ですか?」
「それはまだ何とも・・・私が来た時には既に心配停止の状態で、正直、蘇生もうまくいくとは見えませんでした。生後1ヶ月ほどの乳児は、突然死することも多く、何が死因となったのかは、ハッキリと分からないことも多くあります。解剖してみなければ何とも言えませんが」
永瀬はすっかり沈黙してしまった龍昇の亡骸を手にしながら答えた。
「死亡推定時間は分かりますか?」
「まだ死斑などがほとんど出ていないし、体温の低下もほぼありませんし、死後硬直も見られないので、死後1時間程度としか申し上げられませんね。あまり参考にはならなさそうです」
解剖しても、永瀬の見立てと大して誤差は無さそうだな。俺がジムを出て龍昇の部屋の前に来たのが9時頃。数分立ち話をして部屋に戻り、修二が異変を知らせに来たのが10時を回った時。9時頃には龍昇はまだ生きていたわけだから、永瀬の見立てのとおりで間違い無いだろう。
「ところで、これは形式的なことになるのですが、その1時間の間に永瀬先生はどちらにいらっしゃいましたか?」
「アリバイですね?私はずっと部屋にいました。基本、私はご家族の方とは別に自室で食事をとります。なぜって、あの雰囲気で美味しく食事がとれるわけないじゃないですか」
「先生が部屋にいたことを証明できますか?」
「そうですね。私が部屋の外に出なかったことは、ずっと部屋の外にいる藤波さんが証言してくれると思いますよ」
確かにそうだ。部屋の前には、ほぼ24時間体制で藤波綾香がいるわけだから、人の出入りや往来を彼女に見つからないようにするのは難しいだろう。
「先生が遺体を発見する経緯を教えていただけますか?」
「はい。10時を少し回った、たしか10時15分くらいでしたか、藤波さんが私の部屋のドアをノックしてきたんです。龍昇様がグッタリして動かないと言われました。急いでバッグを持って駆けつけると、そこには龍昇様を抱き抱えて泣き崩れている麗さんと、寄り添う昇仁様がいました。私はすぐに麗さんから龍昇様を受け取ると、床に横にして心臓マッサージを開始しました。それ以降は、刑事さん達も見ていたとおりだと思いますよ」
永瀬医師の話は何の違和感も無く、澱みもない。恐らくこれ以上、永瀬から何かを聞き出すことは期待できないだろう。
「ありがとうございます、永瀬先生。また何かご協力いただくこともあるかと思いますが、その際はよろしくお願いします」
「はい、私にできることがあるなら、微力ではあると思いますが最善を尽くします」
俺たちは永瀬医師と握手を交わし、そしてちょうどやって来た地元警察に現場を引き渡した。
現場のことは、あとは地元警察に任せるとして、俺たちは家族達から事情を聴くことにしよう。







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