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あらんすみし

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悪魔の交渉

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時刻は午後4時だか、大河原探偵事務所は西陽も射し込まず今日も薄暗い。
事務所の主、大河原久志はスプリングのくたびれたソファに横になっていた。
その時、ビルの狭い階段を登ってくるヒールの音が事務所に向かって近づいて来た。
ヒールの音は部屋の前で止まると、一拍置いて磨りガラス越しの女と思われる影がドアをノックする。
「どうぞ。」
大河原が返事をするとドアが開いて、40代半ばくらいの控えめな雰囲気の女が部屋に入って来た。
「藤井様、今日は急遽ご足労いただき申し訳ございません。」
大河原はそう言って、藤井美咲にソファに腰をかけるように促した。
「お茶にされますか?コーヒーにされますか?」
「・・・コーヒーを。」
藤井美咲は、ソファに腰を下ろして意を決したように切り出す。
「やはり・・・夫は浮気をしていたのでしょうか・・・?」
その面持ちは沈痛であった。
「いいえ、今回の調査の結果、ご主人に不貞行為はありませんでした。」
大河原の答えを聞いて、美咲の表情に明るさが戻り、安堵のため息が漏れた。
「ただ・・・」
「・・・ただ?」
大河原はデスクの引き出しから封筒を取り出し、リビングテーブルの上に置いた。
「これが今回の調査資料です。今日、まだ調査終了前にお呼びたてしたのは、他に大きな問題が発生したためです。」
「大きな問題・・・とは?」
怪訝な表情を浮かべる美咲を前にして、大河原は封筒から調査報告書と何枚もの写真を取り出して美咲の前に広げて見せた。
「単刀直入に申し上げます。藤井様のご主人は、とある重大事件に深く関わっています。」
「重大事件?」
美咲は、大河原の言っていることの重大さに、実感が湧かないようだった。
「藤井様のご主人は、今、世間を騒がせている、水曜日の切り裂きジャックです。」
大河原の言葉に、美咲は手元の報告書と写真を手に取り大河原の発言の真意を確かめる。
「ふふ、まさかうちの主人が水曜日の切り裂きジャックだなんて、冗談が過ぎますよ。」
美咲は資料をテーブルの上には戻して、コーヒーカップに手を伸ばすが、その手は小刻みに震えていた。
「間違いではありません。この写真が全てを物語っていますし、ご主人も自ら認めました。」
「え!?亮一さんが!?」
言葉を失う美咲の目をしっかりと見ながら、大河原は頷いた。
美咲はすっかり脱力してソファの背もたれに体を預ける。そして、その瞳にはうっすらと涙を浮かべている。
「どうしますか?私としては、一刻も早く警察に届けたほうがいいかと思いますが?」
大河原は、ほくそ笑みながら美咲に決断を促す。
どれくらい時間が経っただろうか。
実際には5分もかかっていなかっただろうが、その痛いほどの沈黙は、特に美咲にとっては数時間もの長さに感じられた。
「警察には行きません。」
美咲は小さな声で、しかし力強い口調で返事をした。
「どうして?どうしてなんですか、藤井さん!ご主人は怪物なんですよ!?」
大河原は薄笑いを必死に堪えながら、美咲を説得するフリをする。
「私にとって、娘にとっても、亮一さんはかけがえのない存在なんです!例え亮一さんが本当に殺人犯でも、大切な家族なんです、警察に突き出すなんて、そんなことできません!」
美咲は両手で顔を覆って、嗚咽を漏らす。
「藤井様。藤井様のお気持ちは痛いほどわかります。しかし、現実を見て下さい。ご主人は10人を殺した殺人鬼なんですよ。10人の殺された女の人達に申し訳ないとは思わないのですか?」
「そうだとしても私にはできません!無理です!」
美咲はヒステリックに泣き喚いて、感情を制御できなくなっていた。
「わかりました・・・では、このことは内密に処分して差し上げましょう。」
大河原は美咲の肩に手を置き、優しく語りかけた。
「本当に?そうしていただけるのですか?」
美咲の顔に希望の光が一筋射し込んだ。
「えぇ。ただ、このことを内密に処分する代わりに、300万円で資料を買い取ってもらえませんか?大切な家族を守ることができるのなら、決して高い買い物では無いと思いますよ。」
「・・・わかりました、すぐにでもお金を用意してお支払いいたします。」
「よろしくお願いしますね、奥様。」
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