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最終話 混乱の世界に咲く華
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「あの怪しい男が?! 帝国のグロキシニア皇太子殿下?!」
「ええ、そうだったのですって」
デイジーに、帝国の皇太子グロキシニア殿下から結婚の申し込みがありました。
先日の舞踏会でデイジーが踊った令息のうちの一人、ロキと名乗った黒髪紅目のダンスの巧みな令息が、帝国の皇太子グロキシニア殿下でした。
お忍びで我が国に来ていたのです。
グロキシニア皇太子殿下のお忍び旅行には王家が協力していましたので、王族のバジル様は彼の正体をご存知でした。
王宮の舞踏会に、出自不明の者が居るわけがありませんものね。
身分を持っていなければそもそも招待されません。
「一曲踊っただけで結婚を申し込んで来るなんて、気持ち悪いです」
デイジーが嫌そうな顔をして言いました。
「それにグロキシニア殿下って皇太子なのでしょう? 皇太子なのにどうして婚約していないのですか。あの年齢で婚約者もいないなんて、何か裏がありそうで怖いです。婚約破棄してそう……」
「そうね。皇太子なら普通は婚約くらいしているものよね」
「事故物件ではないでしょうか。皇太子なのに、身分を隠して他国の舞踏会でふらふらしているのもおかしいです。帝国の皇太子ってそんなに暇なのですか?」
デイジーは苦い物を噛んだように顔を顰めました。
「嫌です。お断りしてください」
デイジーがおぞましそうにそう言うと、父は確認するように言いました。
「デイジー、本当に断って良いのかね? 帝国の皇太子と結婚したら、いずれは皇妃だ。世界一身分の高い女性になれるのだぞ?」
父がしかつめらしい顔で、デイジーに確認をしました。
「嫌です!」
「よしよし」
父は呑気な笑顔を浮かべて言いました。
「デイジーが嫌なら断ろう」
いつものことですが、父は何も考えていません。
デイジーの我儘を聞いているだけです。
それにしても、大物が釣れたものです。
これは世界最高の縁談でしょう。
帝国の皇太子からのデイジーへの求婚を、私は厄介だと思う反面、満足もしています。
だってこの縁談は、デイジーを調教して淑女に育てあげた私の手柄なのですもの。
私は父に頼まれて、平民育ちのデイジーを貴族令嬢として教育しました。
デイジーが良い家に嫁げるように、デイジーの価値を高めました。
そしてついに。
デイジーは帝国の皇太子から求婚されたのです。
帝国はこの大陸で最大最強の大国。
その帝国の皇太子との縁談、つまりは、ゆくゆくは帝国の皇帝の妃となり、その次の世代の皇帝の母となれる縁談です。
これは世界一の縁談と言って過言ではないでしょう。
デイジーの令嬢としての価値は世界最高レベルにまで達したのです。
とはいえ。
デイジーがこの縁談を嫌がるなら、もちろんお断りしますとも。
世界一の令嬢なら、そのくらい我儘でなければね。
帝国の皇太子の求婚をお断りしたら、令嬢にとって最高の武勇伝となるでしょう。
伝説になってしまうかもしれないわ。
デイジーの行く先々に、恋に破れた令息たちの死屍累々の山。
王子も皇太子も、デイジーの魅力の虜囚。
ふふふ……。
世界よ、とくと見るが良い。
私のデイジーの令嬢力を!
「デイジー、これは帝国から、我が国の王家を通しての結婚の申し込みよ。外交問題にもなるから慎重に対応しなければならないわ」
私はデイジーに説明しました。
「今、帝国と戦争になったら我が国は分が悪いの」
もし、帝国と戦争になったら……。
帝国はこの大陸で最大最強の大国ですので、我が国は確実に負けます。
我が国が勝つためには。
まずはあの腰抜けで愚鈍な国王を交代せねばなりません。
そして国力で帝国に劣る我が国は、周辺諸国と軍事同盟を結ぶ必要があります。
三国同盟で互角。
教皇庁から大義名分を得て七国連合軍を作れれば上々。
しかしながら、それらを整えるには時間が必要です。
「グロキシニア皇太子殿下は、次は、公式に国賓としていらっしゃるわ。無下には出来なくてよ。デイジー、笑顔の仮面を忘れずにね」
「はい、お姉様。心得ております」
今のデイジーはまさに『傾国の令嬢』です。
手を間違えれば、最悪、帝国と戦争することになるのですもの。
結婚を断られたくらいで帝国が軍事侵攻して来るとは思えませんが。
帝国の皇太子が、他国の公爵家の養女に求婚することがそもそも異常なのです。
何が起こるか解りませんので、最悪を想定する必要があります。
デイジーは今や我が国の文化を牽引する社交界の華で、周辺諸国の流行を左右する多大な影響力を持っています。
しかし帝国の未来の皇妃とするのであれば、血筋を重視するはずですのに。
デイジーが野生の勘で違和感に気付いていた通り。
どこか釈然としない、不穏な空気が漂う縁談です。
「デイジーはグロキシニア皇太子殿下とは結婚したくないのよね?」
「はい。あんな軽薄な人は嫌です」
デイジーはきっぱりと言いました。
「私は誠実な平民の男性と結婚して、幸せになりたいんです。不自由なく暮らせるそこそこのお金持ちなら、大金持ちじゃなくても良いんです」
そしてデイジーは嫌そうに眉を歪め、皇太子グロキシニア殿下を腐しました。
「正体を隠して偽名を使ってた人なんて怪しすぎます。隠れて浮気しそう」
帝国の皇太子なら、愛人を囲うくらいのことは出来るでしょうね。
皇太子がデイジーを溺愛したとしても。
陰謀渦巻く帝国の皇宮に嫁いだら、世界中の羨望と嫉妬を浴び、ドロドロした権力争いの渦中で一生を過ごすことになるのですもの。
平凡な幸せを望むデイジーにとっては不幸な結婚となるでしょう。
一年前、貴族令嬢として無知だった可哀想なデイジーに、私が淑女教育を施したのは、デイジーをより良い家に嫁がせるためでした。
そしてデイジーは世界一の令嬢になり、世界最高の縁談が来ましたが……。
しかし、以前とは別の意味で、デイジーはとても可哀想なことになってしまっています。
お金持ちの平民と結婚して幸せに暮らすという、デイジーの平凡な夢からは遠ざかってしまいましたもの。
デイジーが幸せを得るために努力して令嬢力を上げたら、幸せは遠ざり、混乱の日々が始まったのです。
デイジーにとっては理不尽な状況でしょう。
帝国の皇太子からの求婚に雑な断り方をして、それでデイジーが平凡な平民と結婚したりしたら、その平民は暗殺されてしまうかもしれません。
皇太子の気持ちを逆なでしないように穏便に収める必要があります。
「デイジーが嫌なら、この縁談をお断りできる方法を考えなければね」
不安そうにしているデイジーに、私はにっこりと微笑んでみせました。
「まずは、やんわりと辞退して様子を見ましょう」
賽は投げられました。
私たちが征く先は、天国か、はたまた地獄か。
「大丈夫よ、デイジー。私に任せておきなさい」
「はい、リナリアお姉様!」
共に手を取り合って行きましょう。
この理不尽な混乱の世界を。
――完――
「ええ、そうだったのですって」
デイジーに、帝国の皇太子グロキシニア殿下から結婚の申し込みがありました。
先日の舞踏会でデイジーが踊った令息のうちの一人、ロキと名乗った黒髪紅目のダンスの巧みな令息が、帝国の皇太子グロキシニア殿下でした。
お忍びで我が国に来ていたのです。
グロキシニア皇太子殿下のお忍び旅行には王家が協力していましたので、王族のバジル様は彼の正体をご存知でした。
王宮の舞踏会に、出自不明の者が居るわけがありませんものね。
身分を持っていなければそもそも招待されません。
「一曲踊っただけで結婚を申し込んで来るなんて、気持ち悪いです」
デイジーが嫌そうな顔をして言いました。
「それにグロキシニア殿下って皇太子なのでしょう? 皇太子なのにどうして婚約していないのですか。あの年齢で婚約者もいないなんて、何か裏がありそうで怖いです。婚約破棄してそう……」
「そうね。皇太子なら普通は婚約くらいしているものよね」
「事故物件ではないでしょうか。皇太子なのに、身分を隠して他国の舞踏会でふらふらしているのもおかしいです。帝国の皇太子ってそんなに暇なのですか?」
デイジーは苦い物を噛んだように顔を顰めました。
「嫌です。お断りしてください」
デイジーがおぞましそうにそう言うと、父は確認するように言いました。
「デイジー、本当に断って良いのかね? 帝国の皇太子と結婚したら、いずれは皇妃だ。世界一身分の高い女性になれるのだぞ?」
父がしかつめらしい顔で、デイジーに確認をしました。
「嫌です!」
「よしよし」
父は呑気な笑顔を浮かべて言いました。
「デイジーが嫌なら断ろう」
いつものことですが、父は何も考えていません。
デイジーの我儘を聞いているだけです。
それにしても、大物が釣れたものです。
これは世界最高の縁談でしょう。
帝国の皇太子からのデイジーへの求婚を、私は厄介だと思う反面、満足もしています。
だってこの縁談は、デイジーを調教して淑女に育てあげた私の手柄なのですもの。
私は父に頼まれて、平民育ちのデイジーを貴族令嬢として教育しました。
デイジーが良い家に嫁げるように、デイジーの価値を高めました。
そしてついに。
デイジーは帝国の皇太子から求婚されたのです。
帝国はこの大陸で最大最強の大国。
その帝国の皇太子との縁談、つまりは、ゆくゆくは帝国の皇帝の妃となり、その次の世代の皇帝の母となれる縁談です。
これは世界一の縁談と言って過言ではないでしょう。
デイジーの令嬢としての価値は世界最高レベルにまで達したのです。
とはいえ。
デイジーがこの縁談を嫌がるなら、もちろんお断りしますとも。
世界一の令嬢なら、そのくらい我儘でなければね。
帝国の皇太子の求婚をお断りしたら、令嬢にとって最高の武勇伝となるでしょう。
伝説になってしまうかもしれないわ。
デイジーの行く先々に、恋に破れた令息たちの死屍累々の山。
王子も皇太子も、デイジーの魅力の虜囚。
ふふふ……。
世界よ、とくと見るが良い。
私のデイジーの令嬢力を!
「デイジー、これは帝国から、我が国の王家を通しての結婚の申し込みよ。外交問題にもなるから慎重に対応しなければならないわ」
私はデイジーに説明しました。
「今、帝国と戦争になったら我が国は分が悪いの」
もし、帝国と戦争になったら……。
帝国はこの大陸で最大最強の大国ですので、我が国は確実に負けます。
我が国が勝つためには。
まずはあの腰抜けで愚鈍な国王を交代せねばなりません。
そして国力で帝国に劣る我が国は、周辺諸国と軍事同盟を結ぶ必要があります。
三国同盟で互角。
教皇庁から大義名分を得て七国連合軍を作れれば上々。
しかしながら、それらを整えるには時間が必要です。
「グロキシニア皇太子殿下は、次は、公式に国賓としていらっしゃるわ。無下には出来なくてよ。デイジー、笑顔の仮面を忘れずにね」
「はい、お姉様。心得ております」
今のデイジーはまさに『傾国の令嬢』です。
手を間違えれば、最悪、帝国と戦争することになるのですもの。
結婚を断られたくらいで帝国が軍事侵攻して来るとは思えませんが。
帝国の皇太子が、他国の公爵家の養女に求婚することがそもそも異常なのです。
何が起こるか解りませんので、最悪を想定する必要があります。
デイジーは今や我が国の文化を牽引する社交界の華で、周辺諸国の流行を左右する多大な影響力を持っています。
しかし帝国の未来の皇妃とするのであれば、血筋を重視するはずですのに。
デイジーが野生の勘で違和感に気付いていた通り。
どこか釈然としない、不穏な空気が漂う縁談です。
「デイジーはグロキシニア皇太子殿下とは結婚したくないのよね?」
「はい。あんな軽薄な人は嫌です」
デイジーはきっぱりと言いました。
「私は誠実な平民の男性と結婚して、幸せになりたいんです。不自由なく暮らせるそこそこのお金持ちなら、大金持ちじゃなくても良いんです」
そしてデイジーは嫌そうに眉を歪め、皇太子グロキシニア殿下を腐しました。
「正体を隠して偽名を使ってた人なんて怪しすぎます。隠れて浮気しそう」
帝国の皇太子なら、愛人を囲うくらいのことは出来るでしょうね。
皇太子がデイジーを溺愛したとしても。
陰謀渦巻く帝国の皇宮に嫁いだら、世界中の羨望と嫉妬を浴び、ドロドロした権力争いの渦中で一生を過ごすことになるのですもの。
平凡な幸せを望むデイジーにとっては不幸な結婚となるでしょう。
一年前、貴族令嬢として無知だった可哀想なデイジーに、私が淑女教育を施したのは、デイジーをより良い家に嫁がせるためでした。
そしてデイジーは世界一の令嬢になり、世界最高の縁談が来ましたが……。
しかし、以前とは別の意味で、デイジーはとても可哀想なことになってしまっています。
お金持ちの平民と結婚して幸せに暮らすという、デイジーの平凡な夢からは遠ざかってしまいましたもの。
デイジーが幸せを得るために努力して令嬢力を上げたら、幸せは遠ざり、混乱の日々が始まったのです。
デイジーにとっては理不尽な状況でしょう。
帝国の皇太子からの求婚に雑な断り方をして、それでデイジーが平凡な平民と結婚したりしたら、その平民は暗殺されてしまうかもしれません。
皇太子の気持ちを逆なでしないように穏便に収める必要があります。
「デイジーが嫌なら、この縁談をお断りできる方法を考えなければね」
不安そうにしているデイジーに、私はにっこりと微笑んでみせました。
「まずは、やんわりと辞退して様子を見ましょう」
賽は投げられました。
私たちが征く先は、天国か、はたまた地獄か。
「大丈夫よ、デイジー。私に任せておきなさい」
「はい、リナリアお姉様!」
共に手を取り合って行きましょう。
この理不尽な混乱の世界を。
――完――
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