かわいそうな欲しがり妹のその後は ~ 王子様とは結婚しません!

柚屋志宇

文字の大きさ
85 / 85

最終話 混乱の世界に咲く華

しおりを挟む
「あの怪しい男が?! 帝国のグロキシニア皇太子殿下?!」
「ええ、そうだったのですって」

 デイジーに、帝国の皇太子グロキシニア殿下から結婚の申し込みがありました。
 先日の舞踏会でデイジーが踊った令息のうちの一人、ロキと名乗った黒髪紅目のダンスの巧みな令息が、帝国の皇太子グロキシニア殿下でした。
 お忍びで我が国に来ていたのです。

 グロキシニア皇太子殿下のお忍び旅行には王家が協力していましたので、王族のバジル様は彼の正体をご存知でした。
 王宮の舞踏会に、出自不明の者が居るわけがありませんものね。
 身分を持っていなければそもそも招待されません。

「一曲踊っただけで結婚を申し込んで来るなんて、気持ち悪いです」

 デイジーが嫌そうな顔をして言いました。

「それにグロキシニア殿下って皇太子なのでしょう? 皇太子なのにどうして婚約していないのですか。あの年齢で婚約者もいないなんて、何か裏がありそうで怖いです。婚約破棄してそう……」
「そうね。皇太子なら普通は婚約くらいしているものよね」
「事故物件ではないでしょうか。皇太子なのに、身分を隠して他国の舞踏会でふらふらしているのもおかしいです。帝国の皇太子ってそんなに暇なのですか?」

 デイジーは苦い物を噛んだように顔を顰めました。

「嫌です。お断りしてください」

 デイジーがおぞましそうにそう言うと、父は確認するように言いました。

「デイジー、本当に断って良いのかね? 帝国の皇太子と結婚したら、いずれは皇妃だ。世界一身分の高い女性になれるのだぞ?」

 父がしかつめらしい顔で、デイジーに確認をしました。

「嫌です!」
「よしよし」

 父は呑気な笑顔を浮かべて言いました。

「デイジーが嫌なら断ろう」

 いつものことですが、父は何も考えていません。
 デイジーの我儘を聞いているだけです。

 それにしても、大物が釣れたものです。
 これは世界最高の縁談でしょう。

 帝国の皇太子からのデイジーへの求婚を、私は厄介だと思う反面、満足もしています。
 だってこの縁談は、デイジーを調教して淑女に育てあげた私の手柄なのですもの。

 私は父に頼まれて、平民育ちのデイジーを貴族令嬢として教育しました。
 デイジーが良い家に嫁げるように、デイジーの価値を高めました。

 そしてついに。
 デイジーは帝国の皇太子から求婚されたのです。

 帝国はこの大陸で最大最強の大国。
 その帝国の皇太子との縁談、つまりは、ゆくゆくは帝国の皇帝の妃となり、その次の世代の皇帝の母となれる縁談です。

 これは世界一の縁談と言って過言ではないでしょう。
 デイジーの令嬢としての価値は世界最高レベルにまで達したのです。

 とはいえ。
 デイジーがこの縁談を嫌がるなら、もちろんお断りしますとも。
 世界一の令嬢なら、そのくらい我儘でなければね。

 帝国の皇太子の求婚をお断りしたら、令嬢にとって最高の武勇伝となるでしょう。
 伝説になってしまうかもしれないわ。

 デイジーの行く先々に、恋に破れた令息たちの死屍累々の山。
 王子も皇太子も、デイジーの魅力の虜囚。

 ふふふ……。
 世界よ、とくと見るが良い。

 私のデイジーの令嬢力を!

「デイジー、これは帝国から、我が国の王家を通しての結婚の申し込みよ。外交問題にもなるから慎重に対応しなければならないわ」

 私はデイジーに説明しました。

「今、帝国と戦争になったら我が国は分が悪いの」

 もし、帝国と戦争になったら……。

 帝国はこの大陸で最大最強の大国ですので、我が国は確実に負けます。

 我が国が勝つためには。
 まずはあの腰抜けで愚鈍な国王を交代せねばなりません。
 そして国力で帝国に劣る我が国は、周辺諸国と軍事同盟を結ぶ必要があります。
 三国同盟で互角。
 教皇庁から大義名分を得て七国連合軍を作れれば上々。

 しかしながら、それらを整えるには時間が必要です。

「グロキシニア皇太子殿下は、次は、公式に国賓としていらっしゃるわ。無下には出来なくてよ。デイジー、笑顔の仮面を忘れずにね」
「はい、お姉様。心得ております」

 今のデイジーはまさに『傾国の令嬢』です。
 手を間違えれば、最悪、帝国と戦争することになるのですもの。

 結婚を断られたくらいで帝国が軍事侵攻して来るとは思えませんが。
 帝国の皇太子が、他国の公爵家の養女に求婚することがそもそも異常なのです。
 何が起こるか解りませんので、最悪を想定する必要があります。

 デイジーは今や我が国の文化を牽引する社交界の華で、周辺諸国の流行を左右する多大な影響力を持っています。
 しかし帝国の未来の皇妃とするのであれば、血筋を重視するはずですのに。

 デイジーが野生の勘で違和感に気付いていた通り。
 どこか釈然としない、不穏な空気が漂う縁談です。

「デイジーはグロキシニア皇太子殿下とは結婚したくないのよね?」
「はい。あんな軽薄な人は嫌です」

 デイジーはきっぱりと言いました。

「私は誠実な平民の男性と結婚して、幸せになりたいんです。不自由なく暮らせるそこそこのお金持ちなら、大金持ちじゃなくても良いんです」

 そしてデイジーは嫌そうに眉を歪め、皇太子グロキシニア殿下を腐しました。

「正体を隠して偽名を使ってた人なんて怪しすぎます。隠れて浮気しそう」

 帝国の皇太子なら、愛人を囲うくらいのことは出来るでしょうね。

 皇太子がデイジーを溺愛したとしても。
 陰謀渦巻く帝国の皇宮に嫁いだら、世界中の羨望と嫉妬を浴び、ドロドロした権力争いの渦中で一生を過ごすことになるのですもの。
 平凡な幸せを望むデイジーにとっては不幸な結婚となるでしょう。

 一年前、貴族令嬢として無知だった可哀想なデイジーに、私が淑女教育を施したのは、デイジーをより良い家に嫁がせるためでした。
 そしてデイジーは世界一の令嬢になり、世界最高の縁談が来ましたが……。
 しかし、以前とは別の意味で、デイジーはとても可哀想なことになってしまっています。

 お金持ちの平民と結婚して幸せに暮らすという、デイジーの平凡な夢からは遠ざかってしまいましたもの。
 デイジーが幸せを得るために努力して令嬢力を上げたら、幸せは遠ざり、混乱の日々が始まったのです。
 デイジーにとっては理不尽な状況でしょう。

 帝国の皇太子からの求婚に雑な断り方をして、それでデイジーが平凡な平民と結婚したりしたら、その平民は暗殺されてしまうかもしれません。
 皇太子の気持ちを逆なでしないように穏便に収める必要があります。

「デイジーが嫌なら、この縁談をお断りできる方法を考えなければね」

 不安そうにしているデイジーに、私はにっこりと微笑んでみせました。

「まずは、やんわりと辞退して様子を見ましょう」

 賽は投げられました。

 私たちが征く先は、天国か、はたまた地獄か。

「大丈夫よ、デイジー。私に任せておきなさい」
「はい、リナリアお姉様!」

 共に手を取り合って行きましょう。
 この理不尽な混乱の世界を。




 ――完――
しおりを挟む
感想 12

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(12件)

mikel0w0l
2025.11.13 mikel0w0l

俺たちの戦いはこれからだ!
みたいな終わりで、ええ!?この先も見たいですわー!と脳内で悲鳴をあげてしまいました。

気が向いたらまたお願いします!
楽しいお話をありがとうございました!

2025.11.13 柚屋志宇

お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけて幸いです。
エンフィールド家は内外のドタバタがずっと続きそうなので……。
デイジーを令嬢に育てるという主人公の目的が達成されたところで終わりにしました。
機会があったらその後も書いてみたいと思います。

解除
睦
2025.11.10

き、きゃん!?
おい、公爵!叩かれた時の声がそれでえぇんか!?www
くっそ情けねーぞおい!www

2025.11.10 柚屋志宇

お読みいただきありがとうございます。
外では格好つけていますが、家の中では素が出ています。

解除
だのだの
2025.10.27 だのだの

バジルが面白くていいですね。

2025.10.28 柚屋志宇

お読みいただきありがとうございます。
バジルを楽しんでいただけて幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

ルヴェを侮辱した義妹は宮廷を追放されました ― 王妃クシェは最高の名誉職です ―

鷹 綾
恋愛
モンフォール公爵家の嫡女アデルは、王宮で王妃クシェという名誉職を務めていた。 王妃の就寝の儀礼で寝間着を差し出す――ただそれだけの役目。 しかしそれは、王妃の私室に入ることを許された宮廷で最も名誉ある地位の一つだった。 かつてアデルは王太子の婚約者だったが、側室の娘である義妹カミーユが甘い言葉で王太子を誘惑。 婚約は奪われ、アデルは宮廷で静かにクシェの役目を続けることになる。 だがある日、義妹は新たに与えられた王妃の朝の儀礼――ルヴェを聞いて嘲笑した。 「王妃の着替え係?そんなのメイドの仕事でしょう」 その一言で宮廷は凍りつく。 ルヴェとクシェは、王や王妃の私室に入ることを許された最高の名誉職。 それを侮辱することは、王妃そのものを侮辱することと同じだった。 結果―― 義妹は婚約破棄。 王太子は儀礼軽視を理由に廃太子。 そして義妹は宮廷から追放される。 すべてを失った義妹は、やがて姉の地位を奪おうと画策するが――。 一方、王妃の最側近として静かに宮廷に立つアデル。 クシェという「王妃に最も近い名誉職」が、やがて王国の運命を動かしていく。 これは、宮廷儀礼を知らなかった者が転落し、 その意味を理解していた者が静かに勝つ物語。

【完結】婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました

音芽 心
恋愛
伯爵令嬢アイリスは、幼い頃から妹のメアリーと比較され、家族の愛を知らずに生きてきた。唯一幸せだった時間は、婚約者のカルヴィンと過ごしている間だけ。 だがある日、カルヴィンから唐突に婚約破棄を言い渡される。どうやらカルヴィンは、アイリスの知らない間にメアリーと恋仲になっていたらしい。 何もかもが嫌になり、家を抜け出して酒屋でヤケ酒をしていた時、ある男に声を掛けられる。酔っ払っていたアイリスは、その男が誰かもわからぬまま酒を飲み交わしたのだった。 その翌日、目を覚ましたアイリスは見知らぬベッドにいた。おそるおそる隣を見ると、そこにはなんと「黒薔薇公爵」と呼ばれ恐れられている男が寝ていて……!? *** 皆さんの♡や📣、そしてお気に入り登録、大変励みになっております! 楽しく執筆活動ができているのは皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。 ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。 そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。 一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。 それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。 問答無用で美少女化させられる王子シリル。 更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。 本編完結済。 小説家になろうにも掲載しています。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!? 「これは契約結婚のはずですよね!?」  ……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……? ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募しています。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。 ※表紙はAIイラストです。文字入れは「装丁カフェ」様を使用しております。 ※小説内容にはAI不使用です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。