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第9章 勇者RENの冒険

第126話 ヘルマン VS ザッツ

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 閑散とした闘技場には王族、貴族達だけが並んでいた。

 騎士達が入場口から次々に入ってくると、扉の両脇から舞台まで2列に並んでいく。全員が整列し終わると剣を抜き、上方に掲げた。その剣でトンネルが造られていく。そして剣のトンネルが完成したとき、入り口に白銀の鎧を身に纏った大柄の騎士が現れた。フルフェイスの兜をかぶっているため、顔こそ見えないが、あれがヘルマンで間違いないだろう。

「あの鎧……」

 ドルツが呟く。あの白銀に輝く鎧は普通の鎧ではなかった。

「間違いなくミスリル製でしょうな」

 ドルツは舌打ちした。そして忌々しいものを見る様な目でヘルマンを睨む。

 そう思うのも無理はないだろう。ミスリルの鎧ともなれば、魔法を通しにくく、さらに防御力も超一流の代物。さらに軽量な素材と言うこともあり、見た目よりも遙かに早いスピードで動くことが可能なのだ。ハッキリ言えば、弱点らしい弱点などない、ということなのだ。

「それに腰に提げたあの大剣……。何かあるぞ」

 ヘルマンの腰に下がっている剣の鞘は大きく、長さはヘルマンの身長以上もあった。太さも彼の胴体以上ある。目測で刃幅は40セン以上ある。私の胴体よりも太い。ミスリルの鎧を着ている以上、剣が普通の剣なわけがない。何かしら、魔法剣であったり、特殊材料を使用した宝剣の類いであることは間違いないだろう。

 ドルツの皺が深くなり眉がピクピクと動く。

「ご安心下さい、ドルツ様。我が拳に鎧など有ってなきようなものにございます。REN殿に教授いただいた身体強化魔法こそが、我が最大の武器にございます。そうですね、彼にはいい練習台になってもらいましょう」

 私は恭しくドルツ様に一礼し、舞台に上がった。もちろん手は素手のままである。鎧も持っていないため、屋敷で着ている執事服をそのまま着ての入場となった。

 一方、ヘルマンも剣のトンネルをくぐり抜け、舞台に上がってきた。

 ヘルマンの兜の隙間から覗く視線が鋭く光る。

「貴様、剣も持たず、鎧も着てこないとは……。よほど自信があるのか、あるいはただのバカなのか……」

 ヘルマンは腰に提げた剣を抜いた。刀身が真っ白なその剣はやはり、宝剣といったところだろう。

「ほぅ! その剣、なかなかの業物とお見受けします」

「当然だ。俺様が直々に倒したホワイトドラゴンの牙から造られたこの剣は切れ味、魔力の乗り、耐久性のどれをとっても右に出るものなどない。間違いなく国宝たる一本なのだ。残念だがもう棄権は許されんぞ」

 ヘルマンの目が獲物を狙う狩人のように鋭くなる。

「その心配はございません。それほどの装備をお持ちなのですから、いい勝負になりそうだと安心したくらいでございます」

 私が軽く礼をすると、ヘルマンはプルプルと体を震わせ、剣を助団に構えた。

「いつまでも減らず口を叩きおって! 後悔させてやるわ! 喰らえぃ!」

 ヘルマンが素早く間合いを詰め、斬りかかってきた。縮地と言われる剣技の奥義の一つだ。相手に悟らせずに素早く間合いを詰めるこの移動技は一瞬、ヘルマンが消えたようにも見えるほどに早かった。

「もらったぁ!」

 上段からの切り下ろしはヘルマンの最も得意とする一振りなのだろう。振り下ろす動作に全く淀みは見られない。高い身長と巨大な剣を活かした強烈な一撃は並のモンスターならば即、真っ二つになってしまうだろう。

 だが、私の拳はREN殿に鍛えられたのだ。身体強化魔法により、その硬度はレッドドラゴンの鱗を砕き、内部に直接ダメージを浸透させることすら容易なのだ。

 振り下ろされる剣に向かって、私も拳を前に突きだした。狙いは本体ではない。

 ガギィィィィィィン!!!

「な、なん……だと?」

 ヘルマンの剣と、私の拳がぶつかりあった。だが、吹き飛ばされたのはヘルマンの剣だった。

 驚きに目を見開くヘルマン。

「いけませんねぇ、顔に出てしまっていますよ? 驚いたからといってそれを相手に知られるのは悪手ですな」

 私がヘルマンに向かって人差し指を立て、左右に揺らす。

「くっ、今のは油断しただけよ! 次の一撃で決めてくれる!」

 ヘルマンはその大剣を横薙ぎに振るってきた。大剣とは通常、上段から振り下ろすものではない。大剣が重すぎて縦には振りにくいのだ。そのため、横に振り抜くことを想定して造られている。先ほど、ヘルマンが縦に振ってきたのは彼の鍛錬の賜物だったのであろう。

 この横薙ぎの一振り、躱すのは簡単ですが……。

 私はまたしても横にパンチを繰り出し、剣の一撃に拳をぶつけた。

 ギィィィィィィィン!!!

 激しい音と共にヘルマンの剣が吹き飛ばされる。

「ぬぅ!!! ま、まさか……こんなことが……」

 信じられないと言う目で私を見下ろすヘルマン。

「これでわかったでしょう? 私は手を抜いて勝てるような相手ではない、ということを。もし、これ以上、手がないようでしたら棄権することをお勧めしますがね」

 ニッコリと微笑みつつ拳を引く。

 すると、ヘルマンの顔つきが変化した。どこか見下したような目つきだったのが、今や、真剣勝負をする者の目に切り替わったのだ。

「これはすまぬ事をした。今までの非礼、お詫び申し上げる。そなたは紛れもなく戦士。ならば……これよりは全力でお相手する」

 やれやれ、やっと本気になってくれましたか。

 この試合は王族や貴族達が見ている。本気になっていないままのヘルマンを倒してしまうと、奇襲が成功しただけだ、とか不意打ちとは卑怯だとか言われかねない。まずは彼を本気にさせる必要があったのだ。

「それは良かった。このまま終わってしまっては余りにもつまりませんからな」

 私が右手の甲をヘルマンの前に出し、そちらからかかって来るよう、手招きをする。

 だが、最早、その動作に怒るヘルマンではなかった。ヘルマンは剣に魔力を通し始めた。

 ふむ、その技はREN殿がやっているところを見ておりますからな。

 不安など湧きようもない。

 ヘルマンは慎重に足をずらしながらユックリと間合いを詰め、そして満を持して斬りかかってくるのであった。


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