『〇〇は青山を褒めない』

じゃろけ@いろんな小説を書いています

文字の大きさ
1 / 1

○○は青山を褒めない

しおりを挟む
「給料泥棒」  
 
 その言葉が自分に向けられたものだと、青山にはわかっていた。

  青山は仕事ができない。新卒で入社して3年半。ちょうど3年が経った頃から、その汚名を背負って生きてきた。
 
 青山にとって悪く言われることはそれほど辛いことではない。もちろん言われたいわけではないけれど、傷はつかない。ただ、褒められることがないのが辛かった。褒められることがなくなった青山は少しずつ形を失っていき、体が崩れていく感覚を常に纏っていた。

 青山を形成しているのは、他人からの褒め言葉だった。

 青山にとって職場はお金を稼ぐところではなかった。自分を形成するための場所だった。最初の一年はとにかく褒められた。小さい会社だったのもあり、青山が入社したときには同期入社はおらず、前の年は新入社員が一人もいなかった。
 
 まるで赤ちゃんのように、何かができるとそれだけで褒められていた。
 2年目になると、誰もが心の片隅に浮かび始めていた。

「青山くんは仕事ができない」

 ……と。

 そして、誰かが口にしたことをきっかけに、そこにいた全員が「わかる」と言う。ある人は笑いながら。ある人は真剣な表情で。

 青山は仕事を辞めると何をすればいいのかわからなかった。趣味は字幕の洋画を見ることくらいしかなかった。洋画を見ても満たされることはない。彼にとっては映画というものは満たされてから見るものだった。洋画は青山を見ない。洋画は青山を褒めない。

 仕事をやめてから3日がたった頃には、自然と洋画を見なくなっていた。持て余した時間で散歩をするようになった。同じようなところばかり歩いていてもすぐに飽きてしまい、電車に乗る。耳にイヤホンをいれ、スマートフォンで音楽を再生する。特に好きな音楽のない青山は、一週間ランキングをシャッフル再生した。大音量の音が、青山の不安をごまかすように鼓膜を震わせた。

 聞いたことのない駅名で降りて、駅のホームでキョロキョロと周りを見る。周囲には背の低い建物が2つあるだけで、ほかには民家のようなものも見えなかった。改札を通るとすぐにわかる。

「あぁ、田舎だ」

 青山はそう声に出した。

 改札をでて左に曲がる。曲がって数歩あるくとパコッと音がなる。青山の左足がペットボトルを蹴っていた。意図的ではなかった。

「こんな田舎でもポイ捨てする人がいるんだな」

 青山はそう言って、転がるペットボトルを歩いて追う。ペットボトルは少し転がるとすぐに勢いを落とし、青山はすぐに追いつくことができた。腰を折り曲げてペットボトルを拾う。本が一冊だけ入っているリュックサックを両肩から外して地面に置くと、ジーっという音を鳴らしながらチャックをスライドさせた。リュックサックは口の部分が開くと、だらしなく垂れ下がった。拾ったペットボトルをリュックサックにいれた。

「えらいねぇ」

 青山は声の方へ振り返る。お婆さんが腰を深く曲げて歩いていた。

「嬉しいねぇ」

 お婆さんは笑顔で言った。

「え?」

「最近はこんな田舎でも、道に落ちているゴミなんて誰も気にしないからねぇ」

「……そうなんですかね。でも、当然のことをしただけですよ」

 青山は嘘をついた。
 
 今までゴミなんて拾ったことはない。

 ただ、蹴ってしまったから、もう無視できない。そう思っただけだった。

 お婆さんは、嬉しそうな笑顔を浮かべると、ゆっくりと去っていった。

 これまでを取り戻すかのように青山はゴミを拾いつづけた。

 リュックサックがゴミでいっぱいになった頃、空の色は赤く染まっていた。

 帰りの電車で今日のことを思い返す。

 ゴミを拾い、褒められた。
 ゴミを拾い、ゴミを拾い、ゴミを拾い、褒められた。
 ゴミを拾い、ゴミを拾い、ゴミを拾い、褒められた。
 
 青山は大体3回ゴミを拾えば一回褒められるんだなと思った。
  
 帰りの電車では青山はイヤホンを耳に入れることはなかった。

 次の日、青山に迷いはなかった。

 いつものように髭を剃り、アイロンのかかったシャツに袖を通す。ネクタイを締め、革靴を履いた。

 朝起きて、自宅の周辺地域のゴミを拾う。
 
 褒められる。
 
 コンビニで弁当を買って家で食べる。

 褒められない。

 電車で適当な駅に降りて、またゴミを拾う。

 褒められる。

 駅に戻る途中にあるお店で夜ご飯を食べる。

 褒められない。

 電車で最寄り駅まで行く。

 褒められない。

 最寄り駅から自宅まで遠回りをしてゴミを拾う。

 褒められる。


――――

「青山くんっていたのおぼえてる?」
「あー、いたね。10ヶ月くらい前だっけ。そのくらいに辞めた人だよね」
「このまえ家に帰ってるときに最寄り駅にいたんだけどさ、なんかゴミ拾ってたの」
「えー、めっちゃ偉いじゃん」
「そうなんだけど、今日はここの最寄り駅で見かけてさ。またゴミ拾ってたの」
「えー、なにそれ。仕事とかしてないのかな?」
「でも、スーツは着てたんだよね」
「あーじゃあ会社に行く前にゴミ拾ってるのかな、すごいね」
「ね、でもそんな頻繁にゴミ拾ってるって、なんか気持ち悪いよね」


 青山は、ゴミを拾う。

 朝も、昼も、夜も。

 もういつからかご飯も食べなくなっていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...