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第5章

第20話 お嬢様の不安は限界

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稽古事がなくなり、やることが極端に減った。

とはいっても、もともとはサボり癖があるシア。
きちんと稽古をこなしていた日は少ない。

 
むしろ稽古から逃れていることのほうが多かった。
 
その後、ネオに追いかけられるのが、日常だった。
 



日常の習慣になっていた、クライムとのお茶会。

稽古事からの避難場所であったはずの、クライムの家。
いまでは、ルードヴィッヒ家公認のものとなっていた。
 
それもこれも、婚約の効力なのだろうけど。

 
 
いつものように紅茶を煎れてくれる侍女から、カップを受け取る。

彼女が煎れる紅茶は、さすが、と称賛したくなるほどおいしい。

 
きちんと葉の種類にわけて蒸らす時間を変え、それに合った菓子をそえる。


 
でも――…


 
そう考えた頭を、ふり払うように横へふった。
 
クライムがくくく、と笑う。


「ネオが好きだ、というわりには、僕のところに遊びにくるんだね」

「いまは婚約者だもの。いつ婚約を破棄するか、相談をしにきたのよ」


「それは難しいな。お互いの、家の問題でもあるからね」



ネオがそばにいないいま、ルードヴィッヒ家なんてどうなってもいい。

そばに置くために必要だった、家の権力なんて――…
 


シアはカップに注がれた紅茶を一口含むと、ほぅ、と息をついた。


「今日はシャリマティーなのね。可愛い」

「上質なオレンジが手に入ったからね。おいしいかい?」

「えぇ、とても」
 


紅茶が大好きな、シア。

その中でも、このシャリマティーは格別好きだった。
 

お祝い事や頑張ったご褒美。

なにかあるたびに、ネオが煎れてくれたものだから。


 
シアにとってのシャリマティーは、ネオを連想させる特別な紅茶。


カップに浮かべられた、輪切りのオレンジ。

大輪を咲かせるひまわりのように、鮮やかな色合いが目でも楽しませてくれた。

 
くるりとカップをもてあそぶように回すと、シアは小窓をのぞきこんだ。



誘われたように、一羽の鳥が窓辺にとまった。
 

 
「あれから、ネオは戻ってきた?」


クライムの低い声に、小さく首を横にふった。


 
ずっと、顔を見せないネオ。

……もう、会えないのだろうか。

そんな不安が押し寄せるくらい、会っていない。


 
日を追うごとに、心の穴が大きくなっていく。

すぐに忘れられるほど、簡単な想いではない。



積もり続けた、不安な気持ち。

どうすればこの思いは、楽になるのだろうか。
 


 
そっか、と呟く。
クライムはゆっくりと手を伸ばした。
 

指先が触れた顎。
上向きにさせられると、クライムと視線が絡んだ。
 

 
「寂しいなら、いつでも慰めてあげるよ」

「いらない」


即答するシアに、くすくすと笑う。


「冷たいな、僕の婚約者は」
 


本当に婚約者と思っているのか、シアにはわからない。

ただいつものように、落ちこむシアを慰めているだけにしか見えない。
 

恋愛感情というよりも、妹を想う兄のような――…
そんな、気持ち。
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