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第一章
20.不思議な事実、魔法のお屋敷にて6
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「心配をかけて、ごめんなさいっ」
「マ、マルチナさまあ!」
三人の近侍たちは、目に涙をためながらマルチナに駆け寄って行った。
マテウスは、家中の人をお屋敷で一番広いホールに集めた。その最奥にある舞台で、マルチナは一晩家を抜け出して心配をかけたことを謝った。
近侍たちだけではなく、親戚の者たちも、従僕も、メイドも、一緒に暮らす子どもたちも、心から安心した顔をしていた。
その光景を見ると、マルチナはたくさんの人にちゃんと愛されているな、とソニアは思った。マルチナが素直に認めるかはわからないが。
マルチナと一緒に舞台に上がったマテウスとルシアは、これまでマルチナにかけた苦労を話して、これからはマルチナと一緒にいることを、ホールにいる人々全員の前で誓った。その途端、ドーム型の屋根がついたきらびやかなホールは、拍手喝采になった。ソニアも誰にも負けないくらい大きく手を叩いた。
舞台に立つマルチナの目と、人ごみの中に立つソニアの目が合う。ふたりは小さく笑い合う。ソニアが小さく手をふると、マルチナは泣きそうな顔で手をふり返してくれた。
よかった、マルチナがうれしそうで。
その後、同じホールで夕食のパーティーが行われることになった。
会場が準備されるまでの間に、ソニアはマルチナの部屋に連れていかれて、パーティーに合う格好に着替えさせられることになった。ソニアは何度も断ったが、マルチナに聞き入れてもらえるはずがないのは、読者の皆さんももう知っているでしょう?
マルチナの部屋は真っ白い壁にうっすらとバラの絵が描かれ、白い木でできたベッドと書き物机、それからバラの彫刻が施された巨大な衣装ダンスが置かれていた。ふかふかのカーペットも敷かれ、まるでお姫様の部屋のようだ。
「おそろいのドレスを着ましょう! ソニアは何色が好き?」
「えっ、うーん、そうだなあ。海の色が好きかな」
「それじゃあソニアは青色ね! わたしは水色にしようっと! カリーナ、手伝って」
「かしこまりました、マルチナ様」
マルチナの近侍のうち、馬に変装していたもう一人は、カリーナという女性だった。とても深みのある声と、彫りの深い顔をしているため、女性だと言われた時、ソニアは自分の目を疑うほど驚いた。
かっこいい女性って憧れるな、と思いながら、ソニアは自分の低い鼻を指でグッと押した。
「どうかされましたか、ソニア様?」
カリーナのきれいな顔が目の前に現れ、ソニアの心臓がドキッと飛び跳ねた。
「あ、何でもありません」
カリーナはニコッとして、ソニアにドレスを着せてくれた。
いつも着ているワンピースとは比べ物にならないほどすべすべした生地で、気持ちが良い。まるで雲をまとってるようだ。
「よく似合ってるわ、ソニア」
「そうかな。こんなにたくさんレースがついたドレスなんて、初めて着たよ」
バラの彫刻で縁取られた鏡に映る自分を見ると、とても似合っているとは思えない。髪も肌もほこりっぽいから、完全にドレスに「着られている」って感じだ、とソニアはうんざりした。すると、カリーナがそっと肩に手を乗せてきた。
「まだ完成ではありませんが、わたしも大変お似合いだと思いますよ、ソニア様。この後、髪もドレスと合うようにアレンジさせていただきますから、もっとお似合いになります」
「あ、ありがとうございます」
慣れないお姫様のような扱いにドキマギしていると、マルチナはソニアと一緒に鏡に映ってニヤニヤしはじめた。
「フフフッ。おそろいのドレスを着ると、本当に姉妹みたいね!」
「わたしが妹で、マルチナが姉?」
マルチナはソニアの両手をとってくるりと回り、「当然でしょ!」といたずらっぽく笑った。
おそろいのドレスを着てホールに戻ると、池に浮かぶ蓮の葉のように、青いカーペットの上に、レースのクロスがかかった大きな丸型のテーブルがいくつも置かれていた。多くの人が囲むテーブルの上には、湯気に包まれたおいしそうな料理がずらりと並んでいる。良い匂いが部屋いっぱいに広がっていて、ソニアは思わずゴクリとツバを飲み込んだ。
「マルチナ、ソニア」
紫色のワインが入ったグラスを持ったマテウスとルシアが静々と歩み寄ってきた。
「あらあら、二人とも妖精みたいねえ」
「もうパーティーは始まっているよ。好きなだけ食べて、踊ってくれ」
「ありがとうございます」
マテウスの声色はさっきよりもずっと明るい。口元にも目元にもほほ笑みが浮かび、うれしい気持ちが全身からあふれていた。
「マルチナはケガを治すために、よく食べるのよ」
「わかってるわ、お母様」
マルチナが笑顔でそう答えると同時に、どこからか現れた楽団が、音楽を奏で始めた。弦楽器が中心の明るく陽気な音楽だ。子どもたちがワーッと声を上げて、楽団の方へかけていく。
一時の盛り上がりが落ち着くと、マテウスが話し出した。
「ソニア、改めてお礼を言わせてくれ。我々のために、大切な時計を開けてくれて、本当にありがとう」
「いえ。ちゃんと理由を聞いて納得できましたから。それに、まさか自分の時計の中にサファイヤが入ってるなんて思いもしなかったから、おもしろいことが知れて良い思いもさせてもらいました」
「そうか。ソニアは優しいな」
「ありがとうね、ソニア」
ルシアはソニアの頭を優しくなでた。
「それでは、この後も楽しんでくれたまえ。わたしたちは少し外すね」
「はい」
きらびやかなドレスやスーツで着飾った人たちの波に消えていくふたりを見送ると、ソニアとマルチナはさっそく料理を食べ始めた。
ソニアはラムチョップのコンフィという料理を気に入った。特に、上にかかったフルーツ味のソースがおいしく、これは味を覚えて帰って、父さんと母さんに作ってあげようと決めた。
「ねえ、マルチナ。あの楽団も、この料理も、魔法でやってたりする?」
「重たいテーブルや楽器を運んだり、高い位置のランプを灯したりするのは魔法だけど、料理や演奏は人の手よ。魔法って便利そうに思えるかもしれないけど、日常的なことには意外と使えないの」
「変装はできるのに?」
「そうよ。フフッ、変な話よね」
「マルチナッ」
夕立の雨を追い払う風のようなさわやかな声が上がると、マルチナは目を輝かせてふり返った。
「テオ先生!」
マルチナは背の高い男性に飛びついた。
現れた男性は、息をのむほどきれいな人だった。瞳は若葉のような緑色をしていて、肩まで伸びた明るい茶色の髪はすすきのように柔らかそうだ。肌が襟や袖口から見える少し日に焼けた肌が、艶っぽい印象を与える。
「まったくおてんばが過ぎるお嬢様だなあ、マルチナは。まさか家を抜け出すだなんて」
「先生も心配してた?」
「当然だろう。こんなケガまでして。無事に帰ってきてよかったよ」
テオは包帯が巻かれたマルチナの腕をそっと持ち上げて、悲しそうに目をふせた。
「ごめんなさい。もうしないわ。近侍たちにも泣きつかれちゃったし」
「ぜひそうしてくれ。俺も気が気じゃなかったよ」
テオはソニアの方を見て、ほほ笑みかけてきた。笑うとますますきれいだ。
「君がソニアだね、マルチナのお友達だという」
「あ、はい。はじめまして。マルチナから少し話を聞いてます。おもしろい話をしてくれる人だって」
「えっ、おもしろい話なんかしたかい?」
「芸術品に関するいろんな話のことよ」とマルチナ。
「ああ、なるほど。確かに芸術品に関する知識は、この屋敷では誰にも負けないね」
マルチナは「そうでしょう」とうれしそうに言った。
「それじゃあこの方が、お屋敷で唯一好きだって言ってたテオさんってこと?」
ソニアがそう尋ねると、マルチナはテオさんの腕に両腕を絡ませて抱きついた。
「そうよ! テオ先生はソニアと同じくらい大切な友達でもあるの!」
「それは光栄だな」
そういえば、テオさんはマルチナのことを呼び捨てで呼んでいて、敬語も使っていない。お屋敷にもマルチナが信用できる人がいたんだ。
そう思うとソニアはホッとして、お腹が空いてきた。
「テオさんも一緒に何か食べましょうよ。マルチナの話、聞かせてくれませんか?」
「もちろん。マルチナのことはいろいろ知ってるからね」
「やだ、先生ったら! 変な話はしないでね!」
マルチナの忠告もむなしく、テオは、マルチナが昔は泣き虫だったことや、数学がまるでできなかったこと、乗馬で年上を泣かせたことなどなど、おもしろい話をたくさんしてくれた。マルチナは恥ずかしそうだったが、ソニアはマルチナの幼少期をのぞけた気がしてうれしかった。
楽しいパーティーはその後も一時間以上続いた。テラスの外では、月が昇り始めていた。
「マ、マルチナさまあ!」
三人の近侍たちは、目に涙をためながらマルチナに駆け寄って行った。
マテウスは、家中の人をお屋敷で一番広いホールに集めた。その最奥にある舞台で、マルチナは一晩家を抜け出して心配をかけたことを謝った。
近侍たちだけではなく、親戚の者たちも、従僕も、メイドも、一緒に暮らす子どもたちも、心から安心した顔をしていた。
その光景を見ると、マルチナはたくさんの人にちゃんと愛されているな、とソニアは思った。マルチナが素直に認めるかはわからないが。
マルチナと一緒に舞台に上がったマテウスとルシアは、これまでマルチナにかけた苦労を話して、これからはマルチナと一緒にいることを、ホールにいる人々全員の前で誓った。その途端、ドーム型の屋根がついたきらびやかなホールは、拍手喝采になった。ソニアも誰にも負けないくらい大きく手を叩いた。
舞台に立つマルチナの目と、人ごみの中に立つソニアの目が合う。ふたりは小さく笑い合う。ソニアが小さく手をふると、マルチナは泣きそうな顔で手をふり返してくれた。
よかった、マルチナがうれしそうで。
その後、同じホールで夕食のパーティーが行われることになった。
会場が準備されるまでの間に、ソニアはマルチナの部屋に連れていかれて、パーティーに合う格好に着替えさせられることになった。ソニアは何度も断ったが、マルチナに聞き入れてもらえるはずがないのは、読者の皆さんももう知っているでしょう?
マルチナの部屋は真っ白い壁にうっすらとバラの絵が描かれ、白い木でできたベッドと書き物机、それからバラの彫刻が施された巨大な衣装ダンスが置かれていた。ふかふかのカーペットも敷かれ、まるでお姫様の部屋のようだ。
「おそろいのドレスを着ましょう! ソニアは何色が好き?」
「えっ、うーん、そうだなあ。海の色が好きかな」
「それじゃあソニアは青色ね! わたしは水色にしようっと! カリーナ、手伝って」
「かしこまりました、マルチナ様」
マルチナの近侍のうち、馬に変装していたもう一人は、カリーナという女性だった。とても深みのある声と、彫りの深い顔をしているため、女性だと言われた時、ソニアは自分の目を疑うほど驚いた。
かっこいい女性って憧れるな、と思いながら、ソニアは自分の低い鼻を指でグッと押した。
「どうかされましたか、ソニア様?」
カリーナのきれいな顔が目の前に現れ、ソニアの心臓がドキッと飛び跳ねた。
「あ、何でもありません」
カリーナはニコッとして、ソニアにドレスを着せてくれた。
いつも着ているワンピースとは比べ物にならないほどすべすべした生地で、気持ちが良い。まるで雲をまとってるようだ。
「よく似合ってるわ、ソニア」
「そうかな。こんなにたくさんレースがついたドレスなんて、初めて着たよ」
バラの彫刻で縁取られた鏡に映る自分を見ると、とても似合っているとは思えない。髪も肌もほこりっぽいから、完全にドレスに「着られている」って感じだ、とソニアはうんざりした。すると、カリーナがそっと肩に手を乗せてきた。
「まだ完成ではありませんが、わたしも大変お似合いだと思いますよ、ソニア様。この後、髪もドレスと合うようにアレンジさせていただきますから、もっとお似合いになります」
「あ、ありがとうございます」
慣れないお姫様のような扱いにドキマギしていると、マルチナはソニアと一緒に鏡に映ってニヤニヤしはじめた。
「フフフッ。おそろいのドレスを着ると、本当に姉妹みたいね!」
「わたしが妹で、マルチナが姉?」
マルチナはソニアの両手をとってくるりと回り、「当然でしょ!」といたずらっぽく笑った。
おそろいのドレスを着てホールに戻ると、池に浮かぶ蓮の葉のように、青いカーペットの上に、レースのクロスがかかった大きな丸型のテーブルがいくつも置かれていた。多くの人が囲むテーブルの上には、湯気に包まれたおいしそうな料理がずらりと並んでいる。良い匂いが部屋いっぱいに広がっていて、ソニアは思わずゴクリとツバを飲み込んだ。
「マルチナ、ソニア」
紫色のワインが入ったグラスを持ったマテウスとルシアが静々と歩み寄ってきた。
「あらあら、二人とも妖精みたいねえ」
「もうパーティーは始まっているよ。好きなだけ食べて、踊ってくれ」
「ありがとうございます」
マテウスの声色はさっきよりもずっと明るい。口元にも目元にもほほ笑みが浮かび、うれしい気持ちが全身からあふれていた。
「マルチナはケガを治すために、よく食べるのよ」
「わかってるわ、お母様」
マルチナが笑顔でそう答えると同時に、どこからか現れた楽団が、音楽を奏で始めた。弦楽器が中心の明るく陽気な音楽だ。子どもたちがワーッと声を上げて、楽団の方へかけていく。
一時の盛り上がりが落ち着くと、マテウスが話し出した。
「ソニア、改めてお礼を言わせてくれ。我々のために、大切な時計を開けてくれて、本当にありがとう」
「いえ。ちゃんと理由を聞いて納得できましたから。それに、まさか自分の時計の中にサファイヤが入ってるなんて思いもしなかったから、おもしろいことが知れて良い思いもさせてもらいました」
「そうか。ソニアは優しいな」
「ありがとうね、ソニア」
ルシアはソニアの頭を優しくなでた。
「それでは、この後も楽しんでくれたまえ。わたしたちは少し外すね」
「はい」
きらびやかなドレスやスーツで着飾った人たちの波に消えていくふたりを見送ると、ソニアとマルチナはさっそく料理を食べ始めた。
ソニアはラムチョップのコンフィという料理を気に入った。特に、上にかかったフルーツ味のソースがおいしく、これは味を覚えて帰って、父さんと母さんに作ってあげようと決めた。
「ねえ、マルチナ。あの楽団も、この料理も、魔法でやってたりする?」
「重たいテーブルや楽器を運んだり、高い位置のランプを灯したりするのは魔法だけど、料理や演奏は人の手よ。魔法って便利そうに思えるかもしれないけど、日常的なことには意外と使えないの」
「変装はできるのに?」
「そうよ。フフッ、変な話よね」
「マルチナッ」
夕立の雨を追い払う風のようなさわやかな声が上がると、マルチナは目を輝かせてふり返った。
「テオ先生!」
マルチナは背の高い男性に飛びついた。
現れた男性は、息をのむほどきれいな人だった。瞳は若葉のような緑色をしていて、肩まで伸びた明るい茶色の髪はすすきのように柔らかそうだ。肌が襟や袖口から見える少し日に焼けた肌が、艶っぽい印象を与える。
「まったくおてんばが過ぎるお嬢様だなあ、マルチナは。まさか家を抜け出すだなんて」
「先生も心配してた?」
「当然だろう。こんなケガまでして。無事に帰ってきてよかったよ」
テオは包帯が巻かれたマルチナの腕をそっと持ち上げて、悲しそうに目をふせた。
「ごめんなさい。もうしないわ。近侍たちにも泣きつかれちゃったし」
「ぜひそうしてくれ。俺も気が気じゃなかったよ」
テオはソニアの方を見て、ほほ笑みかけてきた。笑うとますますきれいだ。
「君がソニアだね、マルチナのお友達だという」
「あ、はい。はじめまして。マルチナから少し話を聞いてます。おもしろい話をしてくれる人だって」
「えっ、おもしろい話なんかしたかい?」
「芸術品に関するいろんな話のことよ」とマルチナ。
「ああ、なるほど。確かに芸術品に関する知識は、この屋敷では誰にも負けないね」
マルチナは「そうでしょう」とうれしそうに言った。
「それじゃあこの方が、お屋敷で唯一好きだって言ってたテオさんってこと?」
ソニアがそう尋ねると、マルチナはテオさんの腕に両腕を絡ませて抱きついた。
「そうよ! テオ先生はソニアと同じくらい大切な友達でもあるの!」
「それは光栄だな」
そういえば、テオさんはマルチナのことを呼び捨てで呼んでいて、敬語も使っていない。お屋敷にもマルチナが信用できる人がいたんだ。
そう思うとソニアはホッとして、お腹が空いてきた。
「テオさんも一緒に何か食べましょうよ。マルチナの話、聞かせてくれませんか?」
「もちろん。マルチナのことはいろいろ知ってるからね」
「やだ、先生ったら! 変な話はしないでね!」
マルチナの忠告もむなしく、テオは、マルチナが昔は泣き虫だったことや、数学がまるでできなかったこと、乗馬で年上を泣かせたことなどなど、おもしろい話をたくさんしてくれた。マルチナは恥ずかしそうだったが、ソニアはマルチナの幼少期をのぞけた気がしてうれしかった。
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