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第2章
17.雨と涙とフランキンセンス・オレンジのハンドマッサージ
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シュゼットとフランセットは鼻をすすりながら、向かい合ってソファに座った。
ふたりの間には精油の瓶がふたつと、グレープシードオイルが入った小瓶が並んでいる。
「フランセットさんは今、ベルトランさんとの口論でお疲れだと思うので、心を鎮めるアロマを使っていきます。この香り、お好きですか?」
まず初めにフランキンセンスの香りを嗅いでもらう。お香のような深みのある香りに、フランセットの表情は和らいだ。次にオレンジの香り。親しみのある香りのオレンジはすぐに気に入ってくれた。
「この二つをブレンドして、ハンドマッサージをします。手なら、ご自宅に帰って手を洗えば香りは落ちますから、わたしのところに行っていたことが、ベルトランさんに気づかれずに済むと思います」
「そんなことまで気を使ってくれて、ありがとう、シュゼット」
シュゼットは笑顔で首を横に振った。
グレープシードオイルの入った小瓶の中に製油を数滴ずつ垂らすと、よく混ぜてから手に取り、フランセットの手に触れた。ちなみに、フランセットはロラがパッチテストを受けた際に一緒に受けていたため、今日もこうしていきなりアロマテラピーを行うことができている。
フランセットの手のひらをシュゼットの両手の親指でもみほぐし、手の甲を軽くなでてから左右に優しく伸ばす。そんな小さな動作でも、フランセットの表情は徐々に朗らかなものに変わった。いつも通りの空気をまとうフランセットを見て、シュゼットはホッと息をついた。
「はあ。シュゼットのアロマテラピーってこんなに気持ちが良いのね。香りが良いだけじゃなくて、シュゼットの触り方も優しくて。ロラが気に入るのもわかるわ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「……いつかまた、ロラにもやってあげてほしいわ。わたし、がんばってあの人を説得するから」
「嬉しいですけど、頑張りすぎないでくださいね。わたしのせいで、フランセットさんに疲れてほしくありませんから」
「これはシュゼットのためでもあり、ロラのためでもあるのよ。だから無理はするわ。わたしはあの子に、一日でも多く、楽な日を作ってあげたいんだもの」
そう話すフランセットの瞳には、温かな闘志が燃えていた。どうやらフランキンセンスの鎮静作用よりも、オレンジの精神高揚作用の方が、フランセットには強く働き、心を前向きにしてくれたようだ。
「どうかその日を待っていてね、シュゼット」
シュゼットは笑顔で「はい」と答えた。
十分間のハンドマッサージを終えると、フランセットの顔はまるで生まれ変わったようにスッキリしていた。
「ああ、気持ちよかったわあ! ありがとう、シュゼット。でも、謝りに来たのに、結局わたしが良い思いをしてるわね」
「そんなことないですよ。誰かのお役に立てることが、わたしの幸せでもあるので」
「なんて素敵な言葉! シュゼットは女神様みたいね」
フランセットはまた必ずうちに来るようにシュゼットに約束をさせて、家に帰っていった。そのころには雨はやみ、空には大きな虹がかかっていた。その虹を見ると、ロラの家でも虹を一度見たことを思い出した。夜から雨が降り続き、苦しんでいるロラを助けに行った時のことだ。
「……やっぱり、ロラのために何かしたいな」
ブロンが励ますように「キャンッ」と元気よく鳴くと、シュゼットは「ありがとう、ブロン」と言い、ブロンを優しくなでた。
ふたりの間には精油の瓶がふたつと、グレープシードオイルが入った小瓶が並んでいる。
「フランセットさんは今、ベルトランさんとの口論でお疲れだと思うので、心を鎮めるアロマを使っていきます。この香り、お好きですか?」
まず初めにフランキンセンスの香りを嗅いでもらう。お香のような深みのある香りに、フランセットの表情は和らいだ。次にオレンジの香り。親しみのある香りのオレンジはすぐに気に入ってくれた。
「この二つをブレンドして、ハンドマッサージをします。手なら、ご自宅に帰って手を洗えば香りは落ちますから、わたしのところに行っていたことが、ベルトランさんに気づかれずに済むと思います」
「そんなことまで気を使ってくれて、ありがとう、シュゼット」
シュゼットは笑顔で首を横に振った。
グレープシードオイルの入った小瓶の中に製油を数滴ずつ垂らすと、よく混ぜてから手に取り、フランセットの手に触れた。ちなみに、フランセットはロラがパッチテストを受けた際に一緒に受けていたため、今日もこうしていきなりアロマテラピーを行うことができている。
フランセットの手のひらをシュゼットの両手の親指でもみほぐし、手の甲を軽くなでてから左右に優しく伸ばす。そんな小さな動作でも、フランセットの表情は徐々に朗らかなものに変わった。いつも通りの空気をまとうフランセットを見て、シュゼットはホッと息をついた。
「はあ。シュゼットのアロマテラピーってこんなに気持ちが良いのね。香りが良いだけじゃなくて、シュゼットの触り方も優しくて。ロラが気に入るのもわかるわ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「……いつかまた、ロラにもやってあげてほしいわ。わたし、がんばってあの人を説得するから」
「嬉しいですけど、頑張りすぎないでくださいね。わたしのせいで、フランセットさんに疲れてほしくありませんから」
「これはシュゼットのためでもあり、ロラのためでもあるのよ。だから無理はするわ。わたしはあの子に、一日でも多く、楽な日を作ってあげたいんだもの」
そう話すフランセットの瞳には、温かな闘志が燃えていた。どうやらフランキンセンスの鎮静作用よりも、オレンジの精神高揚作用の方が、フランセットには強く働き、心を前向きにしてくれたようだ。
「どうかその日を待っていてね、シュゼット」
シュゼットは笑顔で「はい」と答えた。
十分間のハンドマッサージを終えると、フランセットの顔はまるで生まれ変わったようにスッキリしていた。
「ああ、気持ちよかったわあ! ありがとう、シュゼット。でも、謝りに来たのに、結局わたしが良い思いをしてるわね」
「そんなことないですよ。誰かのお役に立てることが、わたしの幸せでもあるので」
「なんて素敵な言葉! シュゼットは女神様みたいね」
フランセットはまた必ずうちに来るようにシュゼットに約束をさせて、家に帰っていった。そのころには雨はやみ、空には大きな虹がかかっていた。その虹を見ると、ロラの家でも虹を一度見たことを思い出した。夜から雨が降り続き、苦しんでいるロラを助けに行った時のことだ。
「……やっぱり、ロラのために何かしたいな」
ブロンが励ますように「キャンッ」と元気よく鳴くと、シュゼットは「ありがとう、ブロン」と言い、ブロンを優しくなでた。
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