SS集【1話完結型】

仲里トメ子

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卵が割れた日

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オレは警察官になる予定だった。


もう内定も出ていて、交通課に配属されるはずだった。


でも、オレは断りの電話を入れたのだ。


あの惨劇の日に。


オレは幼きころ憧れた彼らに目を背けて夢を一つあきらめた。


警察の卵は割れた。あっけなく割れた。


ひよこにすらなれなかった。


落ちこぼれだったわけじゃない。


むしろ優秀だった。


だけど、ダメだった。


卵が割れるのにはいろいろな要因がある。


周りからの刺激や、環境な要因。もしくは、中で何か起こっていることもある。


なんだろう。


わりと、運だよね…。


運命とはよくいった言葉でその持って生まれた命は運で簡単に左右されてしまう気がする。


とにかく。


オレは運悪く、夢をあきらめてサラリーマンになった。


あの惨劇を忘れたことはない。


今でも鮮明に思い出せる。


もっとも思い出したくもないが。


駅前の通り魔事件。


夜中の犯行で、オレも現場に居合わせた。


目の前で見たのだ。


人が、死ぬ、その瞬間。


たくさんの、一つの命たちが、消し刺される瞬間。


オレは何もできなかった。


何のために警察官を目指していたというんだ。


何のために剣道を身に着けたというんだ。


大好きなみんなを護るためじゃなかったのか。


おまえを盾にして、オレは逃げることもできずに、ただその現場に突っ立っていた。


おまえは立派だ。


あの時、おまえはオレを庇って逃げ回った。


奇跡的に一命は取り留めた。


その時、おまえは高校教師を目指していて、塾の講師のバイトをしていたんだっけな。


殺戮の被害者の中には、おまえのことを好きだっていってた女子生徒がいて。


意識が戻らないおまえに、その子の両親が泣きながらお見舞いにきていて、


おまえは意識ないのにその女の子の名前を苦しそうに呼んで、


「今助ける」


ってずっと…。


おまえはまだ戦っていたよな。


あの頃からまだ戦い続けているらしいじゃないか。


あの後、おまえ警察学校に出願したんだって?


なんでだよ…。


おまえ、死にかけたんだぞ。


民間人の


ただの一般市民の


おまえが死にかけて、


たくさんの人が死んだ瞬間を目の前にしたのに、


なんで。


おまえ、頭おかしくなったのか?


あの子のところへ逝くつもりか?


なんで…。



あれから一年くらいたった昨日。


同窓会よりも小さな野郎会に呼ばれた。


なんだよ、「件名:野郎会、やろうかい?」


ばかばかしい、やるわ。


そんなもんやるわ。と速攻で返して、


当日、居酒屋で、待ち合わせた。


その中には、おまえもいて。


最初は誰だかさっぱりわからなかった。


そりゃそうだ。


だって昔のおまえは、ちゃらちゃら髪の毛染めて、癖っ毛のくせに一生懸命前髪伸ばして、ワックスだなんだストレートアイロン毎日かけて、服だって流行りのファッションで。


今日、数年ぶりに見たおまえは、坊主頭で、服だってスーツだ。


なんか、スーツで集まった野郎会は、


時の流れを感じる。


ああ、オレも大人になったんだ。


あんなにバカやってた奴らが大人になった。


でも、おまえだけ、輝いて見えるのは気のせいなのか。


坊主頭が光ってるんじゃないのか。


そういう結論で野郎会は片がついたけど、


本当はそうじゃないってみんな、おまえ以全員気づいてたよ。


おまえがあきらめなかったこと


まだ学生のようなきらきら


スーツに坊主頭って違和感が、


余計にそうさせるのか。


オレらもスーツきてぺこぺこして、


おまえは坊主頭をボディーソープでごしごし洗って。


おまえはいつかその夢をあきらめるのかな。


ボディーソープで頭を洗ううちに、


いろんなものに流されて、


もういいや、って流されてしまう夜がくるのかな。


あっけなく夢の卵は割れるというのに。


卵は簡単に割れる。


様々な要因によってかは知らないが、


割れてしまいそうなほど、


毎日刺激が襲ってくるというのに。


おまえは、つくづく


運のいいやつだ。


END.
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