スイセイ桜歌

五月萌

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第2章 ローリの歩く世界

22 ゴブリンの入ったオーケストラ

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「分身の中に入るだけでも奇跡ですのに、無茶苦茶ですわ。それに」

 ネニュファールが言い終わらないうちにローリはラウレスク姿のネニュファールを抱きしめた。

「それに? なんだい?」
「わたくしのせいでローリ様に被害が及ぶと心苦しいので、わたくしを生き返らせようとするのはやめてください」
 
 ネニュファールの声を聞きながら、ローリは強く瞳を閉じた。

「どうにかする」
「わたくしならいつもローリ様のそばで見守っています」

 ネニュファールは抱きしめ返す。

「分身になった時、どういう仕組で分身になったのかい?」
「分身になるには強い意志と運が必要でした。天界でもらった楽器を弾きながら分身の中に入りたいとローリ様に合わせて弾いて、分身の体に入ったのです」
「楽器とは?」

 ローリはネニュファールの肩に両腕をおいて、小声で聞く。

「ナチュラルホルンですわ」
「ほう。それはまた古い楽器だね」
「あの、さっき演奏がと言ってましたが、どういうことですの?」
 
 ネニュファールに聞かれてローリはかいつまんで話すことにした。

「ゴブリンからの贈り物? 日本に行っていいと?」

 ラウレスクの姿のネニュファールはびっくりした。

「わたくしにできることは……」

 ネニュファールはレンジを見やる。アップルパイが焼けるまで後、三十分はかかりそうだ。

「僕のそばにいてくれれば、何もしなくていい」
「わかりました。ところでその指輪は?」
「ニーベルングの指輪といって、死の先刻をしたり、誰かの体の中から世界を見れる追体験ができる」
「かっこいいですわ。ところで今、皆、どのくらい弾けますの?」
「オケはまだロングトーンの段階だよ。なにかうまくなる方法ないのだろうか? はあ」

 ローリはため息をついた。
(楽器は少しずつ練習しないとうまくならないらしい)
 そう思うローリであった。
 期限は三十一日。
 揃わせるには指揮者が必要だ。
(ひとまず僕が指揮してみるか)
「難しいですね。その指輪を使ってローリ様のバイオリンを体感させれば、サウカさんはうまくなると思いますわ、あるいは私のピアノの弾き方でもいいですわ」
「僕の知ってるお偉方で大地、水、太陽、風を弾ける人を探してみる。あとはクライスタルの兵士で弾ける者がいないか、美優さんに聞いてみることにするよ。ニーベルング」
ローリは薄型のケータイを取り出して電話を発信した。

『P.スパークの大地、水、太陽、風を弾けないかい?』

 そういうローリの声をネニュファールは七回ほど聞いた。

『ほう、それは本当かい? 来週の土曜日の十時くらいに弾いてくれたまえ。ああ、それからオーケストラを弾く人の名前も教えてもらいたいのだけれど、ユーホ、ペット、チェロ、ピアノ…………、わかった、ありがとう』

 ローリは日付ではない空白の部分に名前を書き込む。
 どうやら弾ける人がいたのだとネニュファールは肩をなでおろした。
 しばらくして、レンジから香ばしい匂いが鼻腔を通過した。レンジがチンと鳴った。

「さて、切ろうか?」
「私におまかせあれですわ」


 アップルパイはネニュファールによって八つに切り分けられる。
 ローリはネニュファールが切ったアップルパイを箱の中に入れた。
 ネニュファールは厨房に行き、紅茶を入れることにした。三十杯分は大変なので板前と武楽器使いでない人、総出で用意していた。
 寝室に向かう。階段の道は開かれたままだ。

 皆基本のロングトーンをしているようだ。
「アップルパイ焼けたよ、休憩にしようではないか。パース」
 
 ローリは箱を出すと、皿とアップルパイを取り出した。
 皆、武楽器を消して、ローリのもとに集まってきた。

「わーい!」
「わしとローリの共同作業じゃ」
「父上がもうすぐ来る」

 言っている間にネニュファールであるラウレスクが階段から降りてきた。

「帝王様! お体はご無事なのでしょうか?」
「ごほん、今日は気分が良いのだ」
 
 ネニュファールはバレないように毅然として振る舞う。四杯の紅茶をトレーで持ってきた。

「帝王様は座っていてください。紅茶運びは私達でやります故」
「すまんな」
「どうぞ」
 
 ローリは箱から座布団を取り出してネニュファールに渡す。

「ありがとう」
 
 そしてアップルパイと紅茶が全員に行き渡る。座布団もだ。

「皆、食べながら聞いてくれたまえ。今練習している曲を体感できる方法があるんだ。だがしかし、三名に限るのだよ。それと今の僕のことをローリと呼ぶことを許す。そしてこの場ではタメ口で構わない」
「誰に使うか……」
「メインメンバーの太陽と私とアイちゃんとダイチ君が吹いたり弾けなかったりしたらどうしようもないのでは?」
 
 美優は周りを見渡す。

「そうかい、そしたら美優さんとアイさんとダイチ君にお願いするよ」
「太陽は、それでいい?」
「うん、任せとけ」
 
 太陽はアップルパイにかじりついた。
 ローリは指輪の使い方を教えた。

「美味しい」
 
 美優はがっつくように食べている。

「確かに上手いな。この紅茶お高い紅茶だ」
 
 太陽はアップルパイと紅茶との相性の良さに称賛した。
 皆が食べ終わると、バケツリレーのようにお皿とティーカップが集められた。

「ローリが箱に入れて、運べば楽なのに」
  美亜が正論を言う。
「すまないが誰かの口をつけた皿や箸など箱に入れたくないんだ」
  ローリは切り捨てるように言った。
「吾輩も手伝おう」
「帝王様はお休みください」
「やると言っておるだろうが」

 ラウレスクは立腹するような声を上げた。

「ひいっ、申し訳ありません」
「よきかな」

 ネニュファールはラウレスクの声色をつかう。
 ローリは周りに中身の人が違うか見つかってしまわないか不安になった。
(なんだか情緒不安定すぎる)
 ラウレスク(ネニュファール)は十枚ほどの皿を持ち、階段をのぼる。
 使いのメイドが連なって、食事の後片付けをしている。

「さて、未来を見るのに時間は早いほうがいい、美優さん、アイさん、ダイチ君、三人しか書く空欄がないのでね」
「それなんだけどさ、例えば美優が来週の十時にスパーク弾く人の追体験をする。その追体験をした美優の行動、つまり追体験した時間にあわせて、更に追体験をして、誰かが内容を見るのはどうか?」
「うーん」
 
 ローリは訝しげに指輪とペンを美優に渡す。

「ニーベルングと唱えてくれたまえ。美優さんから、来週土曜日の十時から十一時と、名前の欄にタクシ・リュートと書いてくれたまえ」
 
 タクシ・リュートは貴族の一人だ。トランペッターである。

「ええ……ニーベルング」
 
 時の手帳に名前を書き込んだ美優の周りに青い火がついた。
 そして固まったように美優は動かなくなった。
 太陽は美優に触ろうとしたが触れなかった。青い炎がゴオオーと大きくなったからである。

「この魔法で美優はいつ戻ってくるんだ?」
「六十秒だよ」
 
 ローリは時計を見ていった。
 時刻は七時ちょうどだ。つまり十九時だ。
「時の手帳の開いてるスペースを使って、毎日今日ので三人分。プラス美優の体感で三人、一週間で十二人までオーケストラを鑑賞できるんだな」
「それは正しくないよ。まず時の手帳になんと書き込むつもりだい? 一分で意識を取り戻すのだよ使用者、美優さんは」
「じゃあやっぱり三人までなのか」
「はあ、そういうずるいことはできないようになっているようだね」
 
 ローリはため息をついて周りを見渡した。
 ゴブリン達が余ったアップルパイの取り合いをしている。

「ウォレ」
 
 ローリは二体の持つアップルパイを半分に切った。

「ありがとうございまス」
「どうもでス」

 二体はもったいなさそうにアップルパイを口に持っておく。
 全員、食べ終わったタイミングで美優は意識を取り戻した。

「美優どうだった!?」
「鳥肌モノ! やばい! やばい! ペットの限界超えてるって。ニーベルング」
 
 美優は指輪を外すとローリに両手で包み込むように渡した。

「ありがとう……一生に一度あるかないかの演奏だったよ」
「じゃあ次はアイさん」

 ローリは美優に手を掴まれてドキッとしたのを隠すようにすまし顔で指輪を受け取った後、アイに手渡した。

「はい」
「ユーフォニアムだと……ガイス・ナイ、と、来週の土曜日のところに十時から十一時までと書きたまえ」

 ローリは頭をフル回転させる。ユーフォニストは彼だ。
 アイはローリから指輪を、美優からペンを受け取る。

「ニーベルング」

 アイのはめた指輪から時の手帳が出てきた。
 アイは下手な字で美優が書いた下に書く。
 美優の字が達筆なのがよくわかった。

「きゃあ」

 アイの近くにいた、美優は予想もできないほどの力で飛ばされた。
 遠くで尻餅をついた。
 アイの周りには青い炎がうかがえる。

「美優大丈夫か?」
「いたた」
「ローリ、弾き飛ばされること知ってたんだろ、なんで言わない?」
「いや、僕自身、ニーベルングの指輪の効果を出した後のことはよくわかっていなかったんだ。悪いことをしたね。美優さん平気かい?」
「なんとか」
「トランペットは吹けるようになったかい?」
「自信はついたよ」
「それなら良かった」
「何人くらいのオーケストラだったのか?」
  太陽は腕を組んで、アイの様子を見ながら言った。

「三十人くらいだったかな? 手元に意識がいって数えられないよね」
「ピアノの人もいたよ」
「僕らの曲、ダイチ君はチェリストだったはずだから、弦楽器を混ぜたほうがきれいに聞こえると思うよ」
「あのさ、チェロ弾いてる人いた? 美優」
「そこは大丈夫、弦楽器の混ざったオケだったから」
「そういえば、まだ楽譜配ってなかったね」
「全員分、楽譜あるのか?」

 ローリは白い空間の棚にカルテのように並び詰められている、一部を手に取った。分厚いクリアブックだ。

「これは見にくいけど、全部の楽器の載った楽譜だから、ひとまずそれで練習してもらうよ」
「それが言っていた楽譜か」
「これは僕が五線譜に楽器ごとの楽譜に複製しておこう」
「一枚一枚手書きか?」
「コピーする魔法曲があるのさ」
「なんて曲?」
「スコット・ジョプリンのエンターテイナー」
「ふーん、俺も弾くよ」
「そうかい? 君のは武楽器にしなくて、普通のピアノで弾いてくれたまえ。パース」
 
 ローリは三百枚くらいの五線譜を箱の上に置いた。

「ウォレ」
「ピアノからいくよ」

 太陽は昔ながらの曲に旋律を奏でて気分が良かった。
 太陽はローリに驚いた。なぜなら、ローリはスパーク作曲の楽譜を見ながら、エンターテイナーを弾いていたのだ。
 五線譜は空を舞い、部類ごと分けられて光っている。ものすごい速さだ。
 息のあったコンビの演奏は大詰めを迎えていた。
 そうして、演奏は幕を閉じた。
 ローリの前には一人十枚あたりで、三十人ほどの楽譜が間隔をあけつつ並んでいた。
 一つの楽譜にト音記号から始まって細々ぎっしり書き込まれている。

「ローリ?」
 
 口を開いたのは状況の掴めてないアイだった。

「すまない、待たせたね。今、楽譜ができたところさ」
「どうだった?」
 
 美優は瞳を光らせながら訊く。

「えっと、……本格的な演奏だった」
「次、ダイチだ、せっかくの演奏楽しんでこいよ」
 
 太陽は明るく言う。

「あ、ありがとう……ございます」
 
 おどおどしたダイチはペンと指輪をアイから受け取った。指輪をはめる。

「ニーベルング」
「チェリストはコウ・ナベ、というお方だよ」
 
 ローリは楽譜を拾い集めて、皆に配りながら言った。
 ダイチは時の手帳に書き込むと青い炎が周りを取り囲んだ。
 こうして大地、水、太陽、風は生のようで生でないオーケストラを三人、聴いた。
 ダイチの意識が戻ってくる間にダイチ以外全員楽譜を受け取っていた。

「試しに普通の楽器で皆、弾いてみようか!」

 ローリは提案する。
 二十九人の人の出す音は不協和音のようだった。その中の楽器を持ったゴブリンが十体いて、居心地の悪そうに小さい音を出している。

それはそれはブレブレの音の弾が投げられている。幸い、武楽器で吹いているわけではないので、魔法曲にはならないが、テンポを遅くしてもチープな音の重なりに聞こえる。
「各自、ロングトーンしてこい。期限は一ヶ月だからな」
 
 ドーリーは怒り狂いながら叫んでいる。

「ゴブリンの子達も、もう少し自身持って弾きなさい」
「はイ」
「すみません。そろそろ帰らなくちゃならない時間になりました」
 
 アイは申し訳無さそうに申し出た。
 アイのケータイの時間は十九時四十分だ。

「では、分かれて個人練習をしよう! それと来週の土曜日の十時から十一時あけておくように。クライスタルでお偉いさんがオケのコンサートを、わかると思うが、大地、水、太陽、風を聴かせてくださる。ではよろしく頼むよ」
「私達もそろそろお暇します」

 美優と美亜と太陽と翔斗とアスは帰る用意をしている。
「楽器は借りていくかい?」
「俺借りてく!」
「私はいいや」
「あたしも家にあるし」
「俺は物理的に無理だ」
「私も」
「僕が中庭まで送るよ」
 
 皆の意見を聞いたローリは微笑しながら答えた。階段を先に上がり、廊下に出て、暫く歩く。

「なあ、ローリ、半月狩りについて、どう思っている」

 太陽はローリにいつもの調子で話しかける。

「地下を出て、城内では陛下と呼びたまえ。僕は半月狩り禁止令を出そうかと思っているよ。ギャングが増えて効果が薄いかもしれないが、やれるだけのことはするつもりだ」
「禁止令に背くとどうなるんですか?」
「……願い石が貯まるまで労役場で働いてもらう。早ければ二十五年くらいで出れる」
「恐ろしいですね」
「母上に聞いてそれからだよ。おそらく執行されるだろうね。

 ローリはルコに半月狩りについて言うのを忘れていた。
 中庭についた。

「それじゃ、また会いましょう」
「気をつけて帰りたまえ」

 各々、挨拶してから世界樹の膜に入っていった。
 ローリは零時三十分頃に消えてしまうラウレスクの分身であるネニュファールが気になって探していた。
 別の目的の人にぶつかった。
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