王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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46.初めての夜会

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 はぁ……なんってゴージャスなんだろう。
 会場の華やかなムードに思わず感嘆のため息が漏れる。

 キラキラと輝くシャンデリア、明るい音楽、テーブルに並べられた美味しそうな料理、それら全てが私をワクワクさせてくれる。今までの平凡な生活とはあまりにもかけ離れた光景に、本当にこれは現実なのだろうかとさえ思えてくる。

 ウィルバートにエスコートされ広間をゆっくりと歩いて行く。覚悟はしていたけど、想像以上に人々の視線が突き刺さる。皆がウィルバートに頭をさげながらも、私を観察するように見ているのがはっきりと分かった。

「やぁ殿下、元気ですかな?」

 アニメのキャラクターばりに立派な口髭を生やした紳士に声をかけられ、ウィルバートが足をとめた。

「デンバー公爵、よく来てくれました」

「今年の夜会も盛大ですな。楽しませていただきますよ」

 紳士がはっはっはっと豪快に笑うその横で、サブリナ様がいかにも上流階級のマダムといった上品な微笑みを浮かべている。

 不意に男性が私の方へと身を乗りだした。その顔の迫力に、思わず後退りしてしまう。ジロジロっと遠慮なく私を観察した後で、紳士がはっはっはっと再び豪快に笑った。

「こちらが噂のアリス嬢ですな。いやはやこの怯えた小動物のような目が可愛らしい」

 紳士の笑い声はすごい。声が大きいだけで迫力があるのに、吐き出す息も多いようだ。吐く息の風圧で、思わず後ろに下がってしまいそうになる私の背中をウィルが倒れないよう支えてくれた。

「アリス、こちらはデンバー公爵だよ」

 こういった場面での挨拶の仕方はルーカスとキャロラインに叩きこまれたので自信がある。

 デンバー公爵はキャロラインの父親だというのが信じられないくらい、いかつい顔をしていた。と言ってもブサイクなわけではない。顔力が凄いのだ。もし公爵がドラマに出るとしたら、絶対悪役、しかも悪の親玉だろうというレベルの顔力だ。

「キャロラインの言っていた通り、本当に可愛らしいお嬢さんだ」

 公爵がニヤリと笑った。豪快に笑う時も迫力があったが、こういう笑い方をされる方がより怖さを感じるのは、何か悪いことでも企んでいるように見えるからだろう。

「キャロラインはいつもアリス様のお話をしていますの。あの子ったらアリス様のことが大好きみたいで」

 サブリナ様にそう言われると、何だかお腹の中がむずがゆい。キャロラインが私のことを好きでいてくれるなんて光栄だ。

「私もキャロライン様の事が大好きです。仲良くしてくださって本当に感謝してます」
 私の言葉に夫妻は嬉しそうに目を細めた。

「……ということは、キャロラインも脈ありかな?」

 デンバー公爵が顎に手をあて、ふむふむと軽くうなずくような仕草をしてみせた。

「バトラー公爵、それは……」

 ウィルが何か言おうと口を開いたが、新たなおじさんの登場によって会話は途切れた。

「殿下、少しばかり相談したい事がありまして……」

 私の前では話にくいことなのだろう。おじさんがチラッと私に視線を向けた。それを察したサブリナ様が、飲みものでもどうかと声をかけてくれる。

「ではご一緒させてください。ウィルバート様、また後で……」

 邪魔にならないようその場を去ろうとした瞬間、名前を呼ばれ腕を掴まれた。驚いて振り向いた拍子にバランスを崩し、ウィルバートの胸にストンともたれかかってしまう。

「わたしから離れたらダメだよ」
 そっと耳元で囁くようなウィルの声に、身体中にゾクゾクするような電流が走った。

「申し訳ありません。今日はアリスと二人で過ごす約束ですので。ご相談でしたら後日改めて時間を設けさせていただきます。失礼」
 私の腕を引くようにしてウィルバートが歩き始めた。

「私なら大丈夫ですよ。サブリナ様もいらっしゃいますし、お話聞いてあげてください」

 少し早足で進んでいたウィルの足が止まった。

「アリスはそれでいいのかい?」

「はい。問題は起こさないように注意します」

「そんな心配はしていないよ」

 ウィルバートがやけに熱のこもった瞳で私を見つめている。

「わたしはアリスと離れたくないんだよ。アリスはわたしと一緒にいたいと思ってくれないのかな?」

「わ、わたしも……一緒にいたいです」
 恥ずかしくて声は小さくなってしまったけれど、きちんと届いたようだ。ウィルバートはにっこり微笑むと、「人が多いからね。迷わないようにこうしていよう」と優しく私の手を握った。

「迷ってもきっと大丈夫です。ウィルみたいにかっこいい人は他にいないので、きっとどこにいてもすぐに見つけられると思います」

「……そんなこと言ったらだめだよ。我慢できなくなってしまうから」 

「えっ?」
 ウィルが私の耳元に口を寄せた。

「そんな事を言われたら、今すぐ抱きしめたくなってしまうじゃないか。そういう可愛いことは、今夜二人きりになった時に言っておくれ」

 体がかぁっと熱くなる。
 きっと今の私の顔は、湯気が出るほど真っ赤だろう。もうどう答えていいのか分からない。赤い顔を見られたくなくて俯いた私に、救いの声が聞こえてくる。

「ウィルバート様、アリス様、こちらでしたか」

 名前を呼ばれ顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、美しく気飾ったキャロラインの姿だった。

 なんて綺麗なの……元々美しい人だけど、髪型とドレスのせいだろうか、今日はいつも以上に眩しく感じる。

「アリス様、そのドレスとてもお似合いですね。お綺麗ですわ」

「いえ、綺麗という言葉は私にはもったいないと思います」

 私ってばなんて自惚れ屋なのかしら。さっきまで自分で自分の事を結構可愛いと思ってたなんて、恥ずかしいにも程がある。ウィルもアナベルも、私に綺麗と言ってくれたけどそれは絶対に間違っていると断言できる。

「綺麗とか美しいという言葉はキャロライン様のためにあるのだと思います」

 本当にそれくらいキャロラインは美しかった。
 キャロラインを見ていると、自分がいかに華がなく、平凡なのかを思い知らされるようだ。

「ふふふふっ。まぁ、アリス様ったら」
 キャロラインの口から明るい笑い声が漏れた。
 見るとウィルも同じように笑っている。

 私は別に面白いことを言ったつもりはなかったが、二人が楽しそうに笑っているのがなんだか嬉しい。自然と私まで楽しい気分になってくる。

 ……ってなんだかさっきより見られてない?
 ホールに入った時から視線は感じていたが、さらに皆の注目を集めているような気がする。

 まぁウィルとキャロラインという美しいコンビがいたら、嫌でも目立っちゃうのかもしれない。これだけ注目されていたら、色々気をつけないと。おほほほほっと、いつもの3倍上品な笑い声を出した。

「ウィルバート様、そろそろお時間ではございませんか?」

「そうなんだけれど、アリスと離れるのが辛くてね。なかなか動けなかったんだよ」
 そう言って、ウィルが突然私の頬にチュッとキスをした。

「!!」
 不意うちキスを受け、停止した私にウィルが優しい笑顔を見せる。

「すぐ戻ってくるよ。キャロライン嬢、アリスを頼みます」

 軽く手をあげどこかへ向かうウィルバートの背中を見つめる私の耳に、途切れ途切れだが気になる会話が聞こえてくる。

「……ウィルバート王子がキャロライン嬢から乗り換え……」
「……三角関係にしては……」
「キャロライン様もよく耐えて……」

「アリス様どうかなさいましたか?」
 聞き耳を立てている私の顔が険しかったのだろう、キャロラインが心配そうな顔をしている。

「誰かがウィルバート様とキャロライン様のお話をしているのが聞こえたんです。その内容が少し気になってしまって……」

「先程からざわついていますものね。大方わたくし達の関係を面白がっているのでしょう」

 キャロラインがにっこりと微笑んだ。彼女がこういう笑い方をするということは、おそらくこの話は終わらせたいのだろう。気にはなったが、それ以上尋ねるのはやめておいた。

「アリス様、ほら、国王陛下のお話が始まりますわ」

 キャロラインの示した方を見ると、ちょうど国王夫妻、そしてウィルが壇上にあがっているところだった。その姿に思わずほぅっとため息が出る。皆の前に立つウィルバートは、ただかっこいいだけでなく威厳に満ちていた。

 ウィルはやっぱり王子様なんだよね。いつもそばで笑ってくれるから、ウィルの身分を忘れてしまいそうになる。だけどやっぱりウィルは私とは違う世界の人なのだ。

 ウィルを見つめながらもの思いにふけっていると、ロバート国王が一年のまとめとなる挨拶と共に夜会の始まりを告げた。ホールに再び明るい音楽が流れ始めた。

ウィルが壇上から降りた途端、待ってましたとばかり綺麗に着飾った令嬢が群がった。あれだけたくさんの女性に取り囲まれていては、ウィルは当分こちらに戻っては来ないだろう。

 キャロラインも同様に感じたようだ。
「わたくし達は飲みものでもいただきましょう」
 そう言って給仕係からドリンクを受け取った。

 サイダーによく似た炭酸飲料はよく冷えていてとても美味しい。自分で思っていたよりも喉が乾いていたようで、受け取ったグラスはすぐに空になってしまった。すぐさま新しいグラスを持った給仕係がやってきて、空のグラスをさげてくれる。さすが王宮で働く人は仕事が早い。

「アリス様、初めての夜会はいかがですか?」
「とっても楽しいです。本当に全てがキラキラしていて……こんな素敵な空間に私がいるなんて夢のようです」

「よかったですわ」
 キャロラインが嬉しそうに微笑んだ。

 相変わらずキャロラインの笑みは見事だ。女神の微笑みとでも言おうか。女の私でもその美しさに心を奪われてしまうほどだ。

 そのキャロラインの微笑みが、ほんの一瞬ピクリと動いた。
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