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第3章.三年後の聖女
15.聖女の衝撃
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「で、そう言うわけで、気が付いたらまたここにいたのよ。どうしてかしら?」
わたしは頬杖をつきエルディスに尋ねた。
ここは第一神殿の王侯貴族専門の客間である。壁には新緑と花模様のモザイク、更には歴代の勇者と聖女を意匠としたタペストリーが飾られていた。家具や調度品は一木造の高級品であり、わたしとエルディスの座る椅子には絹のカバーがかけられている。間の長方形のテーブルには薄い紫のクロスが乗っていた。相変わらず無駄に豪華で悪趣味である。経費削減の意識などどこにもないのだろう。
「また何か困ったことがあって、国王が呼んだんじゃないのよね?」
わたしの問いにエルディスは苦々しげに首を振った。その鼻の穴には布切れが突っ込まれている。
「召喚術は聖女を召喚するときのみに使われます。準備に数ヶ月以上を必要とし、高度な魔力を持つ神官を必要とするので、そう簡単にできるものではありません」
それ以前に国王も貴族もハゲの恐怖に恐れをなし、わたしを再召喚し利用しようと言うバカも、もはやこの国のどこにもいないのだそうだ。皆おとなしくそれぞれの政務に励んでいるのだと言う。
「じゃあ、いったい誰がわたしを呼んだの?」
心臓がどくんと大きく鳴った。
まさかフェレイド?
三年前の最後の台詞を思い出す。
『三年間一度もわたしに会えなくても他の女に一度も心を奪われず、まだわたしを好きだと言うのなら考えてあげてもいいわ』
そんなはずがないと思い直す。なぜならフェレイドは王子なのだ。王族の血を引いている上勇者ともなれば、貴族の令嬢の結婚相手としてだけではない。他国の王家からも入り婿として引っ張りだこだろう。あるいはすでに可愛い妻子がいるのかもしれない。そもそもカレンドールは男性の適齢期は二十歳前後なのだ。王子であれば二十代で独身など許されるはずもない。
エルディスはわたしの青ざめた顔から、すぐに何を考えているのかを悟ったのだろう。「違いますよ」と首を振り溜息を吐いた。
「フェレイド王子は現在旅に出られています。いいや、王子と言うのもすでに正しくはないですね。フェレイド様は三年前臣籍への降下を陛下に願い出られました。勇者としての功績も国に帰され一私人となり、フェレイド・アーシアンと名乗られています」
わたしは衝撃に言葉を失い、思わずエルディスの顔を見つめた。
――フェレイドが身分を放棄した?
「どうして……」
目を白黒とさせるわたしにエルディスは更に告げた。
「”女神の加護や王家の庇護がなくとも、ひとりで強いと言える男になりたい”。そう仰りサーヤ様が帰還されたのち、冒険者として旅立たれました」
己の力と一振りの剣のみと共として、たった一人で国を出たのだそうだ。魔王の盗伐後にも世界にはまだ危険な魔物が多くいる。それらを退治しに行くのだと、置手紙を残し王都から姿を消した。
「そんな」
わたしはテーブルに両手をつき、何度も首を振り思わず叫んだ。
「あんな甘ったれがひとりでやっていけるわけがないでしょう!?」
エルディスは苦笑しテーブルの上に手を組む。
「わたしも陛下も王太子殿下もそう申し上げ止めたのですが、フェレイド様はこうお答えになりました」
『わたしは勇者としてではなく、第三王子としてでもなく、ただのフェレイドとして強くなりたいのです。女神カレンディアの恵みがあり再びサーヤに出会えることがあれば……その時には二度とあの人を不安にさせないわたしでありたい。甘えを捨て彼女を守れるひとりの男になりたいのです』
部屋に沈黙が伸し掛かった。わたしはその重さに潰され、再び椅子に力なく腰掛ける。
「あの脳筋……。それがどうして、冒険者になるって、話になるわけ……?」
憎まれ口を叩きながらも、声が掠れるのを止められない。フェレイドは約束を守ろうとしていた。わたしが守るかどうかもしれない約束を――その上強くなろうとしていたのだ。逃げたわたしとはまったく違う。震えるわたしに「それよりも」とエルディスが顔をしかめる。
「サーヤ様、今は誰があなたを呼び出したのかより、考えなくてはならないことがあります。このままではあなたは地球に帰れない」
わたしは驚きエルディスを見つめた。エルディスの紫の瞳に強い光が込められる。
「帰してはあなたが死んでしまうからです」
わたしは頬杖をつきエルディスに尋ねた。
ここは第一神殿の王侯貴族専門の客間である。壁には新緑と花模様のモザイク、更には歴代の勇者と聖女を意匠としたタペストリーが飾られていた。家具や調度品は一木造の高級品であり、わたしとエルディスの座る椅子には絹のカバーがかけられている。間の長方形のテーブルには薄い紫のクロスが乗っていた。相変わらず無駄に豪華で悪趣味である。経費削減の意識などどこにもないのだろう。
「また何か困ったことがあって、国王が呼んだんじゃないのよね?」
わたしの問いにエルディスは苦々しげに首を振った。その鼻の穴には布切れが突っ込まれている。
「召喚術は聖女を召喚するときのみに使われます。準備に数ヶ月以上を必要とし、高度な魔力を持つ神官を必要とするので、そう簡単にできるものではありません」
それ以前に国王も貴族もハゲの恐怖に恐れをなし、わたしを再召喚し利用しようと言うバカも、もはやこの国のどこにもいないのだそうだ。皆おとなしくそれぞれの政務に励んでいるのだと言う。
「じゃあ、いったい誰がわたしを呼んだの?」
心臓がどくんと大きく鳴った。
まさかフェレイド?
三年前の最後の台詞を思い出す。
『三年間一度もわたしに会えなくても他の女に一度も心を奪われず、まだわたしを好きだと言うのなら考えてあげてもいいわ』
そんなはずがないと思い直す。なぜならフェレイドは王子なのだ。王族の血を引いている上勇者ともなれば、貴族の令嬢の結婚相手としてだけではない。他国の王家からも入り婿として引っ張りだこだろう。あるいはすでに可愛い妻子がいるのかもしれない。そもそもカレンドールは男性の適齢期は二十歳前後なのだ。王子であれば二十代で独身など許されるはずもない。
エルディスはわたしの青ざめた顔から、すぐに何を考えているのかを悟ったのだろう。「違いますよ」と首を振り溜息を吐いた。
「フェレイド王子は現在旅に出られています。いいや、王子と言うのもすでに正しくはないですね。フェレイド様は三年前臣籍への降下を陛下に願い出られました。勇者としての功績も国に帰され一私人となり、フェレイド・アーシアンと名乗られています」
わたしは衝撃に言葉を失い、思わずエルディスの顔を見つめた。
――フェレイドが身分を放棄した?
「どうして……」
目を白黒とさせるわたしにエルディスは更に告げた。
「”女神の加護や王家の庇護がなくとも、ひとりで強いと言える男になりたい”。そう仰りサーヤ様が帰還されたのち、冒険者として旅立たれました」
己の力と一振りの剣のみと共として、たった一人で国を出たのだそうだ。魔王の盗伐後にも世界にはまだ危険な魔物が多くいる。それらを退治しに行くのだと、置手紙を残し王都から姿を消した。
「そんな」
わたしはテーブルに両手をつき、何度も首を振り思わず叫んだ。
「あんな甘ったれがひとりでやっていけるわけがないでしょう!?」
エルディスは苦笑しテーブルの上に手を組む。
「わたしも陛下も王太子殿下もそう申し上げ止めたのですが、フェレイド様はこうお答えになりました」
『わたしは勇者としてではなく、第三王子としてでもなく、ただのフェレイドとして強くなりたいのです。女神カレンディアの恵みがあり再びサーヤに出会えることがあれば……その時には二度とあの人を不安にさせないわたしでありたい。甘えを捨て彼女を守れるひとりの男になりたいのです』
部屋に沈黙が伸し掛かった。わたしはその重さに潰され、再び椅子に力なく腰掛ける。
「あの脳筋……。それがどうして、冒険者になるって、話になるわけ……?」
憎まれ口を叩きながらも、声が掠れるのを止められない。フェレイドは約束を守ろうとしていた。わたしが守るかどうかもしれない約束を――その上強くなろうとしていたのだ。逃げたわたしとはまったく違う。震えるわたしに「それよりも」とエルディスが顔をしかめる。
「サーヤ様、今は誰があなたを呼び出したのかより、考えなくてはならないことがあります。このままではあなたは地球に帰れない」
わたしは驚きエルディスを見つめた。エルディスの紫の瞳に強い光が込められる。
「帰してはあなたが死んでしまうからです」
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