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第一話「月の光と胸の痛み」
020.仲直りと杖探し(4)
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「……大切にしていたんだろうな」
クルトの目が細められる。
「鞘の傷も何度も修復されている」
なぜ手放したんだろうと不思議そうだった。ロング・ソードをもとの位置に戻し、「ぜんぶそうだ」とぽつりと呟く。
「この剣も、その盾も、あの杖もみな大切にされて――」
クルトの目の動きがそこで止まった。
『クルト?』
青空色の目がかすかに見開かれている。どうしたんだろうとクルトの視線をたどると、その先には黒光りのする一本の杖があった。お店の隅っこに立て掛けられている。クルトは吸い寄せられるように歩み寄り、迷いなくその杖を握り締めた。一瞬杖からふわっと光を乗せた風が立ち上がり、クルトの金の髪と私のヒゲを舞い上げる。
『……!?』
私が目を瞬かせ見直した時には、きらめく風はもう収まっていた。
私が見たこともない色と形の杖だった。支柱は黒というより混じり気の無い闇の底――それでいて冷ややかで艶やかな光沢がある。黒い金属だなんてはじめてで驚いた。上の飾りはたてがみを持つ竜と鳥の金のキメラが、口に小さな丸いラピスラズリを咥えている。その少し下では握って隠れるほどの長さを、金のふちのついたいぶし銀の筒が覆っていた。使い手はきっとここを持つのだろう。先っぽは金のトンガリで石板と同じ文字が刻まれている。
「――いらっしゃいませ。その杖が気に入りましたか?」
横から声をかけられクルトははっと我に返った。優しそうなおばちゃんがほほ笑んでいる。おばちゃんは「あら?」と私に目を留め、「ケット・シーは久しぶりねぇ」と頭を撫でてくれた。クルトが杖を横にしておばちゃんに差し出す。
「この店のあるじだろうか。この杖はどこから買い取った?」
おばちゃんは「確か……」と視線をさまよわせ、やがて「ああ、そうそう」と手を打った。
「息子が少し前に引き取って来たものです。マーヤに立ち寄った魔術師の方が置いて行かれたような。お値段は確か二〇ゴールドですよ。旅のお供にいかがでしょうか?」
「二〇……!?」
クルトは「馬鹿な」と絶句した。
「あるじ、即金で一〇〇ゴールド出す。だから、もとの持ち主の名前を教えていただけないだろうか」
おばさんも私もぎょっとなりクルトの顔を見つめた。だって一〇〇ゴールドはクルトがマーヤで稼いだほとんどだ。おばちゃんも困り果てた顔になっている。クルトはそれでも引く気はないみたいだった。
「それでもはるかに安い。なぜならこれは――」
ところが詰め寄るクルトとおばさんの間に、もう一つの男の人の声が割って入った。
「――お客さん、そりゃあこっちが困るな」
あれっ?と私は耳をそばだてる。だって、だって、だって、この声は。のそりと大きな影がお店の奥から現れる。
「それは何を言われても二〇ゴールドでしか売る気はない。うちは客を売る――そんな形の商売はやってないんだ。親父の代からの信頼を壊すからな」
『……!!』
私はクルトの肩から床に着地し、その人間にたたっと駆け寄った。
『やっぱりクマ男だ!!』
クマ男が「チビクロ!?」と叫び、続いて後ろにいるクルトに驚く。
「そっちはクルト・フォン・ハンスじゃねえか!?」
私はクマ男の周りを飛び跳ねながらぐるぐると回った。
『クマ男の家だったんだ! 看板もクマなんだね!!』
「ああ、先代の俺の親父もクマ男ってあだ名でよ。面白がってそのまま看板にしちまった」
おばちゃんはクマ男のお母さんなんだそうだ。半年前にクマ男のお父さんが亡くなってからは、おばちゃんが代わってよろず屋の店主になり、クマ男もときどきお店を手伝っているんだという。
「で、お前らこんなところにまで何しに来たんだ?」
クマ男がしゃがみ込み私の頭を撫でた。手の温かさがおばちゃんと同じだ。私は前足と後ろ脚をそろえて、「ねえねえ」とクマ男を見上げる。
『三度目だよ!』
「三度目……?」
『会うの、三度目!!』
クマ男は「ああ、そっか」とくしゃりと顔を崩した。
「もう仲良しだな」
後ろにいるクルトに目を向け「とりあえず」と頭を掻く。
「まあ二人と一匹でエールでも飲みながら、二階で商談をするってのはどうだ? チビクロには今朝お袋が買ったヤギのミルクってことで」
『……!!』
私はしっぽをぴんと立てた。
それは、めいあんだ!!
クルトの目が細められる。
「鞘の傷も何度も修復されている」
なぜ手放したんだろうと不思議そうだった。ロング・ソードをもとの位置に戻し、「ぜんぶそうだ」とぽつりと呟く。
「この剣も、その盾も、あの杖もみな大切にされて――」
クルトの目の動きがそこで止まった。
『クルト?』
青空色の目がかすかに見開かれている。どうしたんだろうとクルトの視線をたどると、その先には黒光りのする一本の杖があった。お店の隅っこに立て掛けられている。クルトは吸い寄せられるように歩み寄り、迷いなくその杖を握り締めた。一瞬杖からふわっと光を乗せた風が立ち上がり、クルトの金の髪と私のヒゲを舞い上げる。
『……!?』
私が目を瞬かせ見直した時には、きらめく風はもう収まっていた。
私が見たこともない色と形の杖だった。支柱は黒というより混じり気の無い闇の底――それでいて冷ややかで艶やかな光沢がある。黒い金属だなんてはじめてで驚いた。上の飾りはたてがみを持つ竜と鳥の金のキメラが、口に小さな丸いラピスラズリを咥えている。その少し下では握って隠れるほどの長さを、金のふちのついたいぶし銀の筒が覆っていた。使い手はきっとここを持つのだろう。先っぽは金のトンガリで石板と同じ文字が刻まれている。
「――いらっしゃいませ。その杖が気に入りましたか?」
横から声をかけられクルトははっと我に返った。優しそうなおばちゃんがほほ笑んでいる。おばちゃんは「あら?」と私に目を留め、「ケット・シーは久しぶりねぇ」と頭を撫でてくれた。クルトが杖を横にしておばちゃんに差し出す。
「この店のあるじだろうか。この杖はどこから買い取った?」
おばちゃんは「確か……」と視線をさまよわせ、やがて「ああ、そうそう」と手を打った。
「息子が少し前に引き取って来たものです。マーヤに立ち寄った魔術師の方が置いて行かれたような。お値段は確か二〇ゴールドですよ。旅のお供にいかがでしょうか?」
「二〇……!?」
クルトは「馬鹿な」と絶句した。
「あるじ、即金で一〇〇ゴールド出す。だから、もとの持ち主の名前を教えていただけないだろうか」
おばさんも私もぎょっとなりクルトの顔を見つめた。だって一〇〇ゴールドはクルトがマーヤで稼いだほとんどだ。おばちゃんも困り果てた顔になっている。クルトはそれでも引く気はないみたいだった。
「それでもはるかに安い。なぜならこれは――」
ところが詰め寄るクルトとおばさんの間に、もう一つの男の人の声が割って入った。
「――お客さん、そりゃあこっちが困るな」
あれっ?と私は耳をそばだてる。だって、だって、だって、この声は。のそりと大きな影がお店の奥から現れる。
「それは何を言われても二〇ゴールドでしか売る気はない。うちは客を売る――そんな形の商売はやってないんだ。親父の代からの信頼を壊すからな」
『……!!』
私はクルトの肩から床に着地し、その人間にたたっと駆け寄った。
『やっぱりクマ男だ!!』
クマ男が「チビクロ!?」と叫び、続いて後ろにいるクルトに驚く。
「そっちはクルト・フォン・ハンスじゃねえか!?」
私はクマ男の周りを飛び跳ねながらぐるぐると回った。
『クマ男の家だったんだ! 看板もクマなんだね!!』
「ああ、先代の俺の親父もクマ男ってあだ名でよ。面白がってそのまま看板にしちまった」
おばちゃんはクマ男のお母さんなんだそうだ。半年前にクマ男のお父さんが亡くなってからは、おばちゃんが代わってよろず屋の店主になり、クマ男もときどきお店を手伝っているんだという。
「で、お前らこんなところにまで何しに来たんだ?」
クマ男がしゃがみ込み私の頭を撫でた。手の温かさがおばちゃんと同じだ。私は前足と後ろ脚をそろえて、「ねえねえ」とクマ男を見上げる。
『三度目だよ!』
「三度目……?」
『会うの、三度目!!』
クマ男は「ああ、そっか」とくしゃりと顔を崩した。
「もう仲良しだな」
後ろにいるクルトに目を向け「とりあえず」と頭を掻く。
「まあ二人と一匹でエールでも飲みながら、二階で商談をするってのはどうだ? チビクロには今朝お袋が買ったヤギのミルクってことで」
『……!!』
私はしっぽをぴんと立てた。
それは、めいあんだ!!
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