30 / 51
第一話「月の光と胸の痛み」
030.ずるくて優しい(3)
しおりを挟む
クルトはずるい。ずるくて優しい。ずるくて優しくて温かい。ほんとうに危険な場所にはいつも私を連れて行ってくれない。こんなふうに頼めば私が「いっしょがいい」言えないことを、思いを飲み込んでがまんすることを知っている。私はクルトがどんな敵にも負けないと信じている。それでもできればクルトと一緒に行きたい。私はその思いをぐっとこらえて、「わかった」とこくりとうなずいた。だってクルトを困らせたくはない。
「……よし。ほんとうに危険になったら、真っ先に逃げるんだぞ。これだけは約束してくれ」
クルトはほほ笑みながらも私の頭を撫でた。
「終わったらまたあの蒸し魔マスだ。今度は丸ごと一匹食べていい」
音もなく立ち上がり杖をとんと地面につく。そして再び金の風がクルトを包み、その身体を宙に舞い上げみんなを驚かせた。
「と、飛んだ!?」
けれどもすぐに再び顔を見合わせる。
「ありゃあ風の魔術の応用だろうよ。そ、それよりこれからどうする。逃げないと丸焼きにされるかもしれないぞ」
「そうだ、自警団の連中はどうした? 近くに詰め所があったはずだろう?」
「そ、それがよお、さっき見て来たけどもぬけの殻でよ……」
「なっ……」
不安と動揺がざわめきとなってまたたく間に広がっていく。
「逃げやがったのか!?」
「い、いや、討伐の応援に行ったってことも……」
「あいつらがいなければ、避難経路も分からないだろ!? 何てやつらだ!!」
――たいへん。
私は揉め始めた男の人たちの足もとに駆け寄った。人間は一度「りせい」をなくすと、危険を察知して回避するための、「ほんのう」も働かなくなるんだと、いつかクルトから教えられた。そこが私たち魔物や動物とは大きく違っていて、だから人間は知能と魔術なしでは最弱の種族なんだって。そんな時にはまず「りせい」を取り戻すために、落ち着かせることが大切なんだって。
『聞いて!! お願い、聞いて!!』
けれどもみんな興奮しているのか私の声は心に届かないみたいだ。どうしよう、どうしたらいいんだろうとその場に立ち尽してしまう。ところがそんな私をクルトではない別の誰かがひょいと抱き上げた。
「み、みゃあっ!?」
「ルナちゃん」と手の主が私の名前を呼んだ。この声は――。
『おかみさん!!』
そう、宿屋のおかみさんだった。
おかみさんは私を抱えたままずいと前に進み出ると、「静かにおし!!」と大声で一喝し、一瞬でみんなを黙らせてしまった。
「どいつもこいつも大の大人が震え上がって情けない。こんな時にいない連中に文句を言っても何にもならないだろう!? おまけに猫の子一匹すら気に掛けられないのかい。こうなったら全員アタシの後についておいで。大通りならきっとまだ通り抜けられ――」
『おかみさん!!』
私はおかみさんの胸にすがりついた。
『大通りは使えない。火が燃え広がっている』
「えっ、ルナちゃんはそんなことがわかるのかい」
『うん、さっき見たし鼻でもわかるの。遠くだけど木の燃えるにおいがする。第二通りもきっと燃えていると思う』
「……」
おばさんは「そうかい」ときっと顔を上げた。
「どこがまだ無事なのかもわかるかい?」
『うん、わかる、ぜんぶわかる。西通りはだいじょうぶ。そこから城門に抜けられるよ!』
「だったらさっそくみんなを誘導しよう」
「……よし。ほんとうに危険になったら、真っ先に逃げるんだぞ。これだけは約束してくれ」
クルトはほほ笑みながらも私の頭を撫でた。
「終わったらまたあの蒸し魔マスだ。今度は丸ごと一匹食べていい」
音もなく立ち上がり杖をとんと地面につく。そして再び金の風がクルトを包み、その身体を宙に舞い上げみんなを驚かせた。
「と、飛んだ!?」
けれどもすぐに再び顔を見合わせる。
「ありゃあ風の魔術の応用だろうよ。そ、それよりこれからどうする。逃げないと丸焼きにされるかもしれないぞ」
「そうだ、自警団の連中はどうした? 近くに詰め所があったはずだろう?」
「そ、それがよお、さっき見て来たけどもぬけの殻でよ……」
「なっ……」
不安と動揺がざわめきとなってまたたく間に広がっていく。
「逃げやがったのか!?」
「い、いや、討伐の応援に行ったってことも……」
「あいつらがいなければ、避難経路も分からないだろ!? 何てやつらだ!!」
――たいへん。
私は揉め始めた男の人たちの足もとに駆け寄った。人間は一度「りせい」をなくすと、危険を察知して回避するための、「ほんのう」も働かなくなるんだと、いつかクルトから教えられた。そこが私たち魔物や動物とは大きく違っていて、だから人間は知能と魔術なしでは最弱の種族なんだって。そんな時にはまず「りせい」を取り戻すために、落ち着かせることが大切なんだって。
『聞いて!! お願い、聞いて!!』
けれどもみんな興奮しているのか私の声は心に届かないみたいだ。どうしよう、どうしたらいいんだろうとその場に立ち尽してしまう。ところがそんな私をクルトではない別の誰かがひょいと抱き上げた。
「み、みゃあっ!?」
「ルナちゃん」と手の主が私の名前を呼んだ。この声は――。
『おかみさん!!』
そう、宿屋のおかみさんだった。
おかみさんは私を抱えたままずいと前に進み出ると、「静かにおし!!」と大声で一喝し、一瞬でみんなを黙らせてしまった。
「どいつもこいつも大の大人が震え上がって情けない。こんな時にいない連中に文句を言っても何にもならないだろう!? おまけに猫の子一匹すら気に掛けられないのかい。こうなったら全員アタシの後についておいで。大通りならきっとまだ通り抜けられ――」
『おかみさん!!』
私はおかみさんの胸にすがりついた。
『大通りは使えない。火が燃え広がっている』
「えっ、ルナちゃんはそんなことがわかるのかい」
『うん、さっき見たし鼻でもわかるの。遠くだけど木の燃えるにおいがする。第二通りもきっと燃えていると思う』
「……」
おばさんは「そうかい」ときっと顔を上げた。
「どこがまだ無事なのかもわかるかい?」
『うん、わかる、ぜんぶわかる。西通りはだいじょうぶ。そこから城門に抜けられるよ!』
「だったらさっそくみんなを誘導しよう」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる