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第一話「月の光と胸の痛み」
030.ずるくて優しい(3)
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クルトはずるい。ずるくて優しい。ずるくて優しくて温かい。ほんとうに危険な場所にはいつも私を連れて行ってくれない。こんなふうに頼めば私が「いっしょがいい」言えないことを、思いを飲み込んでがまんすることを知っている。私はクルトがどんな敵にも負けないと信じている。それでもできればクルトと一緒に行きたい。私はその思いをぐっとこらえて、「わかった」とこくりとうなずいた。だってクルトを困らせたくはない。
「……よし。ほんとうに危険になったら、真っ先に逃げるんだぞ。これだけは約束してくれ」
クルトはほほ笑みながらも私の頭を撫でた。
「終わったらまたあの蒸し魔マスだ。今度は丸ごと一匹食べていい」
音もなく立ち上がり杖をとんと地面につく。そして再び金の風がクルトを包み、その身体を宙に舞い上げみんなを驚かせた。
「と、飛んだ!?」
けれどもすぐに再び顔を見合わせる。
「ありゃあ風の魔術の応用だろうよ。そ、それよりこれからどうする。逃げないと丸焼きにされるかもしれないぞ」
「そうだ、自警団の連中はどうした? 近くに詰め所があったはずだろう?」
「そ、それがよお、さっき見て来たけどもぬけの殻でよ……」
「なっ……」
不安と動揺がざわめきとなってまたたく間に広がっていく。
「逃げやがったのか!?」
「い、いや、討伐の応援に行ったってことも……」
「あいつらがいなければ、避難経路も分からないだろ!? 何てやつらだ!!」
――たいへん。
私は揉め始めた男の人たちの足もとに駆け寄った。人間は一度「りせい」をなくすと、危険を察知して回避するための、「ほんのう」も働かなくなるんだと、いつかクルトから教えられた。そこが私たち魔物や動物とは大きく違っていて、だから人間は知能と魔術なしでは最弱の種族なんだって。そんな時にはまず「りせい」を取り戻すために、落ち着かせることが大切なんだって。
『聞いて!! お願い、聞いて!!』
けれどもみんな興奮しているのか私の声は心に届かないみたいだ。どうしよう、どうしたらいいんだろうとその場に立ち尽してしまう。ところがそんな私をクルトではない別の誰かがひょいと抱き上げた。
「み、みゃあっ!?」
「ルナちゃん」と手の主が私の名前を呼んだ。この声は――。
『おかみさん!!』
そう、宿屋のおかみさんだった。
おかみさんは私を抱えたままずいと前に進み出ると、「静かにおし!!」と大声で一喝し、一瞬でみんなを黙らせてしまった。
「どいつもこいつも大の大人が震え上がって情けない。こんな時にいない連中に文句を言っても何にもならないだろう!? おまけに猫の子一匹すら気に掛けられないのかい。こうなったら全員アタシの後についておいで。大通りならきっとまだ通り抜けられ――」
『おかみさん!!』
私はおかみさんの胸にすがりついた。
『大通りは使えない。火が燃え広がっている』
「えっ、ルナちゃんはそんなことがわかるのかい」
『うん、さっき見たし鼻でもわかるの。遠くだけど木の燃えるにおいがする。第二通りもきっと燃えていると思う』
「……」
おばさんは「そうかい」ときっと顔を上げた。
「どこがまだ無事なのかもわかるかい?」
『うん、わかる、ぜんぶわかる。西通りはだいじょうぶ。そこから城門に抜けられるよ!』
「だったらさっそくみんなを誘導しよう」
「……よし。ほんとうに危険になったら、真っ先に逃げるんだぞ。これだけは約束してくれ」
クルトはほほ笑みながらも私の頭を撫でた。
「終わったらまたあの蒸し魔マスだ。今度は丸ごと一匹食べていい」
音もなく立ち上がり杖をとんと地面につく。そして再び金の風がクルトを包み、その身体を宙に舞い上げみんなを驚かせた。
「と、飛んだ!?」
けれどもすぐに再び顔を見合わせる。
「ありゃあ風の魔術の応用だろうよ。そ、それよりこれからどうする。逃げないと丸焼きにされるかもしれないぞ」
「そうだ、自警団の連中はどうした? 近くに詰め所があったはずだろう?」
「そ、それがよお、さっき見て来たけどもぬけの殻でよ……」
「なっ……」
不安と動揺がざわめきとなってまたたく間に広がっていく。
「逃げやがったのか!?」
「い、いや、討伐の応援に行ったってことも……」
「あいつらがいなければ、避難経路も分からないだろ!? 何てやつらだ!!」
――たいへん。
私は揉め始めた男の人たちの足もとに駆け寄った。人間は一度「りせい」をなくすと、危険を察知して回避するための、「ほんのう」も働かなくなるんだと、いつかクルトから教えられた。そこが私たち魔物や動物とは大きく違っていて、だから人間は知能と魔術なしでは最弱の種族なんだって。そんな時にはまず「りせい」を取り戻すために、落ち着かせることが大切なんだって。
『聞いて!! お願い、聞いて!!』
けれどもみんな興奮しているのか私の声は心に届かないみたいだ。どうしよう、どうしたらいいんだろうとその場に立ち尽してしまう。ところがそんな私をクルトではない別の誰かがひょいと抱き上げた。
「み、みゃあっ!?」
「ルナちゃん」と手の主が私の名前を呼んだ。この声は――。
『おかみさん!!』
そう、宿屋のおかみさんだった。
おかみさんは私を抱えたままずいと前に進み出ると、「静かにおし!!」と大声で一喝し、一瞬でみんなを黙らせてしまった。
「どいつもこいつも大の大人が震え上がって情けない。こんな時にいない連中に文句を言っても何にもならないだろう!? おまけに猫の子一匹すら気に掛けられないのかい。こうなったら全員アタシの後についておいで。大通りならきっとまだ通り抜けられ――」
『おかみさん!!』
私はおかみさんの胸にすがりついた。
『大通りは使えない。火が燃え広がっている』
「えっ、ルナちゃんはそんなことがわかるのかい」
『うん、さっき見たし鼻でもわかるの。遠くだけど木の燃えるにおいがする。第二通りもきっと燃えていると思う』
「……」
おばさんは「そうかい」ときっと顔を上げた。
「どこがまだ無事なのかもわかるかい?」
『うん、わかる、ぜんぶわかる。西通りはだいじょうぶ。そこから城門に抜けられるよ!』
「だったらさっそくみんなを誘導しよう」
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