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君だけしかいらない(4)
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まさか、真琴の生活圏内の、これほど近くにあったとはと驚く。だが、失踪と関係があるのかと問われると、確率は低いとしか思えなかった。
真琴には真之と月子の事故の、隠された真実を打ち明けていない。真琴は、高柳家が二人の死に関わっているとは知らないはずだ。今まで高柳家に興味を示したこともないし、高柳家の菩提寺などわかるはずがない。
打ち明けられるはずがなかった。自分たち親子と関わったせいで、真琴は父親を、謳歌できるはずだった青春を失ったのだから。
愛されなくても、恐れられても、憎まれても構わないが、あなたに会わなければよかったと、その一言だけは聞きたくはなかった。
寺の前を通り過ぎようとしたのだが、最後の一歩にまで来たところで足を止める。
(……今更目を逸らそうとしてどうする?)
真琴から奪ったものは、何もかも返しようがない。なら、おのれの罪と向き合わなければならない。そして、すべての可能性を潰して行かなければならなかった。
高柳家の墓があるというだけではなく、観光地としてもそれなりに有名な寺である。真琴が好奇心から立ち寄ったということもあるだろう。
身を翻し門の前にまで戻る。
大分前にはなるが、この寺には聞き込みのために二度訪れている。菊乃と名乗ったあの老女はこちらを覚えているだろうか。なら、少々厄介かもしれない――そんなことを考えながら呼び鈴を鳴らすと、間もなく「はいはいはーい」と声が聞こえた。
「どちら様でしょうか? 座禅なら土日なんですけど……あら?」
菊乃は薫を目にして首を傾げた。
「忘れていたらごめんなさい。前に来たことがある方かしら?」
「いいえ、初めてです。実はお聞きしたいことがありまして」
真琴すら演技だと見抜けなかった、外面の一つである爽やかな笑みを浮かべる。
すぐにリュックを開け、中から高齢者向けの、引き伸ばした真琴の写真を取り出した。
「この女性を探しているんです。僕は身内の者なんですが、何日か前から連絡が取れなくなっていて……」
菊乃は写真に目を落とすと、「あら、真琴さん?」となんでもないふうに呟いた。上げた顔をぱっと輝かせて笑う。
「じゃあ、あなたが婚約者さん? まあまあ、素敵な方なのね! えっ、待って。今連絡が取れないって言わなかった?」
その夜、菊乃から情報を聞き出し、マンションに帰宅すると、薫はパソコンを起動させつつ、心の中で「……どういうことだ」と唸った。
真琴と叔父とも思っていない叔父の冬馬が接触を持っていた。しかも、真琴は仕事の手伝いもしていたのだという。
真琴は確かに読書好きだが、好みは至って若い女性らしく、恋愛ものや児童書がほとんどで、独楽井快――冬馬が執筆するような純文学や、歴史物を好んでいたことはない。ファンだとは考えにくい。
寺で知り合うまではともかくとして、なぜそこまでの関係になったのかがわからなかった。
いずれにせよ、冬馬が真琴の失踪に関わっている可能性も捨て切れない。となると、この街の名士であるだけに厄介だった。
高柳家は代々地元の国会議員と懇意であり、経済力だけではなく政治力もある。夏柊と月子が手に手を取って東京に駆け落ちしたのも、この街にいる限りは高柳家の影響力から逃れられなかったからだ。
また、県警では分家の一人が役職に付いており、間接的にではあるものの公権力もある。だからこそ、一切動きを悟られないように、細心の注意を払って両親の事故、及び高柳家の秘密について調査していたのだ。
このままでは真琴を誘拐し、監禁しているという明確な証拠がなければ、いや、あったとしても揉み消される恐れがある。時任の親友である警部も、上司や組織に睨まれてまで、協力してくれるかどうかは怪しい。
また、菊乃には自分が来たこと、真琴を捜索していることを口止めしてはおいたが、あの性格では冬馬に「内緒なんですけどね」と、ペラペラ喋ってしまってもおかしくはない。
その場合、口封じのために、真琴が殺害される恐れもあった。誘拐ではよくある話である。
そうした事態を防ぐためにも、とにかく早く冬馬がこの事件に関わっているのか、また、真琴とどのような関係だったのかを確かめなければならなかった。
場合によっては法治国家では認められない、強硬手段を取らなければならないかもしれない。それが罪だと判断されることになれば、法曹界での道を断たれることもあるだろう。
だが、何よりも真琴の命が最優先だと、迷うことすらなく一瞬で決意した。
その後、電光石火で時任に電話を掛け、高柳家の件は一切伏せつつ、修習を一定期間欠席したい旨を相談した。更に念入りに話し合った結果、翌日すでにすべての記入を済ませてあった、真琴との婚姻届を提出した。
真琴には真之と月子の事故の、隠された真実を打ち明けていない。真琴は、高柳家が二人の死に関わっているとは知らないはずだ。今まで高柳家に興味を示したこともないし、高柳家の菩提寺などわかるはずがない。
打ち明けられるはずがなかった。自分たち親子と関わったせいで、真琴は父親を、謳歌できるはずだった青春を失ったのだから。
愛されなくても、恐れられても、憎まれても構わないが、あなたに会わなければよかったと、その一言だけは聞きたくはなかった。
寺の前を通り過ぎようとしたのだが、最後の一歩にまで来たところで足を止める。
(……今更目を逸らそうとしてどうする?)
真琴から奪ったものは、何もかも返しようがない。なら、おのれの罪と向き合わなければならない。そして、すべての可能性を潰して行かなければならなかった。
高柳家の墓があるというだけではなく、観光地としてもそれなりに有名な寺である。真琴が好奇心から立ち寄ったということもあるだろう。
身を翻し門の前にまで戻る。
大分前にはなるが、この寺には聞き込みのために二度訪れている。菊乃と名乗ったあの老女はこちらを覚えているだろうか。なら、少々厄介かもしれない――そんなことを考えながら呼び鈴を鳴らすと、間もなく「はいはいはーい」と声が聞こえた。
「どちら様でしょうか? 座禅なら土日なんですけど……あら?」
菊乃は薫を目にして首を傾げた。
「忘れていたらごめんなさい。前に来たことがある方かしら?」
「いいえ、初めてです。実はお聞きしたいことがありまして」
真琴すら演技だと見抜けなかった、外面の一つである爽やかな笑みを浮かべる。
すぐにリュックを開け、中から高齢者向けの、引き伸ばした真琴の写真を取り出した。
「この女性を探しているんです。僕は身内の者なんですが、何日か前から連絡が取れなくなっていて……」
菊乃は写真に目を落とすと、「あら、真琴さん?」となんでもないふうに呟いた。上げた顔をぱっと輝かせて笑う。
「じゃあ、あなたが婚約者さん? まあまあ、素敵な方なのね! えっ、待って。今連絡が取れないって言わなかった?」
その夜、菊乃から情報を聞き出し、マンションに帰宅すると、薫はパソコンを起動させつつ、心の中で「……どういうことだ」と唸った。
真琴と叔父とも思っていない叔父の冬馬が接触を持っていた。しかも、真琴は仕事の手伝いもしていたのだという。
真琴は確かに読書好きだが、好みは至って若い女性らしく、恋愛ものや児童書がほとんどで、独楽井快――冬馬が執筆するような純文学や、歴史物を好んでいたことはない。ファンだとは考えにくい。
寺で知り合うまではともかくとして、なぜそこまでの関係になったのかがわからなかった。
いずれにせよ、冬馬が真琴の失踪に関わっている可能性も捨て切れない。となると、この街の名士であるだけに厄介だった。
高柳家は代々地元の国会議員と懇意であり、経済力だけではなく政治力もある。夏柊と月子が手に手を取って東京に駆け落ちしたのも、この街にいる限りは高柳家の影響力から逃れられなかったからだ。
また、県警では分家の一人が役職に付いており、間接的にではあるものの公権力もある。だからこそ、一切動きを悟られないように、細心の注意を払って両親の事故、及び高柳家の秘密について調査していたのだ。
このままでは真琴を誘拐し、監禁しているという明確な証拠がなければ、いや、あったとしても揉み消される恐れがある。時任の親友である警部も、上司や組織に睨まれてまで、協力してくれるかどうかは怪しい。
また、菊乃には自分が来たこと、真琴を捜索していることを口止めしてはおいたが、あの性格では冬馬に「内緒なんですけどね」と、ペラペラ喋ってしまってもおかしくはない。
その場合、口封じのために、真琴が殺害される恐れもあった。誘拐ではよくある話である。
そうした事態を防ぐためにも、とにかく早く冬馬がこの事件に関わっているのか、また、真琴とどのような関係だったのかを確かめなければならなかった。
場合によっては法治国家では認められない、強硬手段を取らなければならないかもしれない。それが罪だと判断されることになれば、法曹界での道を断たれることもあるだろう。
だが、何よりも真琴の命が最優先だと、迷うことすらなく一瞬で決意した。
その後、電光石火で時任に電話を掛け、高柳家の件は一切伏せつつ、修習を一定期間欠席したい旨を相談した。更に念入りに話し合った結果、翌日すでにすべての記入を済ませてあった、真琴との婚姻届を提出した。
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