鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

文字の大きさ
21 / 261
一章 天命

八.真実〔一〕

しおりを挟む
 駿河、今川治部大輔じぶたいふ義元が居城・今川館。
 今川義元は、北条氏にも劣らぬ屈指の大大名である。

…翔隆は一心不乱に走り抜けて、半日で辿り着いた。
東海の事ならば義成に嫌という程教え込まれていたので、何処がどの城かなど一目瞭然だった。
〈ここに………睦月と拓須が、捕らわれている………〉
もうすっかり夜も更け、雨がポツリポツリと降り始めている。
翔隆は、じっと広い今川館を見据える。
〈…考えていても、埒があかない! とにかく中に―――!〉
そう思った時、背後に殺気を感じて振り返る。

  暗闇の中、一人ぽうっと光に包まれて立っている男が居た。
 ――――拓須だ!
「拓――――――…」
翔隆は駆け寄ろうとして何故か殺意を感じ、立ち止まった。
そして一、二歩後退る。
「拓須……?」
この雨の中で、拓須は少しも濡れていない……《術》で、己の周りだけ《結界》を張って弾いているのだ。
「ククククク」
 すると拓須は、冷笑して腕を組む。
「フン、さすがに勘だけはいい…」
「拓須…何を…?」
見た事のない拓須の冷酷な表情に、翔隆は動揺していた。

   カ カッ!

  稲妻が走り、急に雨が酷くなった。
…これは拓須の《力》だ。
稲光に、人が照らし出される。
 拓須の後ろに一人、更に後ろの木に一人………。

 どちらも見知らぬ者だ。

木の枝に立っているのは白茶の髪をした、美童。
後方には、黒髪で髭を生やした骨格の良い男。
両者共に、ただならぬ〝気〟を漂わせている。

  〔一族〕だ…
 そう、本能で悟った。

雨に打ち付けられながら翔隆は気丈に立ち、拓須を見つめる。
「拓須…何故、殺気立っている…?」
なるべく冷静に尋ねた。
「フ…フハハハハハハハハハ!」
「何が、おかしい?」
との問いに答えたのは、拓須ではなく…後ろの男だった。
まこと、うつけた奴よ。まだ分からぬとはな」
いかにも、小馬鹿にした口調。
「ハハハハハハッ! こいつはな、まだ〝知らぬ〟のだ」
そう言い拓須が二、三歩前に歩み出る。
「教えてやろう。あの愚か者共は、肝心な事を言わぬまま死んだ故な」
「………!」
 愚か者…集落の皆の事か…!
拓須は優しい顔の裏に、冷酷な気性を持ち合わせている。
口が悪いのは知っているが…〝いつも〟の悪態ではない!
「我ら二派の〔一族〕は、生まれつき不老長寿なのだ」
「不老……」
「然り。〔不知火一族〕はただの〝人間〟と変わらぬ姿だ。…お前を抜かしては、な。そして〔狭霧一族〕は……皆、〝白茶の髪〟だ!」

  白茶の髪?!

それが…―――宿敵、〔狭霧〕の証だというのか!?

  では…――では―――――!

「…む………睦月も…拓須も…―――っ?!」
「〔狭霧〕だ!! 我らは刺客としてあの集落に入った。お前を、殺す為にな!」

  ピカッ ドドォーン…
すぐ近くに、雷が落ちた。
 その雷火を一身に受けた……そんな衝撃が、翔隆の全身に走った。
「……刺…客……? 俺を?」
「…殺さねばならん。お前だけは!!」
「拓…須……っ!」
今にも手を掛けそうな〝殺気〟が、ひしひしと伝わってくる。
ゆらゆらと…地面が、天が揺れる。
余りの衝撃に、目眩を起こしているのだ。
「な…ら、ば……どうし、て…? 何故、俺に剣や術を…――?!」
「仕方なく、だ。…睦月に頼まれ仕方なく、な。だがもう…―――それも終わり……」
「嘘だろう?!」
…そう、叫ばずにはいられなかった。
すると潮笑が漏れる。
まこと、愚か者よ。こんな小童、京羅様にお見せする必要も無い」
美童が、呆れ顔で地に降り立つ。
髭の男も続いて言う。
「こんな奴と〝同族〟とは思われたくないものだ」
その言葉を、翔隆は聞き逃さなかった。
「同族?! では、あなたも不知火なのか?!」
言った途端、嘲笑が起こる。
「何がおかしい!」
翔隆は、半ば悔しげに怒鳴る。
すると髭の男が、笑いながら言った。
「本当に、何も分かっておらぬのだな。…一応、名乗ってやろう。我が名は清修せいしゅう………お前の父の…〝弟〟よ」
「父さん…の…?」
「ははっ、あははは! よせよせ、清修殿。そいつはなあ〝真〟の事を、なあ~んにも知らんのだ。志木しぎを〝父〟と思うておる」
拓須が言う。
〈え――――〉
またもや、混乱をきたす様な言葉…志木が、父親………ではない?!

 そんな事は無い!

だが…拓須は性格がきつくとも、嘘や出鱈目を言う様な男ではない。
「父…では、ない…のか…? 志木は!」
動揺しながら聞くが、拓須は笑うばかり。
「くだらん」
言ったのは、清修と名乗る男。
「今、そんな事を言っている場合か?」
「…だ、だが…っ」
 …確かに、その通りだ…。
「ふん」
清修は、さもくだらなさそうに立ち去った。
「やれやれ、清修殿はご機嫌斜めだ。では、一応わたしも名乗っておこうか。わたしは霧風きりかぜ、今川の乱破らっぱだ」
そう告げて霧風も、行ってしまう。
〔乱破〕とは、〔忍〕の別名である。
 今……今は…―――?
  何をしに、ここに来た?
〈睦月…達を……〉

  助ける為!
 だが―――――――違う

彼らは元々〝敵〟であり、捕らわれたのではなく〝帰った〟だけだったのだ!

 〝助けよう〟などと…単なる思い込みでしかなかった!!

ずぶ濡れのまま突っ立っている姿は、拓須にとってさぞかし滑稽に映っているのだろう……。
翔隆は、とにかく動揺する心を何とか静めながら喋る。
「俺、を――――殺す…のか……?」

「然り」
一言。

告げただけで、拓須は《印》を結び、攻撃態勢に入る。

  ――――《霊術》だ。

その実力は、〝弟子〟である己が一番良く…身に泌みて知っている。

 強い…!

とても、それこそ〝翔隆如き〟が敵う相手などではない!
〈戦えない! 絶対に負ける!!〉
かといって逃げようとして背を向ければ、一撃の下に殺られるであろう。
〈くっ……!〉
 考えている余裕など無い!
 翔隆も対抗すべく、《印》を結んだ。

  ドォン……

皮膚が裂け、体中から血が吹き出す。
《守りの印》を結んだお陰で、まだ吹っ飛ばされずに済んだ。
…が、次を食らったらもう後は無い。
「ククク…」
必死に《守りの結界》を張った途端、容赦の無い攻撃が繰り出された。
拓須の得意とする攻撃の内の一つ、《水撃》だ。
雨の粒が、一つの塊となって凄い勢いでぶつかってくる。
〈耐えられない………!〉
そう思った時、塊の一つが《結界》を破り翔隆は吹っ飛ばされた。

  ドガガ…

「がは……っ!」
木を薙ぎ倒す程の衝撃に、翔隆は血を吐き呼吸困難に陥った。
そこへ、拓須の《雷撃》が落とされる。
「………っっ!!」
余りの激痛に、悲鳴すら出ない。
「苦しいか? 翔隆……今、楽にしてやろう…」
拓須は冷酷な笑みを浮かべて、右手を翳し〝気〟を集成する。
〈もう駄目だ―――――!〉
翔隆は絶望の中で、そう感じた…。

  カッ 天が光る…。

その光の中を、風の様な速さで〝何か〟が走った。
 そして拓須が《力》を放つと同時に、その〝影〟と翔隆が消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...