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三章 廻転
二十一.武田義信の初陣
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それから翔隆は、また武田家に向かった。
武田義信(十八歳)が、初陣で信州の伊那郡を攻めたからだ。
〝戦には必ず参戦する〟という約束が果たせなかったので、そのお詫びに行ったのだ。
躑躅ヶ崎館に着くと、火焼間に通される。
正座をして待っていると、武田晴信(三十五歳)と義信父子がやってきた。
「お久しゅうござりまする」
翔隆は深々と頭を下げた。すると、晴信は苦笑して言う。
「うむ。面を上げよ。真に律義な奴よ」
「恐れ入りまする」
翔隆は顔を上げて、ニコリと微笑む。そして、義信を見つめた。
「初陣、おめでとうござりまする」
「ん…」
義信は、どこか照れくさそうに言う。
すると、晴信が茶を飲んで翔隆を見た。
「そういえば、仕えろと言っておきながら、何にするか決めていなかったな」
「は?」
「小姓で良いか?」
位の事である。
翔隆は、ああ、と今更気付いて苦笑した。
「小姓…ですか。俺はもう二十歳ですが…」
「二十歳? 十四・五にしか見えぬが…そうか。ならば近習だな」
晴信は驚きながらも言った。
小姓も近習も似たようなものだが…と思いながらも、翔隆は平伏する。
「はっ。しかし…いつも来られるとは限りませぬが…」
「分かっておる。織田が一の主家であろう?」
「はい」
自信を持って答えると、晴信も義信も苦笑した。
「堂々と言うものだな」
義信が言うと、翔隆は微笑む。
「始めに晴信様に申し上げました故…。何もやましい事はございません」
翔隆がキッパリと言うと、晴信は更に苦笑した。
「…そうであったな。ゆるりとするがいい」
そう言い、晴信は間を後にした。
二人きりになると、義信は茶を飲んで外を見た。
「…初陣といってもな、さして褒められもしない」
突然、言葉にした。まだ晴信は、四郎の方を溺愛しているようだ。
「義信様………」
何と言っていいか、分からなかった。
励ましや慰めなど、言った所でどうにもなりはしないからだ。
「済まんな、こんな愚痴など…」
「いえ……」
翔隆は眉を寄せて答える。…こんな時に、気の利いた言葉が出ない…。
〈嫡子だというのに…晴信様も、かつての信秀様のように…弟の方が可愛いのだろうか…〉
そう思い、翔隆は悲しくなった。
晴信は父親に疎んじられていたから、気持ちは分かる筈なのだが…。
「義信様」
「ん…?」
「どうか、気を落とさないで下さいませ。かつて、晴信様も初陣では叱責された、と教わっておりまする。大事なのはこれから、ではございませんか?」
真面目に言うと、義信は微笑んだ。
「ん………そうだな…。礼を言う」
「いえ…。義信様でしたら、良き当主になられまする」
穏やかな笑みで言うと、義信も微笑した。
それから、しばし話をして四郎にも会って話をして甲斐を出た。
〈…大丈夫だ。きっと…〉
そう思い、尾張に帰った。
武田義信(十八歳)が、初陣で信州の伊那郡を攻めたからだ。
〝戦には必ず参戦する〟という約束が果たせなかったので、そのお詫びに行ったのだ。
躑躅ヶ崎館に着くと、火焼間に通される。
正座をして待っていると、武田晴信(三十五歳)と義信父子がやってきた。
「お久しゅうござりまする」
翔隆は深々と頭を下げた。すると、晴信は苦笑して言う。
「うむ。面を上げよ。真に律義な奴よ」
「恐れ入りまする」
翔隆は顔を上げて、ニコリと微笑む。そして、義信を見つめた。
「初陣、おめでとうござりまする」
「ん…」
義信は、どこか照れくさそうに言う。
すると、晴信が茶を飲んで翔隆を見た。
「そういえば、仕えろと言っておきながら、何にするか決めていなかったな」
「は?」
「小姓で良いか?」
位の事である。
翔隆は、ああ、と今更気付いて苦笑した。
「小姓…ですか。俺はもう二十歳ですが…」
「二十歳? 十四・五にしか見えぬが…そうか。ならば近習だな」
晴信は驚きながらも言った。
小姓も近習も似たようなものだが…と思いながらも、翔隆は平伏する。
「はっ。しかし…いつも来られるとは限りませぬが…」
「分かっておる。織田が一の主家であろう?」
「はい」
自信を持って答えると、晴信も義信も苦笑した。
「堂々と言うものだな」
義信が言うと、翔隆は微笑む。
「始めに晴信様に申し上げました故…。何もやましい事はございません」
翔隆がキッパリと言うと、晴信は更に苦笑した。
「…そうであったな。ゆるりとするがいい」
そう言い、晴信は間を後にした。
二人きりになると、義信は茶を飲んで外を見た。
「…初陣といってもな、さして褒められもしない」
突然、言葉にした。まだ晴信は、四郎の方を溺愛しているようだ。
「義信様………」
何と言っていいか、分からなかった。
励ましや慰めなど、言った所でどうにもなりはしないからだ。
「済まんな、こんな愚痴など…」
「いえ……」
翔隆は眉を寄せて答える。…こんな時に、気の利いた言葉が出ない…。
〈嫡子だというのに…晴信様も、かつての信秀様のように…弟の方が可愛いのだろうか…〉
そう思い、翔隆は悲しくなった。
晴信は父親に疎んじられていたから、気持ちは分かる筈なのだが…。
「義信様」
「ん…?」
「どうか、気を落とさないで下さいませ。かつて、晴信様も初陣では叱責された、と教わっておりまする。大事なのはこれから、ではございませんか?」
真面目に言うと、義信は微笑んだ。
「ん………そうだな…。礼を言う」
「いえ…。義信様でしたら、良き当主になられまする」
穏やかな笑みで言うと、義信も微笑した。
それから、しばし話をして四郎にも会って話をして甲斐を出た。
〈…大丈夫だ。きっと…〉
そう思い、尾張に帰った。
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