鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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三章 廻転

二十三.榻羅

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  陰鬱な雨が続く六月半ば。

 翔隆は小姓仲間と共に手合わせをして気を晴らし、書と睨み合う。




 一方。

狭霧一族の本拠地、富士の樹海の風穴はとても冷える為、冬や春先や梅雨などは大抵大名家へと散っていた。
そんな中でも、富士で書物を見ているのは榻羅とうら(五十歳)。
父親は長であった嵩羅たからなので、嫡流であるが嫡子ではなかった。

父が死んだ時はまだ二十歳で、率いていく覚悟は無かった。
長の代理を務めたのは父違いの兄である京羅。
系図にすると父の代は
嵩暁たかあきら 由羅ゆら 嵩羅たから 沙音さね
という順の兄弟だ。
その中でも、嵩暁は遠縁からの養子。
沙音は妹の子を養子としているので、嫡流なのは由羅と嵩羅のみ。
次の代は、
拓須たくす 京羅きょうら 榻羅とうら 佳磨羅かまら 霏烏羅ひうら 月奇羅つくしら
という順の兄弟。

京羅きょうら榻羅とうら佳磨羅かまら霏烏羅ひうらは同腹で父親はまちまち。
佳磨羅と霏烏羅が今川氏親を父に持つ兄弟だ。
榻羅とうら月奇羅つくしらの父親は嵩羅たから
嫡子は既に不知火で暮らしている…とだけ、従兄弟に当たる拓須から聞いた。
月奇羅の同腹の弟が、実は睦月だというややこしい関係だ。

長に子を沢山儲けさせる為に、良さげな女は皆充てがわれ、長の責としてただ抱くのが普通だ。
自分達の間では、従兄弟ではなく兄弟として接しているが。


そんな榻羅とうらも若造の頃とは違うので、京羅の補佐をしようとしていたが…。
先程から、一枚の紙を可か否か、是か非かと置き惑っていた。
〈どうするか……聞いた方が…いやしかし…〉
くしゃみをしながらも迷っている所に、弟の霏烏羅ひうら(三十六歳)が入ってくる。
「そんな薄着で居ないで、掻巻でも着たらどうだ?」
「そんなみっともない姿を晒せるか。…何かあったか」
「いや何…兄上が寒そうにしている、と聞いてな」
そう言って側に桐の箱火鉢を置く。
「…そんな物頼んでは…あっくしょん!」
「…兄上、鼻水が垂れている。それこそ見せられまい」
「く…」
文句を言う前に、榻羅とうらは紙をくしゃくしゃと揉んで柔らかくして、鼻水をかんで箱に捨てる。
「火鉢があるから良い」
「意地っ張りだな。京羅でも、掻巻を短くした物を愛用しているのに」
「何?! 見た事は無いぞ!」
「兄上が冬にいないだけだろう。ほら、この長持ながもちの中に」
ゴソゴソと長持を漁って、奥にあった短めの掻巻を取り出す。
「怒られるから仕舞うが…兄上の掻巻も用意してあるから着るといい」
「親切振って気持ちが悪いな。何が望みだ」
「さすが察しがいい」
そう言い霏烏羅ひうら榻羅とうらの側に行く。
くだんの嫡子だが…」
そう言うので、榻羅はドキリとする。
「どうやら、本気で私のせがれを配下にしているらしいのだ。故に、余り攻めないで欲しくてな」
霏烏羅が、苦笑して言う。
〈ああ、不知火の嫡子か…〉
てっきり、こちらの嫡子が見つかったのかと思ったので動揺してしまった。
榻羅は微笑して言う。
「それならば京羅が指示しているから案ずるな。…他は?」
「九州へ行って宜しいか? 北は寒過ぎる」
「はは、本題はそちらか。分かった、京羅には私が伝えよう」
「助かる。どうも話し辛くて…では、掻巻を忘れずにな」
そう言い、霏烏羅ひうらは笑って出て行く。
霏烏羅が居なくなると、榻羅とうらはまたくしゃみをして両腕をさすり、己の長持の中から胴服を取り出して着る。
霏烏羅の話は半分宛にならない。
京羅の掻巻姿を見た事が無いのだから。
常に暑がっているような気がする。
〈少し体を動かすか…〉
榻羅は刀を手に外に出た。
 人目の無い所を探していると、先客が舞っていた。
いや、舞うように刀を振る京羅が居た。
邪魔をしては悪いと思い、気配を殺して見る。
刀を振ってから、手首を捻って刃を上げ、返す刀で切り下ろす。
一人切った時に肉をえぐり、返す刀でもう一人切る…そんな動きだ。
無駄がなく、隙のない動き…。
自分も見習いたいと思い見つめていると、真後ろに気配を感じて振り向く。
…誰もいない…しかし、確かに何か居たような〝気〟が漂っている。
注視して見ていると、後ろから声を掛けられる。
「どうした?」
「! …京羅…いや、何でも無い」
「…手合わせか?」
京羅はチラリと榻羅とうらの手の刀を見て言う。
「あ、いや…私では相手にもならんだろう。少し、体を動かすだけだ」
「ならばお相手しようか? ああ、それともーーーあそこで覗いている不知火の〝残党〟でも切るか?」
京羅は遠くを一瞥して言う。
遠くにチラホラと黒髪の者共が居る。
こちらを窺っているのだろう。
榻羅は苦笑して首を振る。
「いや…手合わせ、願えるか?」
「ああ。加減しろよ」
そう言い合い、斬り結ぶ。
珍しい手合わせなので、見物人が大勢いた。
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