鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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三章 廻転

三十四.心中(しんちゅう)

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 いよいよ暑さが厳しくなり、天候も荒れやすい七月。

  翔隆は、重大評定を欠席して美濃と尾張の一族を集め、守山城に関して調べていた。

 信時は本丸で小姓・近習ら十六名と共に倒れており雑兵百余名も殺されていた。
これらは角田新五の手引きにて信時が殺されたと判明している。

角田新五と坂井喜左衛門の両名が守山城を支える家老であった。
しかし信時が坂井喜左衛門の息子の孫平次を小姓とし、可愛がった。
それによって、坂井の方が何かと重用されるようになったのだ。
何とか忠節を尽くそうとしても、男色の相手には敵わない。
そこで角田新五は林美作守と手を結んで、兵を中に引き入れる為に〝塀の修理をします〟と嘘を付いて塀を壊して兵を入れ、信時に詰め腹を切らせたのだ。
…しかし、周りの兵は余り動いていない。
 そこで翔隆はその真相を探るように、と信長から下知を受けているのだ…。


「では、やはり狭霧と絡んでいるのだな?」
翔隆は清洲の丘で、飛白かすりの報告を聞く。
「はい。…義龍は飄羅ひょうらを稲葉山に入れ、約二百名を城下に置いております。…守山城に攻め入ったのは、陽炎です」
それに頷くと、翔隆は空を見上げる。
 またしても陽炎が――――。
どこまで邪魔をすれば気が済むのか…。
翔隆はギリッと歯噛みして飛白かすりを見た。
「もしや……いや。ならば、半兵衛にそのまま対峙しているようにと伝えてくれ」
〝半兵衛〟とは、元服した竹中源助げんすけあざなである。
竹中半兵衛重虎、が元服名だ。
「はっ!」
返事をして、飛白かすりは一族を率いて消える。
後ろを見ると、義成、睦月、禾巳かいがじっと見ていた。
「手を貸すか?」
「いや、いいよ睦月。それより禾巳かいの事を頼む」
「どこか行くのか?」
「――――末森城に…」
信行の居城だ。
「…危険だぞ?!」
「…俺は信長家臣なのだよ。細かい所まで調べなければ、あの方は満足なさらないんだ。…大丈夫」
そう告げて、翔隆は行ってしまった。
 
  末森城の本丸近くにある物見櫓には織田勘十郎達成みちなり、柴田勝家、林美作守通具が景色を眺めながら密議をしていた。
守山城主の事である。
是非とも、ここには内通者を置いていざという時の助けとしたかったのだが…。
 信時亡き後に、信長が放浪していた信次の罪を赦して再び城主へと置いたのだ。
相手が達成みちなりの叔父ともなると、表立って反対出来ない。
「困りましたな」
美作守が呟く。
「うむ…あそこへは本来、信広の兄上を―――いや今更口論しようとも、是非も無き事…」
達成みちなりは眉を顰めて空を見た。
喜平次秀孝を殺した叔父は、やはり許せないのだ。
 ふとその時、達成は人の気配を感じて身構えようとするが、やめる。
「権六、美作、下がっていろ。一人で考えたい事がある」
「はっ……」
両者がすんなりと出て行くのを見届けて、達成は外を見る。
「…出て参れ」
「話し易くして戴き、ありがとう存じまする」
そう言って影から翔隆が姿を見せる。
達成みちなりはじっと翔隆の顔を見つめて驚いた。
「お主……兄者の乱破らっぱ…!」
「覚えていて下さいましたか。篠蔦しのつた翔隆と申します」
そう言い翔隆は跪く。達成は平然と翔隆を見下ろす。
「……この達成に、何用あって参った? 成敗か? それとも―――」
「いいえ。俺は貴方様のお心を、探りに参りました」
翔隆がにこりとして言うと、達成みちなりは怪訝そうな表情をする。
「何…?」
「…達成様は、白茶の髪の者と関わりをお持ちですか?」
「いや?」
まことに、ござりまするな…?」
「うむ」
達成みちなりが真剣な目で言うのを見て、翔隆は微笑む。
「なれば安堵出来まする。……達成様、何故…兄上様に逆らわれるのですか?」
尋ねると、達成は薄ら笑いを浮かべて言う。
「分かりきった事を。うつけな兄上に、お家を任せる訳にはいかぬからだ」
「そうは見えませんな」
翔隆は真顔でキッパリと言った。
その言葉に、達成は目をひくつかせた。
達成みちなり様は、もはや何もかもお分かりになられていて、それを承知の上で離叛しておられるのでは?」
 何故なにゆえ
「…己の心にある疑問を問い正し、まこと、信長様が総領に相応しいか否かを、試す為に戦をしていらっしゃる…。――――違いますか?」
何故なにゆえ、二・三度しか会った事のない者がこんなにも本心を理解しているのか!?
「そして、今は謀叛の首謀者という立場を受け入れ、それを責務としていらっしゃる…」
 何故?!
達成みちなり様は…」
「なればどうしたという…?」
達成は苛立ちと混乱の中、喋り始める。
「…お主に、何が分かるという?!」
「達…」
翔隆が喋る間も無く、達成は今まで押し殺していた思いの丈をぶちまけるかのように喋った。
「私は…兄者がどのような方か、誰より! を引くが一番よく知っているのだ! 何を求め、何を欲し、何の為…戦おうとなさるか! 幼少の頃より尊敬して…慕ってきた私が…っ!!」
達成みちなり様…」
翔隆の寂しげな声で、達成はハッとして口元を押さえた。
今まで誰にも言った事のない本音を、数回しか会った事のない〝鬼〟に話してしまった事を、我ながら驚愕していたのだ。
 今更〝これは嘘だ〟などと言えない。
弁解したとて、言い訳にしかならない…。
そう判断し、達成は苦笑いをする。
「…なる程…兄者が側に置く気持ちが分かったわ」
「―――達成みちなり様…家臣が揃って謀叛を企てる事、さぞかしお辛いでしょう…。心中、お察し至しまする」
そう言うと、達成は謔笑ぎゃくしょうした。
「そう哀れむな。私はこれでも悔いはない…。一度でも足を踏み入れた以上、責任をもって…謀叛人と化す。…兄者に〝気を付けろ〟と言われていながら、まんまと罠にはまったこの達成みちなりの至らなさ…。私利私欲の者もいるがな、中には心底この私の為を思うて離叛する者もいるのだ。…そ奴らの心意気、大事に思い…討たれたい」
死までも決意した、爽やかないい表情だ。
しかし、信長も、そして翔隆もそれを望んではいない。
「そんな…信長様とて、貴方様を大事と思えばこそ…生きて欲しいと…!」
達成は翔隆の言葉を遮りながら、言う。
「いや。これより先、兄者は地獄の道を歩まれるであろう。なれば、この私が兄者の手に掛かる事によって……迷いを断ち、道を定めて差し上げる事こそが、弟としての責務と思うておる」
本当に、何もかも見抜いている!
翔隆は非情な運命の下に生まれたこの兄弟を、つくづく悲しんだ。
恐らく信長とて、そんな達成みちなりの心中など察しているのであろう。
だから、達成の説得をしたくてもしないでいるのだ。
「…分かりました。どうか……お体、お厭い下さりませ…。では、ご免!」
それしか言えず、翔隆はその場を後にした。



〈せめて家臣が気付けば……いや、きっと何があっても、その意志は覆さないおつもりなのだろう…〉
末森城を見つめながら、翔隆はやる瀬ない気持ちで帰っていく…。
もしも達成みちなりが味方に付いてくれていたなら、信長の天下への一歩はもっと早くに仕上がるだろうに…。
仲良く天下への道が歩めれば―――――

…翔隆は、心底悔やみながらも走った………。
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