鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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四章 礎

五.茜色の酒

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 鈴虫の鳴き声が聞こえる、九月。
 嵩美かざみは独断で、一成の素性を調べていた。
そして夕方、話をする為に一成を外に連れ出す。一成は相変わらずの無表情で、嵩美を見る。
「…何の御用でしょうか」
「貴公、翔隆様の伯父上・修隆おさたかの子なのだな。立派な一門ではないですか」
「……不知火…とは、知っています…」
何故なにゆえ、黙っておられるのです?」
嵩美が言うと、一成は俯いてしまう。
言いたくない事なのか、それとも何か特別な理由でもあるのか…。
嵩美は苦笑して一成の肩を叩く。
「この事は、内密にしておく。貴公が話したくなった時に、翔隆様に言いなされ」
そう言って、嵩美は邸に戻っていった…。
 残された一成は、溜め息を吐いて戻る。
  …言いたくない訳ではない。
以前から、翔隆の噂を聞いて従兄弟がいるとは知っていた。
言いたくない理由もないのだが……男娼として買ってもらった手前、言いづらかったのだ…。
 

  一方…。
ここは、今川館内…。
 珍しく、陽炎がひさごを持って修隆おさたかの下を訪れていた。
二人は松平竹千代の座敷から少し離れた縁側に座り、酒を酌み交わす。
心地よい清風の中、陽炎は少し哀しげに言う。
伯父御おじご…」
「ん…?」
「…まだ〝奴〟を………。〝羽隆うりゅう〟を、信じておられるか……? まだ…待って…っ」
突然の言葉…。しかし修隆にとっては、何年か振りに聞いた言葉だ。
修隆は、苦笑して茜色の空を見上げた。
「――――うむ…」
静かに答えると、陽炎は俯く。
修隆は、陽炎の心情を察して肩に手を置く。
「陽炎……お主は」
言い掛けると、陽炎は立ち上がって言葉を遮った。
「叔父御! 余計な詮索はやめてくれっ! 俺は〝翔隆〟の事など聞きたくもないっ!!」
まだ何も言っていないというのに、陽炎はそう怒鳴ってから、酒を一気に呑み干し座り直す。
「……済まぬ」
何故か、陽炎が謝る。
すると、修隆は首を横に振り微苦笑を浮かべる。
「いや…。済まなかった……」
二人は、暫く黙って酒を呑む。今度は修隆が口を開いた。
「なあ、陽炎」
「はい?」
「疾風はどうだ?」
「あ………。今、必死に修行していますよ。疾風ならば……旨くやっていけるでしょう…」
「旨く、か……。お主は、我が弟に似ているな」
「叔父上に…?」
陽炎は、眉をひそめて不思議に思う。
修隆の弟といえば、清修せいしゅう―――。
確かに、性質的には似ている気もするが…。陽炎が考えていると、修隆は笑う。
「ふふ…。性格というか……とても、不器用で…一途な所が、な…」
「叔父御! 変な事を言わないで下され!」
陽炎は、困惑して横を向く。…修隆には見抜かれ過ぎていて、敵わない。
 
  同じ境遇の二人…。
 同じ〝人質〟という立場…。
 
だが、生き方はまるで違う…。
松平の嫡男を主君とする修隆と、今川義成を愛する陽炎―――。
不器用で、己の正直な気持ちを表すのが苦手な陽炎だからこそ、敢えて修隆は翔隆の事にも義成の事にも触れなかったのだ。
 ふいに、修隆は真顔で陽炎を見る。
「陽炎」
「…何ですか?」
「もしもこの先―――お主の弟の子が、狭霧に来たら…その時は、きちんと指導してやらねばならぬのだぞ」
その言葉に、陽炎は目を見開いて修隆を見た。
「そ…んな、先の話………」
「先でもあるまい。…覚悟は、必要だぞ」
「………」
陽炎は言葉を無くして、ただ空を見つめた…。
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