鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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四章 礎

六.勘十郎信成

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  寒気も厳しくなりつつある、十一月…。
 信長の叔母を娶っている、岩倉織田の信安が長子の信賢を遠ざけて次子の信家を跡継ぎにしようとした。だが、逆に子の信賢に追放されてしまったのだ。
 
 私的にも交流があった信安が追放された事を受けて、信長は戦いに備えた。
必ず、信成が出るであろうと考思したからである。


  そして織田勘十郎信成が遂に、挙兵した。

今度は岩倉城の従兄弟・信賢と謀っての事だった…。
 
  信成・信賢共同軍四千二百に対して、信長は二千の兵を率いて宿老の内藤勝介を残し、出陣する。
 先頭は無論、無装備の翔隆。
その後ろに南蛮鎧と南蛮兜、外套を羽織った信長。
翔隆の役目は、鶴翼の陣を敷く敵を真っ二つにする事。
その後に右翼の森可成と左翼の林秀貞が、それぞれ左右に切り崩すという策だ。
ふいに信長が、翔隆の横に馬を付ける。
「! 信長様…!」
「……奴らの中に一族はおるのか?」
「いえ。一人としておりませぬ。先陣は危のうございます! 何卒後ろにお退がり下され!」
翔隆は走る速度を緩めずに、信長に言う。
しかし信長はフッと笑う。
「行くぞ」
そう言い刀を抜いた。敵は目前だ…
〈…なんて無茶なお人だ〉
自分の事を棚に上げて思いながら、翔隆は剣を抜いた。そして、信長と同時に声を上げる。
「はあああああっっ!」
辺りに響き渡る声と共に、刃を振るった。
その動きは、まるで阿修羅の如く残忍であった。
そんな主従に引き込まれるように、信長軍全員が悪鬼羅刹の如き形相で刀を、槍を振るう。
 激戦の中、突如信長の従兄弟である犬山城城主の織田信清の軍勢千が、信長の援軍として現れ、一気に流れが変わっていく。
信賢の兵が次々と斬られ、首を刎ねられていった…。
小高い丘の本陣からこれを見た信成は、蒼白しながらも心底で敬意の念を表していた。
〈……さすがだ………これで、私の策も命運も尽きた…〉
信成は心中で呟き、何故か穏やかな笑みすら浮かべて兵を退いた…。
こうなる事は、事前に知っていた。
柴田勝家にわざと信賢と結ぶという書状を出させていたからである。
 
 勝利の鬨の声の中、信長は馬を止めて信成の居た方角を見据える…。
〈…もはや、腹は決まっておるようだな……。信成…〉
寂しげに心で呟く。
それを聞いた翔隆は、すぐに何の事かを察する。
⦅…殺すのですね……信成様を…⦆
思考派で、信長に語り掛ける。信長は何も言わずにただ―――空を見上げた。
 
 
 もはや、道は一つしか無い……。
謀叛を繰り返す者を放っておいては、示しが付かないのだ。
 それが例え身内であろうとも。
そう………信成を――――殺す。
 
  だが!
 
 大切な弟の命を、他の者などにはやらぬ!

 信長は、遂に末森城の信成を呼び出した。この手で、殺す為に…。
 呼び出した名目は〝病気見舞い〟……。
内蔵を患っているので、見舞いに来て欲しい…と、偽って。
 
 名目を立てなければ、母・土田御前はなんとしても阻むであろう…。
母として、溺愛する子を庇うのは当然の行為だが、これは誰にも邪魔をされたくない…。
 例え、翔隆であろうとも!
 翔隆も、側近達も、その強い思いは言わずとも察していた…。


  一方の末森城。
織田信成は、柴田勝家と佐々蔵人を伴って城を後にしていた。
「なんでも、死に目が近いとか…」
馬上で蔵人が、卑屈な笑いを浮かべて言う。信成も勝家も、何も答えなかった…。
〈……いよいよ、か…。死ぬと分かっていて行くというのに…こうも心が穏やかだとはな…〉
信成は微かに微笑を浮かべた。
勝家も、そんな信成の心情を悟っていた。
だからこそ、何も語れずにいたのだ…。


 清洲城に着くと、下馬して刀を小姓に預ける。蔵人と勝家は、別の間で待機。
……信成だけが、信長の居る寝所へ通される…。
 別間に通された佐々蔵人は、入って即座に前田利家が成敗。
すると、柴田勝家はドカッとあぐらを掻いて両拳を前に撞き、正面の丹羽長秀を見据えた。
「わしも、覚悟はしておる!」
勝家が言うと、長秀が静かに首を横に振る。
「いえ。貴公には勘十郎信成様の分まで、信長家臣として働いて頂きまする。殿の、ご下知にございまする…この意味、貴殿ならばお分かりになられますな?」
まだ若い小姓がこんなにも信長の心中を理解し、堂々と話すとは…。
 それに比べて自分の、何と情けない事か!
「うっ……うおおおお…!」
勝家はその場で号泣した…。
 
 寝所には翔隆が控えており、信長が床の上に立っていた。
翔隆の役目は〝見届ける事〟である。
信成は、静かに障子を閉めた。
「兄者…」
「信成、ついて参れ」
そう言い信長は歩き出す。
てっきりこの場で殺されるものと思っていた信成は、困惑しながらも翔隆に背を押されてついていく…。
 来た場所は本丸…。
信長は、背を向けたまま語り掛ける。
「…降る気はないか、信成」
その言葉に信行は一瞬呆然とするが、すぐに我に返り苦笑する。
「兄者……それは、有り得ませぬ」
きっぱりと、答えた。
その表情には清々しささえ感じられる。…本気だ。
 信長は振り返って、信成の瞳を真っすぐに見つめる。
信成も、兄の眼を真っすぐ見つめた…。
 二人は向かい合い、互いの目を見つめたまま喋る。
「…兄者…。もう既に、信成の手は出し尽くし申した…」
「ふん…たったこれだけかッ! もっとわしを驚かせるくらいの事をしてみせよ!! それでも、この信長が弟か!!」
信成は、微苦笑を浮かべる。
「無茶を言わないで下され、兄者…。私は、私の務めをもう果たしてしまった…いえ、これから果たそうとしているのです」
「―――…どうしても、この信長に……鬼に…魔王になれ、と申すか…信成ッ!!」
そう叫ぶ信長が、辛そうに見えた…。
「………」
「じいや蝮の如く…お主まで、この信長にッ!!」
「―――――はい」
空に、暗雲が立ち込めてきた…。
急に稲光が走り、二人の兄弟を照らす……。
「兄者……信成は、信長の弟でございまする。兄者の中に秘めたる〝天下人〟たる才を、見抜けぬ筈がありますまい…。兄者は、この乱世を治めるべくして生まれたのです。…しかしながら兄者自身は、それをとても嫌うておられる。…違いますか?」
「いや…」
信成の言う通りである…。
信長も微苦笑を浮かべて、外を見た。
「……こんな野望と力さえなくば…〝織田〟の良い嫡男でおれたであろうに、な…」
「兄者…」
二人は微笑し合う。
「それで、良いのですよ。兄者しかおりますまい。魔となりなされ…人々から恐れられる残酷な神となりなされ。それが…その兄者の行いが、総てを救う〝礎〟となるのですから…」
信成はこれ以上ない程の、満面の笑みを浮かべて言った。
「信成…」
  カッ
 稲妻が落ちて、光に覆われた。
それを終止符に、信長が刀を抜く。
「さらばだ…」
すると、信成は微かに頷く。
「…はい。ご武運を、お祈り至しておりまする…」
  一瞬…
一瞬だった。
 ゴトリと信成の首が飛び、体が崩れ落ちる。
その光景を、翔隆は目に焼き付けて涙を流していた…。
  信長の分まで。
 信長は、刀の血を拭いその場を後にする。
「…道は定まり、門は開いた。後は――――進むのみ!」


翔隆はその言葉の重みを噛み締め、後に続いた…。
 信成の死を無駄にしない為にも…天下に向かわねばならない。

  それが〝宿命〟なのだから――――。
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