鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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四章 礎

七.始祖

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 一五五八年(永禄元年)、一月。
 翔隆は、夢を見ていた…。
 
    …び…か
  …とび…か…
…とびたか…。
 
〈………?〉
⦅翔隆、ここだ⦆
その言葉と共に、辺りが眩しい程光り翔隆は目を瞑った。
 
 
 そして気が付くとどこかの草原で、そこに藍色の瞳の若者が立っていた。
幼少の頃に〝友垣〟だ、と誓った仲の暁羽あきはだ。
…余り覚えていなかったのだが…。
⦅やっと、呼び掛けに応じてくれたな⦆
呼び掛け?
そういえば、何故か暁羽は現実には現れない……。
たまに会えるが、何故か忘れていたりするのだ。
翔隆は記憶を手繰って喋る。
〈お前は…あきは…〉
⦅やっと覚えたか! 何年掛かった事か⦆
暁羽は、本当に嬉しそうに言った。
翔隆も微笑して肩をすくめる。
〈済まんな。何分、忘れっぽい性分でな。…所で、今度は何の用だ? 何も無いのに、現れはしないだろう?〉
⦅はははは!⦆
〈………まさか、ただ共に遊ぶ為だけに来たのではあるまいな…?〉
翔隆が、少し怒ったように眉をひくつかせて言うと、暁羽は苦笑して腕組みをした。
⦅それもある。が、今日はお主に良い事を教えようと思ってな⦆
〈良い事…? 何だか余り良さそうではないな…〉
⦅非道いな。良いか悪いかは、お主次第だとは思うが………。我々、一族の祖先の話さ⦆
〈一族の……祖先…?!〉
⦅そう―――倭武尊やまとたけるのみことの子……⦆
〈ヤマトタケルノミコト…!? 〝古事記〟に出る、あの……?!〉
⦅そう。今から、見せてやるから…⦆
〈見せる?!〉
 どうやって、と聞く前に景色がぐにゃりと歪んだ。
 
 何か、訳の分からないものに飲み込まれていく。
…そんな感触がして、翔隆は何かの力に吸い込まれていった………。
 
大碓命おおうすのみこと小碓命おうすのみこと…双子の兄弟が、始まりと言った方が良いのやもしれんな。どちらにしろ、我々両一族の始祖だ⦆
そんな声と同時に、眼下に美しい景色が広がった。
翔隆は暁羽あきはと共に宙に浮いて、それを見ていた。


 二人の双子の兄弟は、とても仲が良かった。
ある日、まだ少年であった二人は山中で道に迷う……。
そして金糸の如き髪、藍色の瞳の、美しい女神と出会った。
女神の名は、高禰狗羅媛命たかねくらひめのみこと
無論、双子は一目で恋に落ちた…。
〈このひめが、一族の―――?〉
思わず、翔隆が尋ねた。
⦅…然り。この双子は、互いに〝一人では媛に逢わない〟と誓った。しかし、媛が大碓命おおうすのみことを愛した………そして、大碓命は誓いを破り、媛と逢い…愛し合う⦆
 それを知り、激怒した小碓命おうすのみこと大碓命おおうすのみことと口論となり、仲違いする。
そしてある日、朝餉と夕餉の時に出てこないのを父から〝ねぎし教えさとせ(ねんごろに教えよ)〟と言われた小碓命はこれを機に殺害してしまったのだ…。


  景色が変わる…
〈何だ?〉
⦅…簡単に説明する。小碓命おうすのみことは、父・景行天皇の命にて九州に熊襲一族を滅ぼしに行き、倭武尊やまとたけるのみことと名乗る。そして今度は東国の蝦夷えみしを討ちに行く事となる。上総まで討伐に行き、尾張に来てまたしても次は近江の伊吹山に悪神がいると聞いたので、〝武器など必要ない〟と丸腰で討伐に行ったのだ…。そこで、運命の出会いがある⦆
 
 伊吹山に到着した倭武尊やまとたけるのみことは、そこで美しい女神と出会った。
名は、霞鵞蔓媛命かすがつるひめのみこと
金糸の如き髪に、藍色の瞳…。
倭武尊やまとたけるのみことは媛と交わり、子を成した。しかし媛の〝力〟に、免疫力を失っていた倭武尊の肉体が耐え切れずに、病にかかる⦆
〈ちょっ、ちょっと待て!〉
⦅…どうした?⦆
言葉を遮られて、暁羽はきょとんとする。
〈早すぎて分からんが……その媛とやらは〝神〟なのか? それに、二人共金色の髪に藍色の瞳ではないか!〉
⦅…説明は終わりだ。下を見ろ⦆
言われて下を見ると、始めに出た高禰狗羅媛命たかねくらひめのみことがいた。
側には、金糸の髪に深紅の瞳の少年がいる。
媛は、床に就いていた。
「…熾羅建しらたける……」
弱々しく、愛しい大碓命おおうすのみこととの子である熾羅建命しらたけるのみことの頬を撫でる。
「母上…」
熾羅建しらたける、憎き小碓命おうすのみことを…倭武尊やまとたけるのみことに復讐を……」
「分かりました。必ず!」
高禰狗羅媛命たかねくらひめのみことはこと切れた…。
すると熾羅建命しらたけるのみことは、己の血を周囲と母の体に散らして何かの呪を唱える。
 ―――と!
 白茶の髪の人間が何人も高禰狗羅媛命たかねくらひめのみことの遺体より出来たではないか!
「これより、倭武やまとたけるの子らを根絶やしにする!」
そう言うと、その場を後にした…


〈あ、暁羽あきは!〉
⦅そう案ずるな…。今のが、言うまでもなく狭霧。そして―――⦆
また景色が変わった。
 
今度は、倭武尊やまとたけるのみことが最後に寄った伊吹山だ…。
 そこには、銀糸の髪に藍色の瞳の子供がいた。そこに母である霞鵞蔓媛命かすがつるひめのみことが来る。
隆武たかたける…」
「心配いりませんよ、母者! 今、我が兄弟達を守りに行きます。同士達もいますし……」
そう言う隆武命の側には、何人もの黒髪の者達がいる…。
「気を付けて…隆武……」
「はい!」
頼もしく笑って言うと、隆武命たかたけるのみことは消えた…
 翔隆は双方をじっと見つめ…納得する。
〈……ヤマトタケルノミコトが、オオウスノミコトを殺してしまった事から、一族の戦いが始まったのだな?〉
⦅そう―――高禰狗羅媛命たかねくらひめのみことは、弟の小碓命おうすのみこと…ヤマトタケルの事も愛していた。しかし、兄の女に手を出さなかった…。媛は、勝手な恨みから子供に一族を創らせたのだ…⦆
 景色を見つめながら、翔隆は何かがおかしい事に気付く。
〈…兄弟両方を愛していた…? 兄弟…?〉
 
   そうだ!
 
考えてみれば、熾羅建命しらたけるのみこと隆武命たかたけるのみことも、従兄弟同士ではないか!
 それに……
〈何故、隆武は銀の髪なのだ?! 母親は金の髪なのにっ!!〉
そんな翔隆を見て、暁羽あきははクスッと笑う。
⦅…それは、媛が本当に〝神〟…もしくは〝巫女〟であったか、であろうな。そこまでは分からない。…そろそろ戻らねばまずいな⦆
急に、翔隆が暁羽の両肩を掴む。
〈待て! 何故、そんな女神みたいな人がいたのかも、これでは分からないではないか! 何故、不老長寿なのかも! 何故、こんな《力》を持つのかも………何か、隠していないかっ?! もしやこれだけではない……〉
言い掛けると、暁羽が翔隆の手をするりと退ける。
⦅……お主は〝何故〟ばかりだな……おっと、気付かれたか…⦆
〈え………?〉
言われて下を見ると、霞鵞蔓媛命かすがつるひめのみことがこちらを見ていた。
「そなた達――――」
瞳が合った瞬間、翔隆は懐かしさと共に何故か〝違和感〟を感じた…。
〈何だ? 胸の奥に靄が掛かったような……モヤモヤする…いや、違う……何か、もっと…〉
⦅帰るぞ⦆
暁羽あきはの言葉と共に、景色が歪む。
 
 そして、元の世界に飛ばされるその中で、翔隆は何かの〝言葉〟を聞いた…
 
   …を、か…………して……
 
 「皆を、解放して―――!!」
 
何故か、切ない言葉だった…。
だが、その〝声〟が届く事はなかった……。
 
 
 目が覚めた―――。
今度は、暁羽の事も覚えている。そして……始祖達の事も。
〈何だったのだ……?〉
意味も無く、始祖の事を見せた訳ではあるまい。

翔隆は、その出来事を心に刻み込んだ。
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